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あの件

 7月だと言うのにまだ梅雨明けの発表がなく、もう少しだけ梅雨の天気。


 昨日のバイトが忙しかったのと、現在英語の授業という、まるで異世界転移したと錯覚するような異世界語を聞かされて俺の睡眠欲がリミットオーバーしてしまい、授業中に机に伏せて今にも寝落ちしそうになる。

 もうすぐ期末テストだし、授業を聞かなければならない。しかし、人間は3大欲求に抗う事など出来ない、所詮は弱い生き物。

 こうなれば雫に頭を下げて色々と教えてもらうしかない。

 雫に小言を言われるのと今の睡眠欲を天秤にかけた時、秒で睡眠欲が勝ったのであった。


 そんな現実と異世界の狭間を意識がウロウロしていると、窓から見えるグラウンドには灰色の空、今にも雨が降りそうな天気の下で女子達が何の罰ゲームかトラックを走らされていた。

 

「良いよね……ランニング女子……」


 女の子達が走っているのも気になる理由の1つであったが、女子の中でも一際目立っている奴がいたのでそいつに目がいってしまった。


 うわぁ……。ギャル先輩、体育の時もバッチリ決めてるんだな……。

 汗でメイクがめちゃくちゃにならないのだろうか? しかし、あそこまで自分を貫くなら天晴れなり。キャラ作りも大変だ。


 そんな事を思い、頑張ってトラックを走るギャル先輩を見ながら、何か……何か約束をした様な……。そんな事を思い出す。

 だが、それが何なのか思い出せない。

 喉の奥に魚の骨が刺さって取れない、あのもどかしい感じ。

 まぁあのケバ先輩との約束だ。大した――。


「――あ……」


 魚の骨が取れてスッキリした感覚が俺を包んだ。


 そうだよ。

 夏の大会でホームラン打ったら筋肉ダルマ松井先輩に告る約束だったんだ。


 すっかり忘れてた。


 思い出した時にギャル先輩と目が合った様な気がして、つい顔がニヤけてしまった。

 俺のニヤけた顔を見たのか、たまたまか分からないが、ギャル先輩は視線を逸らして必死に走ってますよアピールをするのであった。




♦︎




「せーんぱい!」


 異世界後の授業が終わるとグラウンドの脇にある冷水機にて喉を潤していたギャル先輩に声をかける。


「――堂路?」


 口元を腕で軽く拭きながらこちらを向いて俺の名を呼んだ。


「お前……教室から変な顔でこっち見てたろ?」


 やはり気が付いていたか。


「イヤだな。それを言っちゃあギャル先輩は常に変な顔じゃないすか」

「お前は本当に遠慮なく失礼な奴だな。――それで? 何か用なんか?」

「約束果たしてもらおうと思いまして」

「約束?」


 どうやらギャル先輩も覚えていなかったみたいだ。

 あの時お互いアドレナリン出まくっててテンション上がってての突発的発言だったもんな。


「――ウチとデートする約束でもしたか?」

「そんなケバい約束してません」

「どう言う意味!? それはマジで意味不明なんだけど!?」

「ちょ……ちょっと……ツッコミがケバいですよ……」

「ツッコミがケバいってどう言う意味だよ!?」


 そう言った後にギャル先輩は頬を掻いて「――ったく……」と呆れた様子を見せてくる。


「おちょくりに来ただけならもう行くぞ?」


 そう言い残して去ろうとするので俺は一言声を出した。


「告白」

「――は?」


 俺の言葉に振り返り首を傾げる先輩。


「告白する約束でしょ?」

「一体何の――あ……」


 ギャル先輩も思い出したらしく、引きつった表情をしていた。


「――いやー。今日は良い天気だな。うんうん。おっと! 次の授業が始まる。――じゃあな堂路! アデュー!」


 立ち去ろうとするギャル先輩の肩をガシッと掴む。


「ギャルが次の授業気にする訳ないでしょ」

「それは偏見だろうが! ギャルだってちゃんと単位取って卒業したいんだよ!」

「普通のギャルなら授業なんか出ずに非常階段で彼氏とサボりですよ!」

「お前どんな漫画読んだらそんな偏った知識になるんだ?」

「さ! ギャル先輩はギャルなんですから授業なんて気にせずに今から俺と非常階段でじっくりしっぽり話し合いをしましょう」

「ウチは高デギャルだから! 高デギャルはめちゃくちゃ真面目だから!」

「真面目なら俺との約束守って下さいよ」

「くっそー! 墓穴掘ったー!」


 そう言いながらも力強く逃げようとするので、更に力を入れてギャル先輩を冷水機近くの壁際まで追い込む。


 所謂壁ドンと奴だ。――古いけど……。


「逃すかよ」

「キャー! やめてー!」

「こっちがやめて欲しいわ! 何が悲しくてヤマンバに壁ドンしなきゃならんのだ!」

「誰がヤマンバだこの野朗!」

「うるせー! ピエロ!」

「今更褒めても許さねーからな!」

「え? ――あ、いや……。え? ちょ……」


 この人の感性がマジで分からん。


「う、うう……。ぴえん」

「可愛くねーよ! そもそもぴえんって口に出す奴はじめて見たわ!」

「女の子には優しくしろよ」

「どこに女の子がいるんだよ!?」

「ここだよ! 良く見ろ!」

「化け物じゃねーかよ!」

「誰が化け物だこんちくしょー!」


 そんなやり取りをしていて、俺が離す気がない事を察してギャル先輩は諦めた。


「――はぁ……。告白ったって……。どうすりゃ……」


 彼女が逃げる気がない気配がしたので壁ドンを解除する。


「普通に告白すりゃ良いじゃないっすか」


 告白に対する普通っていう定義が自分自身分かってないが、普通に「好き」って事を伝えたら良いのではないだろうか。


「普通って――夜景の綺麗なレストランで『この夜景よりもお前の方が綺麗だよ。これ受け取ってくれないか?』的な感じで指輪バーン! みたいな?」

「それあんたが言われる側――って言うかそれプロポーズじゃねぇかよ」

「ええ……!? じゃあ街中一緒に歩いてたらいきなり街の人達と一緒に踊り出して、皆の前で『一緒暮らそう』指輪バーン! みたいな?」

「てか、それもプロポーズじゃねぇかよ! しかも男側からの! 見た目通り頭花畑だな!」

「これもプロポーズなんかよ……。じゃあ豪華客船で指輪バーン!」

「指輪バーンがプロポーズなんだよ! ぶっ飛んでんだよ! 仮定が諸々ぶっ飛んでるんだよ!」

「――だって……。普通が分かんねーもん……」

「いや、松井さんも言ってたけど、素顔の塩路先輩で思いのままを伝えればいいんですよ」

「素顔の私――」


 何だか儚げな表情をする先輩は厚化粧過ぎて笑えた。




 キーンコーンカーンコーン――。


「あ! やばっ!」


 鐘の音で我に返ったかの様にハッとなる先輩。


「じゃ、じゃあウチ行くわ」

「はい。ちゃんと告って下さいね」

「あ、ああ……うん……」


 歯切れ悪く返事すると先輩は急いで更衣室へと向かって行った。


 あの感じ……。多分告らないな……。

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