夏の大会③
「お前らあああ! 今までありがとおおお!」
試合終了後の球場前の広場にて、野球部の最後のミーティングが行われていた。
試合は結局8対2で完敗。野球部の夏は早くも幕を閉じたのであった。
ミーティングには俺達助っ人組も参加して欲しいと言われ、円陣の中に入っているが、正直話の内容は頭に入っていなかった。
今、俺の中にあるのは7回の裏のホームランの感触。それが未だに忘れられないでいる。
『みんな……』
ミーティングをしていると優しい声が聞こえてきて、そこに視線が集まると松葉杖をついた人が立っていた。
「田中!?」と松井さんが反応すると、野球部が皆彼の周りに集まっていく。
それぞれ「大丈夫ですか?」とか「怪我の具合は?」なんて心配そうに聞いては、田中さんが優しく「大丈夫だよ」なんて答えていた。
「全治1週間の打撲だそうです」
ふと、俺の隣に立って教えてくれる瑠奈。
「瑠奈。おかえり」
「ただいまです」
「ありがとうな。色々と動いてもらって」
「いえ。当然の事をしたまでです」
「――しかし、折れてなかったか……。良かった。いや、良くないけど、不幸中の幸いってやつだな」
「そうですね。辛かったでしょうね……色々な意味で……」
「いくらボロ負けしてるって言っても、最後の夏だし……投げたかったろうな……」
「――でしょうね。でも先輩はただ1つだけの願いとして『球場に戻りたい』と仰ったので、急いで戻って来ました」
「そうだったのか……。何回位に戻って来たんだ?」
「――7回裏のホームランには戻ってきていましたよ」
「見てたのか……」
「ふふ。2ストライクまではぎこちないスイングだったのに3球目のスイングはプロ野球選手顔負けの鋭いスイングになってましたけど? 2球目まではブラフだったんですか?」
「いや……ちょっと色々と思い出してて……」
「昔のトラウマ――みたいな物をですか?」
俺は曇り空を見上げた。
「――みたいな物というか、トラウマだな……。いや、今となっては『だった』になるのかな?」
そして、俺は瑠奈を見て聞いてみる。
「ちょっとだけ昔話に付き合ってくれないか?」
「良いですよ。ですが、よろしいのですか? 私なんかに時人君の過去を語っても」
「瑠奈も前に語ってくれただろ? 色々と」
「そう……ですね」
「これでおあいこだ」
そう言うと瑠奈は小さく「ふふ」と嬉しそうに笑った。
「おあいこですね。では、拝聴させていただきます」
瑠奈が話を聞いてくれるモードに入ったので、俺はなるべく簡単に自分の過去を語った。
♦︎
2年前。俺は結構有名なピッチャーで名門高校からも声がかかる程の実力があった。
俺と同じチームに来道という俺より少し身長の高いピッチャーがいたんだ。
来道とは同じ中学、同じチーム、同じピッチャーというポジションで、実力はほぼ互角だったが、俺がエースで来道は控えピッチャー。そんな境遇にも関わらず俺達は仲が良く、時にはお互いを切磋琢磨する良きライバル、時には親友――なんて言うと何だかむず痒いけど、そんな立ち位置であった。
俺は自分の家の事を黙っていた。黙っていたというよりは話す必要性を感じなかったので、小学生の頃から誰にも言ってなかった。
それは幼馴染の雫でさえ、彼女がウチのメイドになるまでは言っていなかった事だ。
その事は仲の良かった来道も例外ではなく、彼もまた俺の家の事情を知らなかった。
そんなある日、来道が急に余所余所しい態度を俺にしてきた。最初は本当に訳が分からなかったが、どうやら何かの理由で俺の家庭環境を知ったらしい。
それから少ししたある日、どこで調べたのやら、俺の家までやって来ていきなり俺に怒鳴ってきたんだ。
『今まで親友と思ってたのに騙しやがって! なんでも金か!? どうせ! 金で背番号買ったんだろ! そうなんだろ!? 実力もないくせに!! 汚い事すんなよ! そんな事してまでエースになりたかったのかよ!? お前がいなければ俺がエースだったのに!! お前何か消えろよ!!』
この次の最後の言葉が何よりも効いた。
『金持ちが野球するな!』
この言葉が俺の中にまるで稲妻が落ちたかの様な衝撃を受けた。
俺は何も悪くないから反論の言葉は沢山あるし、どうしてそんな事を言ってくるかも聞きたかった。でも、何も言い返せなかった。
俺はそれがショックで野球を辞めた。
俺が野球を辞めた事により、来道はエースとなり、その実力が認められて皮肉にも俺をスカウトしてくれた名門校に声をかけられた。
その時に思ったのは、監督にも俺の家の事は言って無かったけど、もしかしたら監督は俺の家の事を知っていて、俺の家に逆らうと後が怖いから俺をしぶしぶエースにしていただけで、実力的には来道をエースにしたかったのではないか。そう思ってしまった。
これは後から知ったのだが、監督は本当に家のことなど知らなかったと分かったのは高校生になってからだ。
そこからは疑心暗鬼になり、金持ちは嫌われると思い込んでしまった。そして俺は親父に相談して地元を離れて暮らす様になった。
♦︎
「――そんな事があったのですね」
「瑠奈はさ……。そういう経験ってある? 親が金持ちだけって理由で妬まれるっていう経験」
同じ様な立場の瑠奈に質問を投げると瑠奈は申し訳なさそうに首を横に振る。
「申し訳ありません。私にはその様な経験はございません」
「だよな……」
元々お嬢様学校に通ってたんだから、周りが金持ちだ。
周りが金持ちなら妬む奴もいないだろう。
「しかし、失礼を承知で言わせてもらいますが、もし、私が裕福な家庭の事を咎められても絶対に屈しません」
瑠奈は自信満々な顔で言ってくる。
「時人君の辛さが分かると言うのは綺麗事になるので言えません。経験もしていないのに何を浅はかな事を――とお思いになるかもしれません。ですが、お爺様の教え――曾祖父から伝わる教えを守るのに裕福や貧困も関係ありません。人が人を思いやる心。これに立場なんてものは関係ありませんもの。だから、もし、裕福な家庭環境の事を言われても私は絶対に屈しません。私は何も変わりません」
はっきりと言い切る彼女は輝いて見えた。恐らく瑠奈は有言実行。俺と同じ目に合ってもその言葉通りに行動するだろう。
それに比べて俺は――。
「――くだらない事だよな……。ちょっと言われただけで気にして……。気にしなかったら良い事を……。それをウジウジと気にして、地元逃げ出して――」
「そんな事ありません」
瑠奈は首を横に振り優しい否定をしてくれる。
「全然くだらなくなんてありません。辛い事を経験したからこそ今の素敵時人君があるのですから」
瑠奈はまるでお姉さんが弟を褒め称える様な笑み温かい笑みで俺を見る。
「そんな辛い経験があるのに、もしもの時――今日で言えば田中先輩が怪我をした時に、そんなトラウマ関係なく、色々と段取りしていたじゃありませんか。自分の身分を隠しているのに堂々と雫ちゃんを呼んで車の手配しようとしたり――。辛い思いをした人間が出来る事では有りませんよ」
そして優しい太陽の様な笑みで俺を包む様に言ってくる。
「それに嬉しかったです。お爺様の教え――曾祖父の教えを守っている者としては、時人君も私と同じ考えだったという事が」
そう言われて、何だか照れ笑いが出てしまったが「――あ……」と言葉が漏れる。
「そういえば雫――紗雪――」
俺が少し焦って言うと「あー……」と俺が何を言いたいか分かった様な顔をして笑う。
「元々知ってましたよ? 雫ちゃんが時人君の使用人だという事は。そもそも完士君から報告受けてましたし」
「え? じゃあ何で頑なに紗雪が俺の使用人って言ってたんだ?」
「それは――」
ふと瑠奈は視線を奥の方へ向けた。
そして「ふっ」と小さく笑うと回れ右をする。
長い髪が靡きシャンプーの香りが漂ってきた。
そして振り返り人差し指を唇の前で立てる。
「女の子には色々とあるものです。乙女の秘密を詮索するなんて無粋ですよ? ふふ」
そう言って「では、私はこれで失礼します」と言ってシャンプーの匂いを残して彼女は去って行った。
「――時人様お疲れ様です」
瑠奈と入れ替わりでやってくる雫。野球部の連中とは少し距離があるので彼女はメイドモードで話かけてくる。
「雫――ありがとう」
「ありがとう?」
いきなり礼を言ったもんだから雫が首を傾げてくる。
「ああ、いや……。あの時――7回裏の打席の時さ、俺、相手ピッチャーが来道に見えてたんだよ」
「来道……。あの?」
「そうそう。あの――。でさ、動揺して、あいつに言われた事が脳内でフラッシュバックしてさ、もうさっさと三振してしまおうと思った時に、雫の昔の言葉が蘇ってさ」
「私の言葉ですか?」
「うん『お嫁さんにしてくれ』って奴」
「――なっ!?」
俺の言葉に雫は顔を赤らめた。しかし、俺はあえてそれにはツッコまずに話を続ける。
「その言葉でホームラン打つ事が出来て、ホームラン打った時とさ、さっきの瑠奈の言葉で、俺ってやつは何て小さな事を引きずっていたんだろう――ってなってな」
「――なるほど。理解しました。時人様が今清々しい表情をしてなさる意味を」
「そんな顔してる?」
「はい」
「まぁ……実際清々しいしな! ――よしっ。今日は帰ったらご馳走だ! 寿司にしよう! いや! ステーキか!?」
そう言って歩き出すと雫が俺の服の袖を掴んでくる。
振り返ると顔を真っ赤にして雫が言ってきた。
「わ、私は……別にプロ野球選手じゃなくても良いんですよ?」
「――それって……」
俺が聞こうとすると雫がワタワタとして「い、今のなし!」と言ってスタスタと先に歩いて行った。
「あ、おい。待てよ雫」
「ま、待ちません。早く帰りますよ!」
早歩きの雫に何とか追いつき2人で家に帰った。
こうして俺の野球部助っ人は終わったのであった。




