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夏の大会②

 田中先輩は瑠奈と瑠奈の運転手に担がれて病院に行った。

 相手チームは全員で脱帽し、謝罪の意を込めて頭を下げてくれた。

 スポーツマンシップに則った爽やかで礼儀正しいチームだ。監督の指導が行き届いているのが実感が出来た。


 さて、田中先輩が試合に出れなくなったので強制的にピッチャー交代となる。

 しかし、この野球部は素人の集まりの為、ピッチャーを出来るのが松井さんだけみたいだ。

 だが、そうなるとキャッチャーを出来る奴がいないという悪循環にハマるそうな。


 そこで、野球経験者の俺がピッチャーをやって欲しいとの事。

 朝倉くんは野球未経験だし、俺がピッチャーをやらなければ棄権で試合終了。

 それは3年生が可哀想だし、田中先輩があまりにも無念過ぎる。


 その為、俺は約2年振りのマウンドへ上がったのであった。




♦︎




「堂路……。すまないな……」


 マウンドに駆け寄って来るキャッチャーの筋肉ダルマ松井さん。

 流石にマウンドではいつもみたいな騒音の様な声は出さずに小声で話かけてくる。

 それが出来るのなら日常生活でも実用して欲しいものである。


「いえ、誰も悪くないですよ。――それよりもサイン、簡単で良いですか?」

「変化球とか投げれるのか?」

「一応……」


 そう呟いて俺から指定する。


「グーがストレートでパーがスライダーで良いですか?」

「分かった」

「コースはお任せします」

「――ありがとな……。堂路」


 そう言って俺にボールを渡してくる。


 久しぶりのマウンド。久しぶりのピッチャー。久しぶりの野球。


 ボールを見つめると頭の中で嫌な過去が勝手にフラッシュバックしてしまった。


『――お前さえいなければ――』


 嫌な台詞が脳内再生されたので、俺は深呼吸をして松井さんに笑顔で言った。


「先輩。そんな小さな声で喋れるなら普段からその声で喋って下さいよ」

「ぬ。善処する」


 そう言って松井さんは守備位置についたと思ったら「しまってええええ!! いこおおおお!!」と病院に向かった田中先輩にまで聞こえるのではないだろうかと思える程の声を出した。それに「おおおおおお!!」と答える野手達は、まだ試合を諦めている様子では無かった。


 俺の特技の1つにマウンドから観客席に座る雫を見つけるというのがある。俺がマウンドに立つ度に彼女を見つけられなかった事はない。

 今回は何処にいるか把握しているので簡単に雫を見つける事が出来て、彼女を見ると案の定心配そうな顔をしていた。

 俺はそんな彼女にいつものやっていたポーズを取る。


 ボールを胸に2回叩く。


 それを見せると雫は少し安心した様な表情をしてくれた。




『プレイ!』


 長い事止まっていたゲームが主審によって再開される。


 2死ランナー2、3塁。バッターは下位打線。右バッターボックスに立つのは7番バッター。7番と言っても今日はヒットを放っているので侮れない。


 そして、俺は所詮は中学生レベルで止まっているピッチャー。

 当時の最速は130km/hで中学生としてはチヤホヤされていたが、高校生からすればたかだか『速い方』なだけだろう。

 それに、最速が130km/hだから、実際の球速はもう少し遅くなる。

 果たしてこのチームに俺の投球が通用するかどうか。


 2年振りの第1球をセットポジションから――投げた。


 キンッというバットに当たった金属音が聞こえると、打球はキャッチャーフライ。松井さんがキッチリ掴んだ。


『アウト! チェンジ』


 長い4回表の守りだったが、俺からすれば1球で片付いた。


 やっぱり長い事野球してなかったから普通に当てられるよな……。ま、辞めた身で偉そうな事言えないか……。アウトに取れただけでもありがたいと思う事にしよう。




♦︎




 その後も何とか相手チームを0点に抑えて試合は進み、回は7回の裏の攻撃。


「堂路!! お前すげーな!!」


 ベンチに戻ると記録員とは名ばかりの盛り盛りギャルが出迎えてくれる。


「――はぁ。こんな化け物に言われてもトキメかないな……」

「今は何言っても良いや。とにかくお疲れ! 飲め! ほらほら堂路のカッコいい所見てみたい! 飲んで飲んで飲んで飲んで」

「それって酒の席でする死のコールでしょ……。アルハラにあたるのでやめて下さい。絶対ダメですよ? 強制的に飲ませるのは」


 そう小言を言いながらもギャル先輩がいれてくれたスポーツドリンクを飲む。


「いや、でも堂路さん凄いっすね。マジもんの野球部の人みたい。バリかっこいいっす!」

「そりゃどうも……」

「あんなカッコいい姿見たらスタンドの彼女達も惚れ直す事間違いなしっすね! 次の回も頑張って下さい」

「――次の回ね……」


 そう言ってグラウンドを見つめると、もう既にアウトが1つ増えていた。


「朝倉くん。今が何回か知ってるか?」

「7回でしょ? ラッキィィ! セブン! ってね。それ位知ってますよ」

「そのラッキーセブンで試合が終わるかもしれないなんて皮肉なものだよな」


 苦笑いで言ってやると「あ……」と朝倉くんは今の状況を理解したみたいだ。


「このままじゃコールドゲーム成立だ」

「と、堂路さん! 打つ方はどうなんですか?」

「どうだろう……。ボーイズの時は9番だったな」

「い、いや! それってピッチャーって事を考慮した采配ですよね? 実は4番よりもバリバリ打つみたいな王道の展開――」

「俺のあだ名は『バント職人』だったな」

「優秀なピッチャー! あんためちゃくちゃ優秀なピッチャーだよ!」

「そりゃどうも」


 そう言いながら俺は立ち上がりヘルメットを借りてネクストバッターズサークルに向かおうとして朝倉くんに言う。


「ま、どっちにしても俺に回ってくる可能性は低いよ。あのピッチャーから素人が打てるなんてそうそうない――」


 俺の言葉の途中に『デッドボール!』と主審の声が聞こえてきた。

 どうやら俺の前のバッターが初級で当てられたみたいだな。

 当たったのは――お尻だから、まだマシか。


「――回ってきましたね」

「はは……。打つのは苦手なんだよ……」


 そう言いながら打席へ向かおうとするとギャル先輩に肩をガシッと掴まれる。


「野球の神様が舞い降りたぞ」

「ボロ負けしてから来るなんて、とんだ寝坊助な神様ですね」

「勝利の女神とは違う。試合を続行させる神様だよ」


 ギャル先輩は親指でベンチにいる選手達を指す。


「こいつらの為にも――田中の為にも……。最後まで試合を続行させてくれよ。最後の夏だから……」


 真剣なギャル先輩。それは今まで記録員の助っ人としてやってきた彼女自身の為にも言っているのだろう……。


「分かりました。もし、俺がホームランを打ったら化粧落として松井さんに告って下さい」


 交換条件で少しふざけてみると、ギャル先輩は真剣な顔で「分かった」と頷いた。


「ふふ。ならホームランかっ飛ばして来ますか……」




 マウンドと同じく約2年振りのバッターボックス。俺は左打ちなので左のバッターボックスに立つ。


 スタンダートの構えからピッチャーを見る。


「――っ!? ――すぅ……」


 何処となくアイツに似ている気がする。


 雰囲気、セットポジションの構え、牽制の仕方。まるでアイツ本人の様な――本人ではないのか?


 ――いや、それはない。だってアイツは名門校にスカウトされたのだから……。


 これは俺の脳内が途切れ途切れで過去をフラッシュバックしている精神的理由で似ていると錯覚しているだけのはずだ。


 その証拠に――。


『――ットライク!』


 ――あれ……? 球速が速く感じる……だと……?


 ベンチで見ていた時はせいぜい120km/h程のストレートが打席に入ると140km/hに感じてしまう。

 

 いや、これは完璧に俺の気のせいだ。精神の問題だ。


 俺は一旦打席から出て、素振りをする。

 久しぶりに振るバットは自分でもぎこちなく振っていると実感出来る。

 このままじゃ大口叩いた割に三振に終わってしまうな。


 心を落ち着かせて打席に戻り構える。


 相手ピッチャーは――来道らいどう……? いつの間にか来道がマウンドに立っていた。俺が野球を辞めるきっかけになった本人だった。


『お前がいなければ俺がエースだったのに――』


 そんな昔に言われた言葉の欠片がまた脳内再生されてしまう。


『――ットライク!! ツー!!』


 ダメだ。めちゃくちゃ速く感じる。最早高校生の球ではなくプロ野球選手のストレートに思えてくる速さ。


 打てない。ダメだ……。このまま俺で三振だ……。ごめんなさい野球部の皆さん。助っ人の奴が最後の大会を三振で締めるなんて……。


 弱気になりながらバッターボックスから出て、ふとスタンドを見てみる。

 フェンス際まで雫が心配そうな顔で見ているのが分かった。


「雫……」


 そんな心配そうな顔するなよ……。嫌な事は思い出しちゃったけど、俺なら大丈夫だ。なーに、大した事じゃない、多分帰ったら泣くからまた膝を貸してくれや。


 もう、どうでも良くなってきて、早く帰りたい気分になりながら打席に入る。気持ちで負けている状態だ。


 そんな気持ちの中で『高卒でプロ野球選手になって、年俸5億貰って雫と仲良く暮らすとも約束したよ』と小学生の頃に雫と約束した言葉がフラッシュバックしてくる。続いて『プロ野球選手になって私をお嫁さんになる事を誓ってよ』と言うのも蘇る。


 そうだよ……。俺は雫と約束したのに――。


『どうせ! 金で背番号買ったんだろ! そうなんだろ!? 実力もないくせに!!』

「――違う……」

『汚い事すんなよ! そんな事してまでエースになりたかったのかよ!? お前がいなければ俺がエースだったのに!! お前何か消えろよ!!』

「そりゃ……こっちの台詞だ……」


 来道から放たれたストレートは今まで打席で見てきた中で1番速いストレートだった。


「お前がいなきゃ今頃雫と一緒に野球部で全国目指してたっての!!」




 カキーン!!




 俺の打った打球はライナーで1塁の頭を超えて行き、ライトポールに直撃した。


 1塁の塁審が大きく腕を回した。ホームランの合図。


 人生初ホームランは来道――ではない。今、マウンドに立っているのは来道ではなかった。

 妄想が生み出した幻想。不安定なメンタルから生み出された作り物の来道。

 だけど……。妄想でも何でも、来道から打った――そう思う事で、過去のしがらみから解放された様な……。そんな気分でダイヤモンドを1周する。


 3塁に向かっていると雫と目が合った。彼女は安心した様なそんな表情をしていた。


 過去のしがらみから解放された俺を祝福するかの様に曇天の空の隙間から太陽の光が俺を照らすのであった。

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