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夏の大会①

 夏の青空の下、白球をひたすらに追いかける。勝っているチームは追いつかれない様に、負けているチームは必死に追いつこうとする接戦。監督の言葉を胸に、仲間と共に1球1球に魂を込めて全力でプレーする。これを青春と言わずなんという。


 カキーン!


 心地良い金属音は夏の青空に――響かなかった。




 実際はドゴンとバットの根本で打った様な鈍い音が響いていた。

 曇天の下、自軍が打った球はふらふーっとサードファールゾーン近くのフライ。サードの選手が俺達側のベンチ近くまでやって来ると球は彼のグローブに収まった。


『アウト! チェンジ』


 3塁塁審の声が響いて攻守交代。4回裏の攻撃が終わって7対0と大差で負けている。


 現実は非常である。


「サードフライ……っと……」

「へぇ。これでサードフライなんか」


 俺はベンチで記録員の代わりにスコアを付けていた。一体何の為の記録員なのか……。全くもって意味のない記録員助っ人。だが、世の中は意味のないもので溢れている。世界と比べると彼女の意味ないレベルは可愛いものである。


 そして、顧問は我が担任の葛葉先生であった。葛葉先生はユニホームを着て一生懸命野球のルールブックと睨めっこしていた。試合本番でルールブックを読むのなんて顧問として意味を成していないが――。


 先生野球知らないのに野球部の顧問やらされたんだろうな……。教師という世界の闇を感じるわ。


「――っげぇなぁ堂路」


 ギャル先輩が感心した様な声を出す。


「ホントですよね。まさか野球経験者だとは。意外っすね」

「何部っぽい?」


 意外だと言うので聞いてみると朝倉くんは俺を見て少し考えた後に口を開く。


「軽音部っぽいっすね」

「あ! 分かるわ! 堂路軽音っぽい」


 朝倉くんの言葉にギャル先輩がのっかり、俺は試合の様子を見ながら「軽音かぁ」と呟いた。


「それ言われたのは初めてだな」

「ギターやってそうっす」

「売れてないな」

「あはは! そっすね!」


 2人は笑いながら言ってくるので「好き勝手言ってくんね」と苦笑いで答えながら相手チームがライト前ヒットを打ったので、それのスコアを書いた。


「今度の文化祭、青団でバンド組むか?」

「あ! 良いっすね! 面白そう」

「朝倉は五十嵐の歌声聞きたいだけだろ?」

「は、はあ? べ、別にそんな事ねぇ!」

「動揺の仕方が1年坊主丸出しだな」

「なんすか!? それ!」

「あはは!」


 笑っているけど、アンタも大概分かりやすいからな。

 なんて言うと怒られるだろうから黙ってシコシコと1塁側への犠打のスコアを書いた。


 そんな試合と関係ない話をしていると「堂路くん。堂路くん」と可愛い声で俺を呼ぶ葛葉先生。


「はい? なんでしょう?」

「今のは送りバントってやつだよね?」


 葛葉先生はグラウンドのプレイ内容を聞いてくる。


「そうですね。送りバントです」

「なんで打たないの? 楽しくないんじゃない?」

「ランナー1塁よりもランナー2塁の方が得点出来る可能性が高くなります。例えば足の速いランナーが2塁ならシングルヒットで1点入る可能性があります。ランナー1塁でシングルヒットを打っても点が入る可能性はほぼ0です。なので1つアウトになろうともランナーを進めたいっていう王道の戦法ですね」

「へぇ。野球ってルール複雑だねー」


 そう言って葛葉先生はまたルールブックを見た。


「ほらほら。2人共。選手も先生も頑張ってるんだからさ。1アウトランナー2塁のピンチなんだから応援してあげないと」

「――って言われても、4回終わって7点差って……ねぇ?」


 朝倉くんがギャル先輩へ視線を送ると無の感情で言った。


「いつもの光景だな」


 そう言い残してギャル先輩は立ち上がりベンチ裏へと足を運んだ。


「どこ行くんすか?」

「便所だよ」

「あ……そう……」


 記録員とは? なんて事はもう言うまい。野球部的にも来てくれただけでもありがたかったのか、ギャル先輩にも、俺達にもやたらとしつこい位に感謝してくれたし。良い人達だな。野球部。


「これってコールド有りなんですか?」

「ああ。俺が知ってるルールだと、5回、6回までに10点差、7回、8回までに7点差でコールドゲームだな」

「――って事は今のままだと7回コールドって事?」

「そうだな。ま、この回にも点が入りそうだけど……」


 そんな会話をしていたら左中間へ2ベースヒットを打たれて4回表に追加点を取られ、8対0へと点差が開いてしまう。


「こりゃ5回コールドっすかね?」

「この流れならな」

「――そっすか……」

「なんだ? 早く帰りたかったんじゃないのか? 試合前にあんなに大きな欠伸ぶっかまして」

「朝何時起きだと思ってんすか? 4時っすよ? 4時。夜寝て起きたらまだ窓の外暗いんすよ? やばくないっすか?」

「確かに暗かったな」

「――って、そんな事はどうでも良いっす。別に早く帰りたい訳じゃないっすよ。どっちかと言うと勝って欲しいっす。――でも……」


 朝倉くんがグラウンドを見るとタイミング良く、カキーンと会心の当たりがサード正面に飛んで行く。守っていた場所が良かったので運良くアウトに取って2アウトランナー2塁。


「これじゃあ勝ち目無くないっすか?」

「まぁウチの野球部は素人の集まりみたいだからな。でもさ――」


 グラウンドから聞こえる『ツーアウト!』『あと1人キッチリ取ろう!』『田中! あと1人! 楽に!』と楽しそうな声が響き渡っていた。


「――楽しそうだから良いじゃんか」

「楽しんだもん勝ちっすか……」


 そう呟いた後に俺を見てくる。


「堂路さんの青春も楽しそうっすもんね」

「――? なにが?」

「いや、まさか、星野さんの他にも彼女が2人もいるなんて」

「は?」

「いやいやいやいや。誤魔化さないで下さい。で? 誰が本命なんですか? ロングの美女ですか? セミロングの美女ですか? それともやっぱりショートの美女――星野さんですか?」

「お前、まさかと思うけど……。試合前に喋った女子の事言ってる?」

「そうっすよ?」

「童貞かっ! 喋っただけで惚れた腫れた、好きだの彼女だの――童貞かっ!」


 俺が言うと朝倉くんは「またまたぁ」とニヤついて

言ってくる。


「あれは明らかに恋する人同士の会話でしたよ? 全員。今頃はスタンドで誰が堂路さんと付き合うのか取り合いしていたりして」

「童貞の分際で偉そうに」

「堂路さんもでしょ?」

「――グゥの音もでねー悲しい正論だわ」

「まさか堂路さんがそんなにモテるとは……」


 腕組みをして頷いていると「やっぱり怪しいと思ってたんだよ」と便所から帰ってきたギャル先輩が参戦してくる。


「瑠奈? って子が気になって星野と付き合えないって事か? それなら何か納得だわー」

「瑠奈……さんって言うのはロングの人でしたっけ?」

「そうそう。綺麗な子」

「うわー。堂路さん。童貞の夢が詰まった巨乳の黒髪サラサラロングヘア麗し系がタイプなんすね……。まさに童貞の鏡っすね」

「お前童貞をなんだと思ってんだよ……。つか、お前こそ童貞丸出しの女の趣味してんじゃん」


 そう言うと「あー。確かに」とギャル先輩が頷いた。


「眼鏡っ子気弱女子何か童貞の好物だろ? それも眼鏡外したら可愛いとかオチ付きなら尚のこと」

「は、は!? べ、別は俺は眼鏡外さなくても好きだし!」


 そう言うとベンチが固まりルールブックから視線をこちらに向けて葛葉先生が一言言った。


「青春だねー」


 それを聞いた後にギャル先輩が朝倉くんの肩に手を置いた。


「もう告れよ」

「い、いや今のは――」


 朝倉くんがあたふたとしているので俺は諦めろと言わんばかりに彼に言ってやる。


「朝倉くん……。元々ネタは上がってたんだ。この夏に決めろよ。オーバーヘッド級の――シュートと言う名の想いをさ」

「ださいよ! 台詞がださいよ! しかも何でサッカーで例えた? 今、野球の試合中だし、あんた元野球部だろ!? せめて野球で例えろよ!」

「恋のピッチャーライナーを決めてやれ」

「それアウトじゃねぇかよ! チクショーが!」




 カキーン! ドゴン!




 言霊というのは本当にいるのか、恋のピッチャーライナーでは無いが、リアルにピッチャーライナーが田中先輩の足に直撃する。


 田中先輩はその場で倒れてしまい、緊迫した空気がグラウンドを包み相手側の監督が「ランナー戻れ! 一旦戻れ!! バッター戻って来い!」と選手に声をかける。

 本来ならボールはフェアゾーンにあるので怪我をしようがプレイは続行だ。

 しかし、プレイを中断する為に相手側の監督がバッターをアウトにする理由でベンチに戻す。

 バッターはコースアウト。わざわざ1塁にボールを投げなくても打ったバッターがアウトとなり、ランナーはベースについているので次のプレイに移行する。


『タイム!!』と審判の判断でゲームを止める。


「コールドスプレー!!」


 俺は叫ぶがどこにコールドスプレーがあるかなんか全然分からない。

 こちら側があたふたとしていると向こう側の選手がダッシュでマウンドまでやって来て田中先輩の足にコールドスプレーをふってくれる。


 そして、もう1人の選手がダッシュでやってきてコールドスプレーをふってくれた選手と共に田中先輩を挟んで肩で担いでこちらに運んで来てくれる。


「朝倉! 飲み物! スポーツドリンク!」

「は、はい!」

「塩路さん! 氷! 大量の氷!」

「は、はい!」

「先生! ここら辺の病院調べてもらって良いですか!?」

「あ、はい!」

「後、もしかしたら車出してもらうかも――って先生今日は一緒に電車でしたね」

「ごめんね。とりあえず、休日でもやってる病院探すよ!」

「お願いします! 肩は――冷やすか……いや……まだ投げる? いやいや、投げれない――」


 考え込んでいると向こう側の選手がこちらのベンチに田中先輩を座らせる。そして足に再度スプレーをかける。


「田中先輩? 大丈夫ですか?」


 俺が問いかけると田中先輩は「だ、大丈夫だよ」と優しい声を出すが、表情は苦しそうである。


 スプレーをしていた選手に「すみません。ありがとうございます……。失礼しますね」と断りを入れてスパイクを脱がしてズボンを上げる。


「うお……」と声が出てしまう程に腫れている。これはかなり痛そうである。折れている? いや、医者じゃないし分からないな。

 相手側の選手2人も申し訳ないのと心配する表情が混ざった顔をしている。


「朝倉! 田中先輩にスポーツドリンク飲ませて!」

「はい!」


 朝倉くんが田中先輩にスポーツドリンクを持っていき飲ましてあげる。


「塩路さんは氷を田中先輩の足に当ててあげて下さい」

「はい!」


 塩路さんが俺の言う通りに行動してくれると、主審と話をしていたキャッチャーの松井先輩がベンチへ戻って来る。


「田中!! 足はどうだ!?」

「――なんとか……」


 田中先輩の言葉は表情と違う言葉を放つ。


「――んっ!? これは……」


 主審が田中先輩の足を見て険しい顔をした。


「監督さんは――電話中か……。こりゃ交代して早く病院に連れて行った方が良い。折れてはないにしろ、これじゃ投げれないよ」

「交代……」


 田中先輩は主審に言われて悔しい表情をするが「はい……」と素直に応じた。


 先生はまだ電話中か。仕方ない――。


 俺はベンチを出てベンチの隣の3塁側スタンドが見える位置から「雫!」と大きな声で呼ぶと迅速にフェンス側まで来る。


「ピッチャーの方の怪我の件ですね?」

「ああ。まだ病院探してる所だから、今のうちにウチの車の手配してくれ」

「かしこまりま――」


 雫がスマホを操作しようとした所、それを制止するポーズを取る瑠奈。


「本日、私は自動車で来ております。そちらをお使い下さい。そちらの方が段取りは良いでしょう?」

「良いのか?」

「勿論です。それに、色々とそちらの方が都合がよろしいでしょう?」


 意味深な言い方をされてしまう。


「それで? 怪我をしてしまった方の具合はどれくらい酷いのですか?」

「あ、ああ。折れてはいないけど、腫れが酷いな」

「分かりました。こちらから見ても歩けない程でしたものね」


 そう言うと瑠奈は「私も病院に連れ添いに行きます」と言ってクルリと回れ右をしてスタンドの出口へ向かって行った。


「――時人くん! 怪我した人大丈夫なの!?」


 瑠奈と入れ替わりで紗雪がやってきていつもの元気な顔ではなく、心配した様な顔をする。

 

「凄い腫れてるな」

「交代?」

「審判は交代しろってさ」


 そう言うと雫が心配そうな表情をする。


「それって――」


 雫の言葉が出る前に「堂路い!」と、この場面でも変わらず馬鹿でかい声を出す松井さんの声が聞こえてきた。


「ごめん。呼ばれたから行ってくるわ」

「――はい……」


 ベンチに戻ると松井さんが思いっきり頭を下げてくる。


「すまない!! ピッチャーをやってくれないか!?」

「え……」




 お読み頂いてありがとうございます!


 今回のお話は私が実際に体験した事を参考に書かせて頂きました。

 

 今回の件とは違い、その時の試合は接戦で、1点の重みが違った試合だったのですが、バッターがピッチャーライナーを打ってピッチャーが負傷した時に相手チームの監督が今回のお話と同じ様な指示を選手達に出し、チーム関係なくダッシュでマウンドに集まりました。


 相手チームの監督さんは素晴らしい判断をしてくれましたし、そんな素晴らしい監督さんの下で野球をしている選手達も皆素晴らしい選手達でした。

 そういうチームだったので、めちゃくちゃ強かったのを覚えております。


 何が言いたいかと言うと、高校野球って最高ですって事です!


 長々とすみません。書いていたら感情が湧き出てしまいまして……。


 これからも今作品をお楽しみ頂けたら幸いです。


 そして、最近またコロナウィルスが流行してしまい、自宅待機が多くなってしまってると思います。

 読者の皆様方も体調にはお気をつけ下さい。

 また、この作品が自宅待機等での読書様達のお時間潰しになると幸いでございます。

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