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不釣り合い

 放課後になっても雨は止まずに降り続いていた。

 太ももに雫の温もりがまだあり、少しそこを意識しながら指定された野球部の部室を開ける。


 開けた瞬間に見た事ない人と目が合い「ぉんちゃぁーすっ!」と野球部独特の挨拶をされて「お疲れでーす」と返しておく。

 ボーイズの時もそうだったが……俺はこの挨拶が嫌いだ。だって何言ってるのか全く分からないから。だからせめてもの反抗で自分だけは滑舌良く挨拶する様にしている。何の意味も成さないがね。


 よく見ると知っている顔もあり「あ、堂路」と同級生の坂野くんが俺に気がつく。

 坂野くんは顔と名前だけ知っている間柄なので「どもー」とだけ声をかけておく。


 そして、今、気が付いたが、この場に似合わない存在が堂々と我物顔で部室のパイプ椅子に座っていた。


「なんで化け物がここに?」

「おいい! せめてパイセン呼びしろ!」

「いや、何故――中学では清楚で可憐な手芸部で、隠れヒロイン的存在でモテていたが、わざわざその地位を捨て、高校に上がりギャルメイクを覚えてとりあえずイケてそうなテニス部に入部するという間違った高校デビューをしている塩路 沙耶香さんがここに?」


 俺の言葉に先程挨拶してくれた人が吹き出した。


「今笑ったのは斎藤だな? あとでしばく」

「ちゃ! ちゃす! お、俺じゃなす!」

「やかまし! この少人数で誤魔化せると思うな!」


 そんな2人のやり取りの中、同級生の坂野くんが俺の隣に来て話かけてくる。


「知り合い?」


 俺とギャル先輩を交互に指差して聞いてくる。


「知り合いだな」

「そうなんだ。――塩路さんには毎回記録員としてお願いしているんだよ」

「へぇ。そうなんだ。スコア書いてもらったんだな」


 感心して言うと坂野くんが苦笑いで答える。


「いや、ウチの部、マネージャーいないから……。女の子が入ってくれるだけでも華になるかな? って」

「女……?」


 俺が美少女からわざわざ化け物になっている存在を指さすと彼は肩を落とした。


「――もう少しまともな奴いたろ……ってなるわな」

「おいっ! 坂野! 聞こえてんぞ! 馬鹿野郎!」


 ギャル先輩の声に「やっべ……。ちょっとトイレ」と坂野くんが逃げて「あ! 坂野さん! まっ!」と言って斎藤くんも逃げて行った。坂野くんをさん付けって事は後輩だな。


「――ったく……」


 部室に2人になってしまったので、俺はギャル先輩の隣に座る。


「そんなに前から松井さんの事好きなんですか?」


 座りながら聞くと「――は、はあ!?」と明らかに動揺した声を出す。


「だって毎回記録員として野球部に来てるんでしょ?」

「――そ、それは……」


 メイクとは裏腹にしおらしくなるギャル先輩。


「てか、それなら最初から野球部のマネージャーしても良かったんじゃないすか?」

「それじゃウチが野球部の男狙いって思われるだろ?」

「そっすかね?」

「――そうなんだよ……。それにイケてる女はテニス部っしょ!」


 それは偏見ではないだろうか……。


「――って思ったけど、この学校のテニス部はウチ含めて3人しかいないんだよな」

「全然イケてないっすね」

「どうやら今のイケイケ女子はバイトをしているらしい。リサーチ不足だったぜ」

「あー……。だから居酒屋でもバイト……」

「バイトとテニス部の両立はキツい……」

「キツいならどっちか辞めたら良いのに」

「折角入ったのに途中で辞めるなんて出来ないだろ」


 見た目と違って凄い真面目――いや、そもそも可憐な美少女だから見た目通りといえば見た目通りになるのかな?


「――それで? テニス部なのに松井さんに毎年頼まれて記録員ですか?」

「ま、まぁな……」

「好きな人に頼まれて記録員するのは良いと思います。でも、疑問点があるんすけど……」

「な、なんで疑問なんだ? 堂路だって星野に頼まれたら断れないだろ」


 雫の名前が出て、何故か太ももが熱くなった。


「――えっと……何でそこで星野なんすか?」

「付き合ってんだろ?」

「ギャル先輩の目にはそう見えます?」

「おいおい。ウチの鋭い眼光を侮るなよ」

「見る目ないと思いますけどね……。松井さんとかいう筋肉ダルマが好きとか――おっと」


 わざとらしく手を口元に持っていく。


「は、はあ!? あ、あいつはあいつで魅力があるから!」


 簡単に食いついた……。本当にチョロい人だな。


「例えば?」

「――ああ見えて優しいんだよ……」

『誰が優しいんだ?』


 突如俺達の前から聞こえてきた声にお互い顔を上げると、そこにはガチムチ筋肉ダルマ先輩が立っていた。


 ギャル先輩はメイク越しに頬を赤く染めたかと思うと「人の話を盗み聞きするんじゃねええええ!」と渾身のパンチを放ったが、彼には全く効いて無かった。




♦︎




「――あー……。明日朝っぱらからとかー……」


 野球部との顔合わせが終わった俺と朝倉くんは先に上がらせてもらう事になった。

 野球部の人達は、明日終われば3年は即引退となるので、密なミーティングをするらしい。そりゃそうだ。明日が最後になる可能性があるのだから。


「まさか第1試合とはな……」


 お互い明日の集合時間を聞いて吹き出してしまった。

 何と学校の最寄り駅に5時30分に集合らしい。どんだけ早起きしなきゃならんのだ。

 

 あの筋肉ダルマ。試合時間を言ったら俺達が来ないとふんであえて言わなかったな……。


「エグいっすよ……。間に合わないかも……」

「遅刻したら五十嵐さんに朝倉くんの思いを暴露する」

「ちょ!? なんすかそれ!? 堂路さんエグいっすよ!」

「遅刻しなければ良いのだ」

「パワハラだ! こんなのパワハラだ!」

「ふはははは! なんとでも言えばよかろうなのだああ!」


 俺の高笑いに朝倉くんは溜息しか出ず、大きく息を吐いたら俺と距離をとる。


「とりあえず早く帰って寝るっすわ」

「お。意識高いな」

「引き受けた以上はちゃんとしないと。では失礼しやす」


 そう言って朝倉くんは駐輪場の方へ行くので俺は手を上げて「じゃあまた明日」と言って校門を目指す。


 校門を出ようとした所、後ろから「おかえりですかー? ご主人さーまー」と元気な声が聞こえてくる。

 振り返るとそこにはセミロングの髪の元気印の紗雪がいた。


「紗雪じゃん。紗雪も帰り?」

「そそ。部活終わりー」


 そう言ってエアシュートを決めた後に苦笑いで頭をかく。


「――って言っても今日も今日とて1人だったけどね」

「相変わらず纏まっていない部活だな」

「あははー。夏の大会も出ない位だからねー」

「え? そうなん?」

「うん。3年の先輩は『夏は忙しい』らしいよ」


 笑いながら言う紗雪の顔は、呆れを通り越した笑顔に見えた。


「色々な部活があるみたいだな……」


 俺も呆れた声が出ると、それが引き金になったみたいに、グウウウウ、と腹の虫が鳴る音がした。


「――たははー。さっきめっちゃ動いたからお腹空いたー」

「育ち盛りだな……。俺も小腹空いたからファミレスでも行くか?」


 そう聞くと紗雪が「なになにー?」とニヤついた顔で言ってくる。


「こんな美少女をデートに誘うのー? モテモテの紗雪ちゃんをデートに誘うなんてお高いよー?」

「――確かに……。モテモテ美少女をファミレスに誘うなんて、他の男からしたら喉から手が出るほどに羨ましい展開か?」


 手に顎を持っていき真剣な考察を言うと紗雪は困った表情を見した。


「なんか……自分以外の人に言われると恥ずかしいね」

「いかに自分が恥ずかしく痛い事を言っているのか理解して欲しいね」

「はーい。自重しまーす」


 ビシッと敬礼ポーズをして素直に言ってくる。


「でも、紗雪って誘いやすいんだよな」


 そう言うと彼女の眉がピクッとする。


「なにそれー? 私、安い人間じゃないよー?」

「あ、いや、そうじゃなくて。ほら? 美女って誘いにくいって言うだろ? でも、紗雪は美女のくせに誘いやすいんだよ。あれか? キャラか? なんかそのキャラがそうさせているのか?」

「何か誉められているのかどうなのか分かんない。――ま、良いや。ファミレス行く?」

「ああ。行こう」


 俺達は学校近くのファミレスに向かった。




♦︎




「――そういえば明日って何時から試合なの?」


 ファミレスに着いて注文を終え、ドリンクバーでお互い好きなドリンクをいれて着席すると紗雪が聞いてきた。


「試合は8時30分から」

「はや」

「早いよな……。だから無理に間に合わせなくても良いけど」

「あ、大丈夫大丈夫。こう見えても中学の時は3年間早起きだったから。5時起き定期。余裕で起きれるよ」

「へぇ。何か意外だな。紗雪は俺と同じ匂いがしてると思ってた」


 そう言うと紗雪は自分の腕辺りを嗅いだ。


「――私、そんなに臭くないよ?」

「そう言う意味じゃないし、それどういう意味だ?」

「あはは。大丈夫大丈夫。私は耐えられる匂いだから」

「え? うそ? 俺、そんなに臭いの?」


 俺は反射的にワイシャツの首元を引っ張り匂いを嗅ぐ。無臭だが――無臭な気がするだけで悪臭を放っているのだろうか? 自分の匂いは自分では分からないものな。


「あはは! うそうそ! 冗談だって」

「――ホントかよ……」


 なんとも信用出来ない……。帰りに薬局寄って帰ろう。


「でも、時人くんも大変だねー。助っ人で試合に出ないのに早起きしなきゃいけないの」

「詐欺だよ詐欺。あの筋肉ダルマ、脳筋と思ってたらとんだ策士だわ」

「あはは。確かに教室で見た時はおだてにも頭良さそうに見えなかったね」

「ま、引き受けた以上はちゃんと行くけどさ……」


 朝倉くんに意識高いと言った割に自分も意識が高かった。


「試合出れたら雫が喜ぶんだけどね」

「雫が言ってた?」

「うん。昼休みにポロリとね。――最近雫の機嫌が良いんだよねー? なんでかなー? んー?」


 答えを分かっている様な尋ね方をしてくる紗雪。


「確かに機嫌が良いんだよなー。ネコミミなんか付けて……。誰の入れ知恵だろうなー?」


 台詞と表情を合わせずに紗雪に言ってのけると彼女は「あはは。バレてる」と呟いた。


「やっぱりお前か……」

「メイドと言えばネコミミでしょ?」

「その概念は――大いに有りだな」

「でしょー! 感謝してよねー」

「ははー。紗雪様ー」


 ふざけて頭を下げると「苦しゅうない」と紗雪かふざけて言った後にドリンクを飲む。


「――でも……。本当に付けたんだ……。あの雫がね……。――めちゃくちゃ似合ってたでしょ?」

「やばかったな。あれをデフォルトとしてメイドして欲しいわ」

「雫と付き合ったら何でも言う事聞いてくれるんじゃない?」


 そう言った後に手を叩いてからかう様に言ってくる。


「そうだよ。雫と付き合ったら瑠奈ちゃんも政略結婚を諦めるしハッピーエンドなんじゃない?」

「――雫と付き合う……か……」


 楽しそうに言ってくる紗雪とは対象に、俺は目を伏せ考え込んでしまう。

 ここで今までの考えを変えるわけにはいかなかった。なので沈んだ気持ちになってしまうが隠す様に明るめに言ってのける。


「俺と雫じゃ釣り合わないだろ」


 本音とは違う答えは上手く言えただろうか。


「そうかな? 美人な雫とお兄系の時人くんでお似合いだと思うけど?」


 その言葉で更に自分を隠す様にふざけた事を言ってやる。


「じゃあ俺と紗雪もお似合いってか?」

「あはは! 私そんなにブスじゃないよ」

「てめっ! どういう事だ? ああん?」

「あは! あはは! 冗談だよ冗談! あははー!」


 笑って誤魔化した後に店員さんがそれぞれ注文した料理を運んで来てくれたので、話はそこで途切れてくれたのであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] いつも楽しみにしてます! とりあえず誤字報告です。 何と学校の最寄り駅に5時30分に集団らしい。 ○集合
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