喧嘩に勝って勝負に負けたメイド
連日、雨が続くとやはり気持ちの良いものではない。
しかしながら、真新しいものを使うと多少は気分も晴れるもの。
今回の自分で言えば折りたたみ傘だ。
流石は雫のチョイス。折りたたみなのに大きくて、ワンタッチ式で開閉出来る優れもの。
値段は聞いてないが以前使っていたものよりも高価だと分かる代物。少し高価でも今後使うとなればそれで良い。
雨の中、気分良く学校へ向かうが、この気分も一時のもの。明日――いや、今日の放課後にはそんな感情ではないだろう。早く梅雨が終わって欲しいものだ。
教室に着いて、いつも通り自分の席に座る。
――なんだかいつもと違う様な気分になった。
それがなんなのか……。
「雨……だからか……」
自分に酔いしれている奴みたいに言い放つとチャイムが鳴り葛葉先生が入ってくる。
先生はいつも通り3回手を叩き「はーい。ちゅーもーく!」と自分の方へ視線を集める様にする。
そして、いつも通りに出席を取るときに「一ノ瀬さんは休み――っと」と言ったので、パッと隣を見るとそこに瑠奈の姿は無かった。
そうか、瑠奈が学校に来てないからいつもと違う気分だったんだな。
何が「雨……だからか……」だよ……。頭沸いてんのかよ……。
――しかし、瑠奈の奴……もしかして休みの理由って――。
♦︎
「――風邪?」
「ああ」
昼休みも中盤を過ぎた自販機前のベンチに座り完士と会話をする。
食後のジュースと洒落込んでいると完士から瑠奈の話題を振られてしまう。
「やっぱり昨日ずぶ濡れで帰ったのが原因か……」
「恐らくな……。てか、なんで時人はあんな奇行に走ったんだよ?」
完士の奴もどういう経路で知ったかは分からないが、俺の意味不明な行動を知っているみたいだな。
「俺も謎だわ。思春期特有の――みたいな?」
「若気の至りってこういう時に使うんだろうな……」
「瑠奈には本当に申し訳ないな……。結構重症なのか?」
「いや、重症って程じゃないけど……。お嬢様が風邪ひくのは久しぶりだからさ。ほら、よく言うだろ? 馬鹿は風邪ひかないって」
「――今お前……ナチュラルに悪口言ったな……」
「おっと……。今のは内緒な?」
お茶目な感じに言ってくるが、全然可愛くない。
「それでさ時人。今日都合良ければお嬢様のお見舞いに来てくれないかな?」
「お見舞い?」
『それはダメです』
俺が尋ねると後ろから声がして、2人して振り返ると美少女2人が立っていた。
「敵の本拠地にノコノコと行くとお思いですか? 完士さん」
「――星野……さん?」
完士が戸惑いの声を出して俺を見る。
そういや、メイドモードの雫を見るのは初めてか……。
「雫良いのか? ここ学校だぞ?」
「構いません。周りには誰もいませんし、完士さんにはバレていますので」
雫の言葉に完士は辺りを見渡す。
「なんで周りに人がいないって分かるんだ?」
そう言うと雫はクスリと鼻で笑う。
「そんな事も分からないのに執事ですか……。お笑いですね」
いきなりマウントを取りに行く雫に完士は反発する。
「スパイじゃあるまいし、そんな能力は――」
メイドVS執事の対決が急に始まった。
全く興味がないので隣にいる紗雪に「何かいる?」と自販機を指差して聞くと「いる!」と食い気味に言われたのでそちらに退散する。
「そういえば昨日は色々あったみたいだね」
紗雪が聞いてきた。
「んー? 雫から聞いたか?」
「あ、ごめんね。あんまりそういうプライベートな事って聞くべきじゃないと思うんだけど……。一応瑠奈ちゃんの中ではメイドって事になっているから雫から聞いてって言われて」
申し訳なさそうに紗雪が言うのでこちらも申し訳なさそうに言う。
「いや、こっちこそごめんな。そういう設定を頼んで」
「私は全然。むしろ非現実な事が起こっていて楽しいよ。中々そういうのって聞く事出来ないじゃん。さーて! どうなるのかな? って感じ」
「――迷惑じゃなければ良いけど……。その反応はそれで何かムカつくな……」
「あははー。それで? 時人くん的にはどうなの?」
自販機の口からジュースを拾い上げながら「どうって?」と聞き直す。
「瑠奈ちゃんが本気で告白してきたら」
「昨日も散々雫に聞かれたな……」
言いながら絶賛バトル中の2人を見る。
どう見ても完士が押されているな。流石は我がメイド様だ。
「あー。まぁ雫はグイグイ聞くだろうね……」
苦笑いで俺からジュースを受け取ると質問を続ける。
「政略結婚じゃない、純粋な想いの告白ならオッケー?」
そう聞かれて俺はこめかみ辺りを掻く。
「昨日も雫に言ったんだけどさ。分かんないな。やっぱり裏があるって思ってしまうよ」
「確かに……。それもそっか……。瑠奈ちゃん色々ストレートに言ってたもんね」
「そうそう。それに『愛なんていらない』的な事を言ってたんだぞ?」
「あー。水族館で言ってたね」
「だからさ、今は分かんない。それに告白されてないし」
「未遂だったもんね」
「あれは未遂に入るのかね?」
そんな会話をしていると「はるとぉ」と気持ちの悪い弱々しい声で俺を呼ぶ完士。
「お前の所のメイドしゃん。こえーよ……。もうやだよ……」
なんで討論だったのにコイツは身体もボロボロなのだろうか……。まるでボロ雑巾の様に汚れていた。
「あれには逆らわない方が良い……。心身共に最強だ。まさにチートキャラだ。チートキャラに対抗する手段は――ないっ!」
「もうやだ俺……。執事やめたい……」
一体何を言われたのだろう。長年勤めてきただろう職業を辞めたいと思わせる程の何かを雫に言われたか――。そんな雫は涼しい顔をして完士を見ている。
「おっと。爽やか系クソ雑魚パシリさんに気を取られて本題がズレてしまいましたね」
無表情でエグい事言う雫に対して完士は戦意喪失していた。
「時人様。お見舞いに行く、なんて意味不明な行動は謹んで下さい」
「お見舞いに行くのはそんなに意味不明なのか?」
「当然でしょう。好きでもない女の子の部屋に行くなんて意味不明です。不純です。不潔です。変態です!」
「いや、でも……」
「でももヘチマもありません。ダメです。行ったら許しません。家に入れません。お菓子も100円までです。野菜中心の生活にします」
おかんかよ。
「星野さん! 待ってくれ! 頼む! 時人を! 時人をお見舞いに行かしてくれ! じゃないと――」
「じゃないとなんです? 完士さんが瑠奈さんに酷い目に合わされるとでも? そんな事は知りません。関係ありません。そんなしょうもない理由で時人様を行かす訳ないでしょ。身の程をわきまえなさい」
「ぐぬぅ……」
きっげんわっりぃ……。
身の程はお前と同じだと思うけど、雫の奴機嫌悪いから黙っておこう。
「は、はるとぉ! 頼むよぉ。友達だろ?」
完士は直接俺に交渉してくる。
「やれやれ……。都合の良い時だけは『友達』ですか。便利ですよね。友達って言葉。それを言えば情に訴えた時に情けをかけてもらいやすくなりますもんね。しかし、冷静に考えて下さい? 1年生の時からあなたは時人様を騙して生活していたのですよ? まさにコウモリですね。コウモリ野朗です。そんなコウモリ野朗の言葉を――」
「す、すみません! やめて下さい! お願いしゃす!」
「やめて下さい……ですか……。それはこちらの台詞です。やめて下さい。これ以上時人様を振り回すのを。時人様が振り回されるという事は私も振り回され――」
「オッケー! ブレーキ! 雫! ブレーキ!」
このままじゃ永遠に続きそうだったので、俺は雫の言葉を止めて2人の間に割って入る。
「なんですか? ようやくギアを2速に入れ替えようとしている時に」
あれで低速ギアかよ……。
「なぁ雫? 悪いんだけど、今日お見舞い行かせてくれないかな?」
「――は?」
雫は機嫌悪く聞いてくる。
「何を言って――」
「自己満足だよ」
雫の怖い言葉が出る前に俺が言い放つ。
「なんやかんや言っても、ずぶ濡れなのが原因なら俺が行くのが筋だろ?」
「――確かに……そうですが……」
「だからさ、手土産の1つでも持って行かせてくれよ。これは俺の自己満足なんだよ」
俺の言葉に続いて紗雪がフォローを入れてくれる。
「雫? なんとなく雫の気持ちは分かるけど……行かせてあげなよ。お見舞いに来て欲しいって事は瑠奈ちゃんも時人くんに言いたい事あるんだろうし。それがどんな話でも時人くんなら大丈夫だよ。心配いらないよ」
「心配って……。な、何の事やら」
「あはは。何の事やらね。ともかく。行かしてあげな。時人くんの為にも、瑠奈ちゃんの為にも」
「――分かった……」
流石はコウモリ野朗ではない真の友達。優しく諭す様に言うと雫が素直に頷いた。
「紗雪ちゅぁん……」
完士はまるで聖母に祈りを捧げる人みたいに紗雪を見た。
結果的に完士は紗雪に救われた事になるな。
「あははー。我を崇めよー」
「ははー」
2人は何だか楽しそうに聖母ごっこをしていた。
「――許しませんから」
いきなり雫が俺に言ってくる。
「え? そんなに? そんなにお見舞い行ったらダメなん?」
俺の問いを聞いてか、聞かずか、雫が言ってのける。
「瑠奈さんの寝巻き姿に興奮したら許しませんから!!」
「――え?」
こいつ、何言ってんの?
「もし、そんな事になったら許しませんからね! 分かりましたか?」
「もしかして、それが行ったらダメな理由?」
「分かりましたか!?」
俺の質問に答えずに雫が凄い勢いで聞いてくるので「あ、はい」と答えるしか出来なかった。




