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すぐ弄ってくる

「ただいマルゲリータ……」


 よくよく考えたら瑠奈とは家が逆方向だったので、結果的に1人で電車に乗らなければならなかった。

 しかし、意外にも電車に乗っていた人達の中には俺みたいな人もいたので、コソコソと笑い者にならずに帰宅をする事が出来た。

 しかしながら現状は変わらず、服が肌に引っ付いて気持ちが悪いので今すぐにでもシャワーを浴びたい。


「おかえりなさいませ。時人様」


 いつも通りの雫の無機質な声でのお出迎え。


「お風呂を沸かしております。すぐに入浴なさって下さい」


 ありゃ? 少し違和感があった。


 雫の事だから「昨日傘をお持ちになって下さいと言いましたのに」みたいな嫌味の1つでも言われると思ったからだ。

 あと、いつもみたいに鞄を受け取ってくれずにキッチンに戻って行った。


 まぁそういう日もあるよな。程度の気持ちで風呂を頂く事にする。

 



 丁度良い湯加減の風呂から上がり、ダイニングテーブルに着席して首に巻いたタオルで顔を拭いていると、目の前にカップアイスを置いてくれる。


「召し上がりますか?」

「ありがとう」


 遠慮せずに食べようとするカップアイスにも違和感がある。

 これは雫の大好物の高めのアイスではないか。

 別に俺はそこまで好きじゃないから100円程度のアイスしか食べないが……。なぜ、それを俺に渡すのだ? そんな事1度も無かったのに……。


 チラリと雫を見ると無表情で「なんでしょうか?」と聞いてきた。


 この無表情、まじで感情の読めない無表情である。いや、感情の読める無表情というのもちゃんちゃら可笑しな話だが、俺には分かる。あれは心が無の無表情だ。


「これ……。食べて良いやつ?」


 恐る恐る聞いてみると「どうぞ」と無機質に言われる。

 何だか非常に怖い。怒っているのか? それともただ単に気分が乗らないだけ? 分からない。今日の雫は本当に分からない。


「そういえば時人様」

「は、はい?」


 アイスには手を付けずに雫の呼びかけに反応する。


「折りたたみ傘の購入は済ましております。明日からまた常備しておいて下さい」

「あ、ありがとう」


 雫はそれを伝えると窓際の方へ行きカーテンを開けた。


「この雨の中を買いに行きました」


 彼女は窓越しに天を見上げて呟く様に言った。


「そ、それは本当にありがとう」

「いえ、大した事ではございません。これもメイドの務め。主人の足りない道具を買うのは当然の業務でございます」


 そんな事は微塵も思っていない様な口調で放たれるメイドの言葉。


「――雷も鳴っていましたね」

「す、凄かったね雷」

「そうそう――」


 彼女の言葉の途中で一瞬空が明るく光った後に物凄い音が天から鳴り響き、その音はこのリビングまで響き渡った。


「――瑠奈さん雷苦手だったんですね」


 雷をバックに立つ雫はまるで恐怖と美貌が合わさった何処かの女神の様であった。


 いきなりの言葉に俺は黙り込んでしまう。


 何で雫が知っている?


 しかし、答えは簡単に見つかった。


 超高性能ワイヤレス型インカム『ツタエルくん』だ。


 そこから俺達の会話は筒抜けだったみたいだ。


「折りたたみ傘をたたみ、お姫様抱っこ。そしてそのまま数10分の抱擁、さらには頭を撫でる――少々行き過ぎた行為だとお見受けできますね」

「な、なんで……?」


 口をパクパクとしてしまう。


 なんで音声しか拾えないのにまるで目の前で見ていたかの様な発言を出来るんだ。


「傘をたたむ音。彼女との会話の距離。服が擦れる音。時人様の息遣い。髪の毛の音。それらを計算してあくまでも予想で言ったまでですが――どうやら当たりだったみたいですね」


 この子何者なの!? ――いや、雫ならそれ位分かって当然なのか……。

 人間離れした技も『雫だから』と言ってしまえば納得出来る。とんだパワーワードだな。


 彼女は予想が当たり嬉しいのか、微笑みながらこちらにゆっくりと近づいてくる。


 怖いよ……。この人めっちゃ怖い。なんだろう。恋人とかいた事ないけどさ、恋人に浮気がバレた時ってこんな感じなのかな?


「し、雫! お、俺は――」


 何か言わなくては――。

 

 そんな心理になり何も思い付いていないのに言葉を放とうとすると雫が俺の唇に人差し指を当ててくる。


「吊り橋効果……。今、時人様は私に対して恐怖を抱いており冷静な判断が出来ていないご様子」


 そして人差し指を自分の唇に当てながら続けて言ってくる。


「言葉には責任があります故、自分の発言を見つめ直して下さいませ」


 俺が言った台詞をパクって、言い放った本人に言ってきやがる。

 改めて聞くと臭くて恥ずかしい台詞だが、雫だから色っぽく大人の女性の様で妙にドキドキしてしまった。

 ――早速パワーワードを使用してしまったな。


 そんな雫の姿に見惚れていると、彼女は我慢を解き放つ様に笑った。


「あはははは! 時人様? 中々にキザな台詞を仰りましたね」


 明るく笑う雫からはいつも通りの雰囲気を出してくれる。


「――もしかして……弄りたかっただけ?」

「さて……どうでしょうかね?」


 やりたい事が出来て満足気にダイニングテーブルに着席する雫。

 間違いない。こいつ俺を弄ってきてやがる。

 あの台詞を言う為に怖い雰囲気を出していたのか……。くぅ……やられた……。めっちゃ恥ずかしい。


「時人様」


 内心、穴があったら入りたい気分になっていると俺を呼ぶ。


「な、なんすか?」

「しかしながらやり過ぎではあると思います」


 ジト目で俺を見て言ってくる。


「やり過ぎ?」


 聞くと、なんで分からないかなぁ、みたいな思いの溜息を吐きながら言ってくる。


「確かに時人様の中で罪悪感があったのは察しますが、付き合ってもいない、好きでもない女の子に抱きついたり、頭撫で撫でしたり――」


 言いながら雫の顔が段々としかめっ面になっていく。

 これ、めっちゃ怒ってる顔だ。


 雫はテーブルに肘付いて「私もやってもらってないのに」なんて小さく言ってきた。


「え? やって欲しいの?」


 俺が言うと雫のしかめっ面は焦りの表情へと変わり「はっ!?」と我に返ったかの様な反応をして軽く頬を赤らめて言ってくる。


「い、今のはあれです!」

「あれとは?」

「わ、忘れて下さい!」

「忘れろと言われても……」

「良いから! 良いですね!?」


 キッと睨まれたので「分かりました! もう忘却の彼方へ飛んで行きました!」と言っておく。

 今日の雫は怒らしたらあかん。ほんまにあかんやつ。


「ともかく!」


 雫は咳払いをして体勢を整える。


「どうするおつもりですか?」

「どうするって?」

「誤魔化さないで下さい。瑠奈さんの事です。言葉を途中で止めたけど、あの言葉は誰でも容易に予想出来ますよね?」

「まぁ……」

「瑠奈さんが本当に時人様の事を好きだと言うのであれば時人様はどうするのですか?」


 雫の質問に対して肘を付いて少し考えた後に口を開く。


「もしかしたらあれも俺を惚れさす作戦――」

「バカですか? そんな訳ないでしょ。あんなに震えてたのに。そんな状態で演技出来るはずないでしょ」

「ですよねー」


 しかし、雫の奴、音声だけで瑠奈がどれほど震えてたかも分かるのか? ここまでいくと神だな。まじもんの。


「付き合うのですか?」

「うーん……」

「恋人になるのですか?」

「そうだなぁ……」

「婚約するのですか!?」

「えーっと――って近い近い。近いなー」


 いつの間にか息が当たる位まで顔を近づけてきており「あ、すみません」と元の位置に戻る。


「それで? どうするのですか?」


 やたらと執拗に聞いてくる雫。


「瑠奈が政略結婚目的じゃないのなら――分からない。時間がいるな……。考える時間が……」

「そうですか……」

「ただ、今言える事は、さっきの瑠奈は完璧に場に流されてたってのは分かるよ」


 そう言うと雫は肘を付いて手の甲で頬を支えながら「場に流された……ねぇ……」と深く溜息を吐きながら言ってくる。


「でも、そもそも裏があって近づいてきたんだから簡単に信用は出来ないよな」

「そうですよね! そうなりますよね! 信用なんて出来ないですよ! 付き合わないですよね!」

「だから――って、また近いな、おい」


 再度雫は前のめりになり俺に近づいてきていた。


「あ、すみません」


 そう言って元の位置に戻る。


「だから、今は分からないよ。女の子とそんな感じになった事もないし」

「――時人様モテませんもんね」

「人生最大のモテ期が来たか?」


 笑いながら言うと雫は目を逸らして「モテ期なんて来なくて良いです」と言って立ち上がった。


「まぁそうですね。告白をされた訳でもありませんし。今は深く考える事もないでしょう」


 そう言いながらキッチンへ向かう。


 随分執拗に聞いてきた割に急にドライになったな。


 ま、雫の言う通り今は深く考える必要はないのかもな。今は――。

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