雷時々優しさ=ズルイ
降り注ぐ雨が傘に当たる様は、まるで打楽器の様に一定のリズムを保ち鳴り響く。
その下を瑠奈と共に半分こして入り、目的の駅まで歩く。
「ふふ。どうですか? 美少女との相合傘の気分は?」
「性格が良ければ言う事なしなんだがな」
「いやですね。性格は目には見えないから良いじゃないですか」
「そういう台詞を息継ぎなしで言う辺り、お前は本物だよ」
呆れた声を出すと「ありがとうございます」と嫌味っぽく言われてしまう。
しかし、俺も俺だ。文句を垂れ流す割にはしっかり相合傘をして帰っている辺り、自分の面食い具合が嫌になる。
綺麗事を言っても綺麗な見た目には敵わないのだな。
そんな事を思っていると、ジーっと瑠奈が俺の肩を見つめていた。
すると「えいっ」と肩を思いっきり寄せてくる。
「――ととっ……」
いきなりの事だったので少しよろけてしまうが、そこは意地で踏み止まる。
「どした? どした?」
「いえ、時人君が引っ付いて欲しそうだったので」
あー……。気を使わせてしまったか。
流石に俺の肩に視線を送っているのが見えたので、肩が濡れているのに気が付いているのは分かっていた。
それで、そんな軽口叩きながら、本心では俺が濡れない様にしてくれた――ってのは容易に考えられる。
しかし、ここで「ありがとう」と素直に言うと「あらあら? 引っ付いてありがとうと言う事は婚約ですね?」みたいな事言いそうだから口には出さないでおこう。
「――何も言わないという事は照れているという事で、私の事が好き――つまり婚約ですね?」
「お前の脳内カオス理論だわ」
「あら? 違いました?」
「――訳わからん……」
溜息混じりで言うと瑠奈のカオス理論でお天道様もお怒りになのか、ゴロロ! と鳴り出した。
「きゃ!」
小さな悲鳴が聞こえてきて俺の腕にしがみつく瑠奈。
「おいおい。瑠奈やい。今時雷怖いよーのぶりっ子キャラは流行らんぞ」
呆れた声で指摘してやると瑠奈は苦笑いを浮かべる。
「あ、あはは。そうですか? 時人君にはハマりませんでしたか、このキャラ」
「ぶりっ子キャラが流行りじゃないだろ。今の時代」
「じゃあどんなキャラがお好きですか?」
「そうだな……。全肯定メイドとか?」
適当に、この前見たアニメのキャラを思い浮かべて言ってみる。
「紗雪ちゃんは全肯定してくれないのですか?」
「紗雪?」
あ、あー……。そういや瑠奈の中でのメイドは紗雪って事になってたな。ちょっと忘れてた。
「まぁメイドさんも人間だからな。自我がある訳で……。自分の意見があるだろう」
「なんだか矛盾した意見ですね」
「――確かに……」
そんな話をしていると、次は空が光を放った。
そして、先程とは比べ物にならない程に大きな音が天空から地上へと音を鳴らす。
「キャー!!」
瑠奈は本気の悲鳴を上げて俺に正面からしがみつく。
抱きついてくる彼女の力は強かった。
「――瑠奈……。お前……」
彼女の身体は震えていて、俺の胸から顔を出す事は無かった。
「なんだよ……。マジで苦手なんだな……」
俺の言葉に反応出来ずに瑠奈は俺の胸で震えていた。
しかし、困った。これ程までに震えている女の子を歩かせる訳にもいかないし……。どうしたものか……。
突発的な出来事が起こるとまともな思想が出来ずに選択肢を狭めてしまう。
どれほど人生経験の豊かな人でもだ。
それが人生の荒波を経験していない俺ならば尚のこと。
「瑠奈……。ごめんな……」
1度脳内で決めた事が本当に正しいかどうかの確認をする余裕もなく、俺は折りたたみ傘をたたんで瑠奈の鞄に入れた。
そして――。
「――よっ……とっ!」
「え?」
俺は瑠奈をお姫様抱っこした。
「は、時人君!?」
流石の瑠奈も今の状況が訳が分からないのか、焦っている様子である。
「急ぐぞ!」
「えっと……。あの……」
戸惑っている瑠奈が何か言いたげだが、また雷の音がすると「きゃ!」と悲鳴を上げて俺の首に手を回して顔を埋めた。
そのままの体勢で俺はダッシュして駅を目指した。
♦︎
「ゼェ……ハァ……」
人をお姫様抱っこしながら雨の中を走ると言うのはかなりキツくて、カッコいい漫画の主人公みたいに駅にスマートに着く事は出来なかった。
学校から駅までの帰り道にある小さな児童遊園の屋根付きのベンチに腰掛けて息を荒げた。
やはり突発的な行動は選択肢を狭めてしまう。
冷静に考えてみると色々な選択肢があった訳だ。
タクシーを呼んだりだとか、近くのお店を探して避難するとか、最悪学校に戻って雷が止むのを待つのも手だ。
「る……な……。ハァ……ハァ……。ごめんな……。ビショビショに……なっちまっただけだな……」
考えても後の祭りなので、とりあえず彼女にお詫びの言葉を入れておく。
「い、いえ……」
瑠奈は困惑しながらも俺を真正面から抱きついて離さない。
まだ少し震えているので恐怖心が残っているのだろう。
真正面から抱きつかれているので、いつもの俺なら邪な考えが脳裏を過るのだが、疲れているのでそんな考えにならない。
「ハァ……。ふぅ……」
俺の息が整ってきた所、瑠奈が俺に問いかける。
「もう少し……こうしていても良いですか?」
いつもの瑠奈らしくない弱々しい声に俺は「良いよ」と出来るだけ優しく答えて頭に手を置いた。
「雷苦手だったんだな……。ごめんな。弄ったりして……」
「いえ……。時人君の言う通りです。雷が怖いだなんて……ぶりっ子ですよ……」
「本当にごめん。雷怖い人だっているよな……。軽はずみな発言だったよ」
そう言って懺悔の意味も込めて頭を撫でる。
「優しいですね……。時人君……」
「優しい人間は嫌味を言ったりしないよ」
「優しくない人間は震えている人を抱きしめながら頭を撫でたりしませんよ」
「これは……。まぁ懺悔の気持ちだな」
「懺悔……ですか……。それなら私にもあります」
「ん? 何?」
「これ程までに雷を怖がっているのにその裏には何のドラマもありません。ただ、単純に昔から苦手。それだけです。それだけの理由で――」
「そんなものだろ」
俺が言うと瑠奈は黙りこくってしまう。
「何かが苦手とかって、そういうのに一々理由なんかいらないよ。仕方ないさ、苦手なものは苦手。ただ、それだけさ」
「でも……時人君に迷惑をかけて――」
「迷惑だなんて思っちゃいないよ。だって、震えている女の子の側にいるのは男の仕事だから」
昔の自分の台詞の引用を放つ。
「瑠奈は気にせず落ち着くまで俺に頭を撫でられていれば良い」
そう言うと瑠奈は「ズルいですよ……」と小さく呟いた。
「いつも距離置いてくるのに、弱ってる時にだけ優しいの……ズルい……」
また瑠奈の身体が震え出したので、俺は優しく彼女の頭を撫でるしか出来なかった。
――数分が経過して、雨は弱まり、雷が鳴る気配も無くなったので瑠奈が俺から離れ、少し距離を置いてベンチに座った。
「――あの……。取り乱してごめんなさい……」
「もう平気か?」
「はい。大丈夫です」
瑠奈は目を伏せてジーっと地面を見つめていた。
「それなら良かった」
安堵の声を出すと瑠奈が俺の顔を見ずに「時人君」と名前を呼んでくる。
「ん?」
「もし、私達の立場や出会い方が違っていたら、私達はどうなっていたと思いますか?」
「もし……か……」
先程までの雨が嘘みたいに弱まって小雨になっている。そんな空を見上げながら彼女の質問に答える。
「もしもの話って言うのは答えは分からないけど――」
俺は瑠奈の顔を見る。
「瑠奈と仲良くなりたいとは考えるだろうな」
そう言うとこちらを弱々しい瞳で見てくる。
「時人君……。時人君は私があなたの事を本気で好――」
言葉の途中で俺は人差し指を彼女の口元につけて言葉を止める。
「吊り橋効果……。今、瑠奈は恐怖体験をして、心拍数が上がっていて冷静な判断が出来ていない状態だ」
俺は軽く深呼吸して続ける。
「言葉は簡単に出せるけど、その重みに人は気が付きにくい……。言葉には責任を取らなくちゃならない。だから1度冷静になって自分が発言しようとした言葉を見つめ直してくれ」
言い終えて俺は彼女の唇から離して立ち上がる。
「――晴れ乞いが効いたみたいだな」
話を逸らす様に少し砕けた言い方で瑠奈に話しかけると「え?」と俯いていた顔を上げる。
恐怖から解放してやる様に雲の隙間から太陽が彼女の顔を照らす。
「雨止んだし帰ろう」
「――はい……」
彼女は頷きながら立ち上がり俺の隣に並ぶ。
「――あはは。ずぶ濡れで電車乗るとか変な目で見られるな」
「ふふ。確かに。でも2人なら平気ですよ」
「そうだな。2人なら平気だな」
そう言って笑い合いながら俺達は帰路に着いたのであった。




