お見舞い
「――ここか……」
放課後になり、完士から教えてもらった住所へやってくる。
家とは逆の電車に揺られる事数分。都心に近い1等地に足を運んだ。
瑠奈の家の最寄り駅に可愛らしいケーキ屋さんがあったので適当に可愛いケーキを買って行く。
可愛らしい店は箱も可愛くて俺なんかには不釣り合いな可愛い箱を渡されてしまう。
片手には鞄、もう片方には可愛い箱を持ち1等地の住宅街を歩いた。
流石は1等地という事で大きな家が並んでいる所、それらよりも遥かに大きな家の前で立ち止まる。
流石は成金社長様。稼いでいますな。
――ま! 俺の爺ちゃんの家の方が大きいけどな!
心の中で……。あくまでも心の中でマウントを取る。
「普通の家に生まれたかった」とか普段吐かしている癖に、こういう時は対抗意識が出てしまう。俺という人間はなんと浅はかなのだろう。しかし、これも人間の性。仕方のない事なのだ。
そんな事を考えるのは人生2回目の女の子宅への緊張を紛らわす為。
いや、1回目は幼い時の雫の家の話だからカウントに入るのか? あの頃は男女という性別の差別化は出来ていない。対して今は思春期真っ最中だ。女の子の家と思うだけで心臓が跳ねてしまう。
そう思いながら瑠奈の家のインターホンを押した。
ああ……。お父さんが出たらどうしよう。めっちゃ気不味いな。お母さんがでたら――まだマシか?
などと考えていると『時人。いらっしゃい。中へ入ってくれ』と完士の声が聞こえた後に大きな屋敷の門が開く。
――そりゃそうか。使いの者が出るよな。普通……。爺ちゃんの家もそうだったし。
門を潜り、広い中庭を超え、玄関の前まで来ると完士が既に立っていた。
それを見て腹から笑い声が出てしまう。
「おまっ! 格好っ! くっ! あっひゃひゃ!」
「そんなに笑う事か?」
普段は学校の制服姿しか見ないので、執事の格好をしている完士が目新しくて笑ってしまった。
その笑いの半分は緊張を隠している強がりの笑いである。
「か……。カッコいいじゃん……。くくく!」
「うるせーよ。仕方ねーだろ。仕事着なんだから」
「ごめん、ごめん。くはははは!」
「ムカつくなー」
不服な顔をしながら完士が玄関を開けて俺を招き入れる。
それに応じて中に入った。
瑠奈の家は見た目通り広かった。成金といえど流石は『イチノセフードサービス』社長様だ。稼いでいらっしゃるみたいで。
完士の後ろに続いて階段を上がり2階へ向かう途中に言われてしまう。
「そんなに強張らなくても、今、この家にはお嬢様と俺しかいないから安心しな」
そんなに強張っていたかな?
「――そうなんか」
「旦那様は滅多に帰って来ないし、お手伝いさんを2人雇っているけど午前だけだからな」
お母さんは? と聞きそうになったが、あんまり聞くのも悪いので聞かない事にする。
「そうなんか。完士以外は日雇い?」
「そんな感じ。2人は交代制で家の掃除とかだな」
「完士の仕事は?」
「俺? 俺は午前に残った仕事の残りとか――あとは多分時人んとこのメイドと同じ様な仕事内容だと思うけど」
「やっぱり瑠奈の身の回りの世話役ね」
「そうそう。――しかし、あれだな。時人のメイドは……キッツイな」
笑いながら完士が言うので、一瞬で昼休みの光景が蘇る。
「今日の雫は機嫌悪かったからな」
そう言うと苦笑いで「まぁ今日機嫌悪くなるのは分かるわ」と呟いて話を続ける。
「前言ってた事が分かったよ。立場関係なくガンガン言うっていうの……。――羨ましいよ」
「羨ましい? ――瑠奈には絶対服従? 逆らえない?」
そう聞くと慌てて手を振る完士。
「あ、いや。マジでそういう意味じゃなくて。その……2人の関係性って言うの? 今日見て心から良いな……って」
「そうか? 今日程じゃないけど……。あいつメイドなのにめちゃくちゃ毒吐くぞ。ほんと死ぬんじゃない? って位の時もあるし。お前ホントにメイド? って思う時あるわ」
そう言うと高らかに「あっはっは!」と笑った。
「良い関係じゃんか。良いバランスで」
「良いバランス……。ねぇ……」
側から見て、そう見えるのであればそうなのだろう。
「――ほいっ。到着。ここが瑠奈お嬢様の部屋」
「ここか……」
2階のある部屋の前に立ち止まる。
「寝てるとかはない?」
「大丈夫、起きてるよ」
「熱は?」
「今は微熱程度だけど、見た目には大丈夫そうだな」
「そっか」
「――俺は仕事してるから異常があったら呼んでくれ」
「分かった」
「では――失礼します」
最後だけ執事っぽくお辞儀をすると姿勢正しく去って行った。
何で最後だけ執事っぽくしたのかは謎だな。
そんな事はどうでも良い。
俺は扉にノックをすると「瑠奈? 入って良いか?」と聞くと、扉越しに『どうぞ』と小さく聞こえたので遠慮なく入った。
瑠奈の部屋は意外というのは失礼だが綺麗にまとまっていた。
掃除は行き届いており、整理整頓がされた部屋。心なしか瑠奈の匂いがする気がして少しだけドキッとした。
そんな瑠奈は部屋にあるクイーンサイズのベッドで身体を起こしていた。
彼女に近づき、彼女の寝巻き姿に更にドキッとしてしまった。
普通に可愛い寝巻き姿――おっと興奮したら雫にコロされてしまう。
落ち着け……落ち着け……。
「大丈夫か?」
「ええ。もう熱も下がりましたし。ありがとうございます、わざわざ来ていただいて」
「いえいえ。俺が悪いし――あ、ケーキ食べる?」
そう言ってケーキの入った箱を渡すと「あ……」と声を漏らしながら受け取ってくれる。
「『パティスリーキャット』のケーキだ……。ありがとうございます」
幸せそうに微笑んでお礼を言ってくるので「好きなの?」と聞くと「はい」と即答してくれる。
「贔屓にしているお店で、良く買って帰るんですよ」
「良かった。好きな店で」
「ふふ。嬉しい。後でいただきますね」
そう言って瑠奈はサイドテーブルにケーキを置いた。
俺はベッドの近くにある椅子に腰掛けて彼女に問う。
「良かったよ。元気そうで」
「朝は本当に苦しかったです。風邪ひくのも久しぶりで、こんな感じだったかな? こんなに苦しかったかな? って――。やっぱり健康って大事ですね」
そういえば完士が言ってたな、馬鹿だから風邪ひかない、みたいな事。
言ったら完士が酷い目に合いそうだからやめておこう。ただでさえ今日雫にボロ雑巾にされていたし。
「明日は学校来れそう?」
「はい。行きますよ」
――普通に会話出来るな。あんな事があったから多少なりとも気不味い感じになるかも――って思っていたが、そんな感じにはならかったな。
――数分が経過した。その間、他愛もない学校の話をして過ごした。
「――時人君」
話も一区切りした所、瑠奈が真剣な声で俺を呼ぶ。
「あの……。その……」
この前の事を話題にあげたいのだろうか。瑠奈はいきなり歯切りが悪くなる。
俺は急かさずに彼女の発言を待つ。
「――以前……。時人君は聞きましたよね……。『何で俺なんだ?』って」
「え?」
予想と違ったので間抜けな声が出てしまった。
「あ、あー、ん。聞いた――聞いたな」
恐らく瑠奈は、政略結婚の相手が何で俺はなんだ? という、前に話をした事を言っているのだろう。
「あの時は意味深に『秘密です』なんて言って時人君の気を向けようとしましたが――意味も無さそうなので……。聞いてくれますか?」
「あ、ああ」
「ありがとうございます。――と言ってもそこまで大そうな話でもないのですが……」
そう前置きをして瑠奈は話をしてくれた。
「実は時人君を狙う理由は私のプライド――そしてお爺様の意思なのです。実は一ノ瀬家と堂路家ってちょっとだけ繋がりがあるんですよ」
「繋がり?」
プライドの部分も気になるが、まずはそっちの方が気になった。
「はい。最初の繋がりは――私の――私達の曾祖父ですね。一ノ瀬 英作と堂路 達彦さんの出会いからです」
「――え? ちょっと待って……」
俺は衝撃の事実に戸惑ってしまう。
「俺のひい爺ちゃん達彦って言うの?」
「そこ……? ――うふふ。ご存知無かったですか?」
「ひい爺ちゃんの名前なんて普通知らないだろ」
「そうでしょうか? 私は知っていましたけど」
「そ、そっか。――あ、ごめん。話続けて」
そう言うと瑠奈は頷いて話を続けた。
「当時、堂路家の経営は破綻寸前だったらしく、その時たまたま出会った私の曾祖父に色々とアドバイスを貰ったそうです。そこから経営は徐々に回復していったみたいですね。そして時人君のお爺様の代には先代をも超える会社に成長したみたいですね」
「それ、ウチの教訓になってる。それから堂路家は『堂路家に生まれし者。謙虚な心を忘れるな。人を尊重し、人を尊敬し、人を敬愛するべし。決して横暴で傲慢な態度を取る事なし』なんてもんが出来たな」
まさか、教訓の発端になった人が瑠奈の先祖とはな――世間は狭いというか……なんというか……。
「まぁ。それは嬉しいですね。自分の言葉ではないにしろ、一族の者の言葉が他の方々に語り継がれているのは鼻高々です」
嬉しそうに手を合わせて言った後に続ける。
「――えっと……。それでですね。そんな偉そうな事言っていた曾祖父ですけど、彼は小さな個人料理店しか持っていませんでした。しかし、曾祖父は時人君の曾祖父に仰った通り、人の繋がりだけは決して無下にせず大事にしていました。その意思はお爺様にも引き継がれて、決して裕福ではないけど幸せな日々を過ごしていました。私もお爺様のお店が好きでしたし、お爺様のお店に来る常連さん達も皆好きでした。そんな小さな幸せの日々で十分だったのです」
次に瑠奈は寂しそうな表情を見せる。
「――でも……。父の一ノ瀬 攻成が店を引き継ぐと――彼は金儲けの事しか頭に無く、人を蹴落としてまで店を大きくし、気が付くと会社は莫大に大きくなり、今では知らない人の方が少ないまでの店に成長を遂げてしまいました。その為、お爺様は頭が上がらず、反論出来ずでして……」
瑠奈は自分の手を胸に置いて悲しそうに言った。
「私も――娘さえも金儲けの道具……。私の母はそんな父に愛想をつかせて出て行きました。当然ですよね。母もまた道具としてしか見られていませんでしたから」
一呼吸置いて瑠奈が続ける。
「私は道具ですので結婚適齢期までは花嫁修行をさせられました。勉強は二の次、相手に気に入られる様な美貌と作法だけで十分との事です。当然恋愛なんて御法度。好きな人さえも作ることは許されませんでした。そして結婚出来る年齢が近づいた時、結婚相手は彼の都合の良い相手を提示してきます」
「そういえば言っていたな。最低水準を満たした中から俺が選ばれた――みたいな事」
「すみません。失礼ですよね……。何を勘違いしているのか……。堂路家はあの人よりもずっと上の立場の方々なのに」
「あーいや……」
「――今『イチノセフードサービス』は業績が悪化して、経営難に苦しんでいるのでいます。そこで祖父の意思を継いで今もなお大きくなっている堂路家の時人君と私が結婚すれば――本当に成功している会社を間近で見たら――人を大事にするというのを教訓に本物の幸福を手に入れた一族を間近で見たら――あの人のやり方では一時の幸福しか手に入れる事が出来ない――って事を知らしめたいのです。それによって私の曾祖父、お爺様の考えが正しいという事を証明したかったのです」
しかし、そんなに簡単に考えが変わるものか? 結婚しただけで――まぁ結婚後のプランも考えての事なのだろうが……。
「――というのはお爺様と話をした中でのお爺様の希望。私は――私としては父を――あの人を見返したい」
ギュッと布団を掴んで唇を噛む瑠奈。
「道具が成功者と結婚した。でも、それはあなたの為じゃない。今の考えを見直さない限りあなたの会社には何の支援もしない。今すぐお爺様に謝罪して自分を見つめ直さないと会社が潰れますよ? って言ってやりたいのです」
「それが本音か……」
「はい……。性格の悪い女でしょ?」
「今更だろ」
笑いながら言うと瑠奈も「そうですね」と笑った。
「――すみません。長々と恥ずかしい身内事情を語ってしまい」
「いや……。簡単に言えば瑠奈は瑠奈のお父さんを見返したくて、俺を惚れさして結婚したいって事?」
「――つい……この前まではそうでした」
瑠奈は右手で左手首を掴んだ。
「先程も言いましたけど……。私は恋愛なんてした事ありません。片思いも――これについては、これまでもこれからも必要もないと思っていましたが――」
そして俺を見てくる。
「今の私の気持ちが全く分かりません。私が時人君を思うこの気持ちが――」
「あ、い、いや……。ちょっと待って!」
俺は心臓バクバクで瑠奈を止める。
「そ、そういうのって友達とかに言うもんだろ? 何で本人に言っちゃってんだよ」
「だってこんなの初めてだし――時人君への気持ちがどうかも分かりません……。分かります? 私のこの気持ちが何なのか」
「お……。俺に聞かれても……。そんなの分かんねーよ……」
目を逸らし困惑の声を出すと軽く笑って瑠奈は悪戯っ子みたいな顔をする。
「当人に言った方が効果あると思いまして」
「困惑っていう効果ならあったな。まじで困るわ……」
高鳴る心臓を隠す様に立ち上がり「そ、そろそろ行くわ」と立ち上がり部屋を出ようとする。
「あ……。瑠奈?」
心臓の音を隠すように彼女を呼んだ。
「はい?」
「お前は道具なんかじゃない」
そう言うと「――え?」と一瞬彼女の時が止まった。
「お前の家族の事をとやかく言う資格は俺には――あるか……」
自分の言いたい事が放っている途中で覆されてしまう。
「下らない身内事情に巻き込んですみません」
「ほんとな……。そんなんで俺を巻き込むなよ……」
呆れた声を出した後に言ってやる。
「――ともかくだ! 瑠奈は道具なんかじゃない。瑠奈は瑠奈だ。一ノ瀬 瑠奈という1人の人間だ。誰かの道具なんかじゃない! 好きに生きる権利があるんだからさ……。お爺ちゃんの事とかあると思う……。傷つけられたプライドだって計り知れないと思う。だけどさ……。自分らしく……自分の思う通り生きて良いと思う」
「自分らしく……」
「言葉では簡単に言える――行動に移すのは難しい――よな……。でも、これだけは言いたいと思って」
そう言うと瑠奈は自分の胸に手を置いて俺に微笑んだ。
「ありがとうございます。時人君のお言葉、しかと胸に刻みました」
「――そ、それじゃ……。また明日学校で」
「はい。ご機嫌様」
その返事を聞いて俺は彼女の部屋を出て行った。




