助っ人のお願い
憂鬱なんて言葉を使う場面は人それぞれだと思う。
休みの翌日の会社や学校なんてのは憂鬱だし、アルバイトの30分前は、あー……今から仕事か……。なんて思ってしまう。
些細な事で言うと、出かけて数分して、玄関の鍵閉めたっけ? って気になる時もあるし、大事な日に限って、髪型が決まらない、なんて時もある。
様々な場面で憂鬱な気分になる時ってあるけど、ここ最近で言えば、空模様が憂鬱の原因になっている。
6月の空は灰色の雲が全体を覆い青を隠している。隠しているだけならまだしも、天から水を垂れ流して上を向かせない様に細工してくる。それに加えていつも通り太陽が頑張っているおかげで、雲というフィルターを通して我々に熱をもたらしてくれる。
そんな日が続いている梅雨入りの昼休み。
「とおおじいい!」
ただでさえ雨が続いて蒸し暑く憂鬱な日が続いているのに、暑苦しい奴がやってくるとか、今日は一体何の日だよ……。
「時人。呼んでるぞ?」
いつも通り、教室で完士とご飯を食べていると、教室のドアから俺を無駄に大きな声で呼ぶ筋肉ダルマ先輩。
教室にいた人達が俺を反射的に見たので、俺も反射的に窓の外を見る。
あー雲さんや。俺もあんたと一緒で泣きたい位に恥ずかしいよ……。
「とおおおおじいいいい! カモン!! ヘイ!! カモーン!! ベイビー!!」
アメリカってか……。
「行かないのか?」
「行きたくない……」
知り合いと思われたくない。それ位に変な人だから。
「でも……このままだとあの人ずっといるぞ? ほら」
完士が指差す方を見ると筋肉ダルマ先輩は「君が! 来るまで! 待つ事を! 止めない!」と叫んでいる。叫んでいるから近くの女子生徒がビクッとなってしまっていた。
「そっちの方がずっとヤバイな……」
「いてらー」
諦めて俺は筋肉ダルマ先輩の元へと向かった。
「――おう! すまないな! 食事中に!」
「いえ……。それで? どうしたんですか? わざわざ」
溜息混じりで聞くと腕を組んで少し困った表情を見してくる。
「ああ! 実は! 堂路に頼みがあってな!」
キュピーン!
俺の中の何かが効果音を鳴らして反応した。
これはあれだ。恋愛相談だ。間違いないね。ギャル先輩との事で相談だ。
「頼みですか……。なんすか?」
90%程はもう次に「実は塩路との事なんだけど――」みたいな台詞を待ちながら聞く体勢に入る。
「実は――夏の大会で野球部の助っ人を頼みたくて」
「はいはい。ギャル先ぱ――は?」
思ってたのと全然違う台詞が飛んできて、一瞬訳が分からなくなる。
「なんて?」
「ぬ? 聞こえなかったか! すまない! 俺のパワーが不足していたな!」
「いや、聞こえてたけど――」
「夏の大会の野球部の助っ人を頼みたくてな!」
工事中の騒音の方がまだマシなレベルでそう言ってくる筋肉ダルマ先輩。
こいつ、やっぱりおかしな人だ……。
「うるせっ……」
「聞こえたか?」
「聞こえましたよ……。てか、野球部の……助っ人?」
なんだ……。ギャル先輩との事じゃないのか……。つまんね……。
「ぬぅ……。ダメか?」
俺の顔色を見て、どうやら手応えがないと思ったらしい。
多分俺の顔はふてこい顔をしていた事だろう。
「あ、いや……。――って野球部って人数足りてないんすか?」
「実は9人しかいてなくてな!」
「一応大会は――出れる? あれ? 10人以上でしたっけ?」
大会の規定で必要最低人数が変わるし、ベンチ入りメンバー数も変わるから何とも言えないけど、夏の高校野球大会はどうなのか? 分からないな。
「ルールにはベンチ入りは18人以下とある! だけど9人にしかいなくて! 万が一1人でも怪我してしまったら最後の大会がフォーフィッテッドゲームになってしまう! だから頼めないか!?」
「なんすか? そのフォーフィッテッド? ゲームて」
聞くと筋肉ダルマ先輩は熱く教えてくれる。
「没収試合だ!」
その言葉に「あー」と納得の頷きをする。
「サッカーとかと違ってルール的に野球は人数減らして出来ないすもんね」
サッカーなら例え1人足りない状況になっても10人で試合は続行出来るが、野球はルール的に8人での試合は出来ないらしい。
8人でも頑張れば出来なくないと思われるが……野球ってルール厳しいよね。色々と。
「そうなんだ! だから頼めないか! 同じ青団のよしみで!」
バンッと思いっきり手を合わせて頼んでくる。
「いやー……。そーっすね……」
息を吸い込みながら考える。
別に野球自体は嫌いじゃないけど、いきなりの事で悩んでしまう。
「去年の秋の大会に手伝ってくれた奴は! 今年は受験だって言って! 断られたんだ! 俺と同いの奴は皆! この夏忙しくてな! 後輩達のツレは他の部活やら! バイトやら! で忙しくてな! 俺の後輩の知り合いは! 野球部以外なら! 堂路しか! いないんだ!」
多いわ……。必死にお願いアピールしてきてくれてる感あるけど……。!マークが凄く多くて逆に安っぽいわ……。
「勿論練習には参加する必要はない! 大会の日だけ来てくれれば良い! 無論! 礼はする!」
「いや、別に礼とかはいらんすけど……。大会っていつなんすか?」
「再来週の土曜日だ」
「7月の頭っすか……」
顎に手を持っていき考える。
来月ならまだバイトのシフト表は出してないし行けなくもない。
青団のよしみで……。応援団の時に世話になったというか……楽しかったからな。別に良いかも。
「うーん。まぁ……。別に……」
「ホントか!?」
筋肉ダルマ先輩は瞳を輝かせて俺の手を握ってくる。
気持ち悪いので俺は手を払って彼に確認する。
「その日はベンチだけっすよね?」
「そうだ! 堂路はベンチでアイス食って俺達の夏を見てくれていたらそれで良い!」
「いや、他の人に気が悪いんで食べないすけど……」
苦笑いで言った後に俺は閃いてパンと手を叩く。
「青団のよしみなら朝倉くんも誘いましょう」
「ぬ!? 朝倉もか!?」
「出来るだけ人数は多い方が良いでしょ? ベンチで見ているだけで良いって言いましたけど、補助キャッチャーなり、バット引きなり、自軍ベンチ側の外野手とのキャッチボールなり、ランナーコーチは……部員の人が行った方が良いか……。まぁ手伝える事は沢山ありますからね」
表向きはそう言ったが、本音で言えば、俺だけ部員じゃない気まずさと、ベンチで座るだけなら暇なので弄る相手が欲しいだけだ。
「――そうだな! よしっ! 朝倉も呼んでくる!」
「いてらー」
筋肉ダルマ先輩は廊下を競歩で去って行った。
ま、先輩の誘いを朝倉くんが断ったとしても雫を投入すれば来るだろう。ふふふ。
野球の試合か……。出ないにしろ2年振りになるのか……。




