尾行
学校側から本格的に衣替え宣言が言い渡された。しかしながら、既にほとんどの人間が気温に合わせて衣替えを済ましている。
衣替えなんて些細な事よりも、学内は体育祭ムードになっている今日この頃。
本日も青団の集まりがあった。
体育祭までは指折り数える程しかないので頻繁に集まる事になっていた。
その為、バイトを仲間に変わってもらう事になるのは心苦しかったが快く変わってくれたのである。
また今度仲間が忙しい時には変わってあげなくては。
「――まじか……」
「本人は否定してますけどね」
「なんだよ。青春だな。おい」
3年F組の教室内。衣装作りも、振り付けも、ストーリーも台詞も完璧に覚えて、後は本番を待つのみとなった青団応援団。
雫は少し遅れて来るらしく、筋肉ダルマ先輩もおらず、1年男女の姿も見当たらなかったので、ギャル先輩と話をしていた。
「そういえばギャル先輩は彼氏とかいないんですか?」
「なんだ? 堂路はウチ狙いか?」
「ないっすね」
「おいい! 即答はやめろや! 何か悲しくなるわ」
「いやー。ギャルは苦手で」
「その割にはウチとは普通に喋ってんじゃん」
「高デのギャルは余裕です」
「てめっ! クソガキ! それいじるのやめろ!」
そんな会話をしていると「待たせたな!」と無駄にデカイ声が教室内に響き渡った。
筋肉ダルマ先輩が教室に入って来て、その後ろに雫もいた。
「あ、筋肉ダルマ先輩。ギャル先輩彼氏いないらしいですよ」
「堂路。何で松井にそれ言うんだ?」
「ん……。あ……そっか。2人はほぼ付き合っているから関係ないか」
「お前パイセンいじりがひどいな……」
呆れた声を出すギャル先輩に対して筋肉ダルマ先輩が腕を組んで俺を諭す様に言ってくる。
「堂路。俺と塩路では釣り合わんよ」
「――ぶっ!」
つい吹き出してしまった。
「松井! てめっ! そりゃどういう意味だ!? ああん!?」
ギャル先輩も俺と同じ考えであるみたいで、ちょっと怒っ言ってのけると、筋肉ダルマ先輩は手をブンブンと振った。
「違う違う! 俺が塩路に相応しくないという意味だ!」
「え? そうなんすか?」
「ああ。今の目に見えている塩路は盛りに盛って盛り盛りメイクだが……。中学生の頃はかなりモテていたんだ」
「――え?」
驚いてギャル先輩を見てみると「なんだよ?」と機嫌悪く言われる。
「これが?」
「おい! パイセンだぞ? ウチ、一応パイセンだぞ?」
「これがだ」
「松井もウチをこれ扱いするな!」
ギャル先輩の言葉を無視して筋肉ダルマ先輩は遠い目をして語ってくれる。
「――中学生の頃の塩路は清楚系という言葉がピッタリでな。隠れマドンナ的な存在だったな」
「へぇ……。どうしてこんな事に?」
「わからん! どうしてだ!? 塩路!? なぜこんな事に!?」
「人の道から様な外れた聞き方すんな! ――てか、べ、別に何でもい、良いだろ!」
ギャル先輩は少し歯切り悪く言った。
恐らく彼女にも色々と事情があるのだろう。
「では、筋肉ダルマ先輩はギャル先輩の事が好きなのですか?」
それまで黙っていた雫が後ろから聞くとデカデカと答える。
「好きとかどうとかは分からんが! 可愛いと思っていた!」
「――なっ!」
ギャル先輩が驚きの声を漏らす。
しかし、満更でもない表情だ。
「ふふ。それ、今はどうなんですか?」
「今っていうのは! どういう意味だ!? 星野!」
「今は可愛いと思っていないのですか?」
「盛りすぎだからな! あの頃の塩路に戻って欲しい!」
「――ですって。先輩」
からかう様な表情で雫がギャル先輩を見ると「う、うるへー!」と照れながら言った。
「あ! あれだ! そんな昔の話よりも現在進行形の話だ! な! 堂路!」
「逃げた」
「逃げてねーよ。それよりも1年の恋愛事情の方が大事だろ!」
「1年の恋愛事情?」
雫が首を傾げて問う。
「聞いてねーか? あのな――」
ギャル先輩はしめしめと言わんばかりの表情で雫に耳打ちをした。
「あー。そうなんですね」
なんだか雫は知っていた様な反応を示す。
こいつ、何でも知ってるもんな……。
「ああ。だよな? 堂路」
どうやらギャル先輩は雫が知っている反応とは捉えずに俺に言ってくる。
「もしかして、この前言ってた事って?」
雫が俺に聞いてくるので「それそれ」と言うと彼女は「ふふ。しかし……それは面白いですね」と悪女の様な笑いを見せた。
「――なんだ? なんだ?」
筋肉ダルマ先輩がキョロキョロと聞いてきたがギャル先輩が「これはうるせーから言わなくて良いだろ」と言ったので俺と雫はそれに同意した。
「ふっ。俺だけ除け者か……。ゾクゾクするな」
筋肉ダルマ先輩はどうやらMらしい。
♦︎
「『――必ず! ――必ずまた会いに行きます!』」
「『いつまでもお待ちしております! いつまでも――』」
『こうして太郎は――――――』
応援合戦の練習。応援合戦というよりは寸劇の練習といった方がピッタリである。
俺は筋肉ダルマ先輩にされていたお姫様抱っこから降りると自然と手を叩いた。
ほぼ同時に皆が手を叩いていたので教室内は拍手に包まれた。
「完璧だな!」
「うぬ! 良い仕上がりだ!」
3年生達は頷きながら納得の言葉を放っている。
「良い感じ……でした……」
「そっすね! 堂路さんと星野さんの息もピッタリだし! 何かまるで幼馴染みたいな! そんな感じでしたよ!」
朝倉くんの言葉に雫は小さく「勘の良い子は嫌いだよ……」と口の動きが言っている気がした。
雫がギャル先輩を見ると先輩は頷いた。
「よし! じゃあ通しも完璧だし。後は本番を待つのみ! 今日は早いけど終わろうか!」
「賛成です」
ギャル先輩の言葉に雫が言うと「疲れたー」と適当に俺も返事しておく。
「うぬ! では解散だな」
「おつかれっしたー」
筋肉ダルマ先輩の言葉に俺はそそくさと教室を出ると、それに続いて雫と先輩方が教室を後にした。
さて、瞬時に先輩達が出て行った教室内で後輩達はどうするのか。
男を見せろよ! 朝倉くん!
廊下の端っこの壁に隠れていると、そこに雫がスマホを見ながらやってくる。
「――ほほう。これは使えますね……」
「何してんだよ雫。はよ隠れろ」
「はいはい」
雫はスマホをしまい、俺と同じく隠れて壁からそーっと顔を出し3年F組の教室を見る。
ギャル先輩は結局筋肉ダルマ先輩に事を告げて、別の場所に隠れているのだろう。
「これで2人一緒に出て来なかったら――」
「何処かの誰かさんと一緒でチキンですね」
「誰?」
「さぁ?」
「何か意味ありげな言い方――っと来たな」
教室からは2人一緒に出て来た。
「ふふ。どうやら一緒に帰るみたいですね」
「あれ? もしかしたら脈アリ?」
「どうでしょうか。青団――に限った話ではありませんが、応援団に入る事により親密感は増します。なので一緒に帰る事は容易なはずです」
「そんなものか?」
「はい。実際去年私も先輩から誘われましたもん」
「そりゃ女の先輩なら誘ってくるわな」
「男の先輩ですが?」
「え!?」
馬鹿でかい声が廊下に響いた。
咄嗟に口を押さえて顔を引っ込める。
あの声量だ。気が付かれただろうな……。
しかし、今はそんな所ではない。
「は? お前男と帰ったのか? 誰だよそいつ! まだいんのか? もう卒業したのか? どっちだ? ああん?」
「何を熱くなっているんですか?」
「熱くなってねーよ! 冷静だよ! 冷コーよりも冷えてるよ馬鹿野郎!」
「今時アイスコーヒーを冷コーと略す方はいるんですかね?」
「んな事ぁどうでも良いんだよ。お前誰と帰った?」
「帰る位良いじゃないですか?」
「良いよ! 別に良いよ! 良いけどそいつの名前を言えこの野郎」
「嫉妬ですか?」
「ば、ばーか。そんなんじゃねーわ。ただ、あ、あれだ! ウチの従業員と帰りたいならお、俺を通さないと! そうだろ?」
「さっき帰るのは良いって言ったのに許可が必要なのですか?」
「う、うるせーよ。つか、何でお前はちょっと嬉しそうなんだよ。楽しいのか? あん?」
「いえ。バカだなーと……。――あ、ほら、2人見失いますよ。追いかけましょう」
「あ! ちょ! お前誰と帰ったか言えや!」
♦︎
正門までやってきた。
校舎の影に隠れて2人を見守る。
ギャル先輩達の姿が見えないが、恐らくは違う所で尾行しているのだろう。
「2人の性格は真反対だからか、やはり会話は盛り上がりませんね」
「……」
「しかし性格が真反対だからこそ惹かれてしまうのでしょうか? 恋というのは複雑ですね」
「……」
「時人様?」
「――あん?」
「怒っているんですか?」
「別に……」
「ふふ……」
「何がおかしい」
「いえいえ。別にー」
「なんだよ――って……雫? あれ」
冷静に2人を見ると正門で別れて、五十嵐さんはそのまま帰宅して行き、朝倉くんは校内に戻る。
そして、そのまま俺達が隠れている所にやって来た。
「先輩方……。なにしてんすか?」
「あ、あははー」
「バレてましたか?」
「バレバレっすよ! 廊下で馬鹿でかい声出した時からね!」
やっぱりあれでバレてたか。
「はぁ。2人仲良く尾行て……。幼馴染を経て付き合ったカップルですか……」
呆れた声にピクッと反応した雫が立ち上がり朝倉くんを見る。
「朝倉くん。今すぐ五十嵐さんを追いかけなさない」
「え? 嫌っすよ」
「良いから。好きなんでしょ?」
「べ、べべ別に好きじゃないし」
「じゃあ私に五十嵐さんの話ばかりするのはなぜ?」
こいつ、俺にだけじゃなくて雫にも話してたのか。
異性の先輩にも話題に出すとか……。相当好きなんだな。五十嵐さんの事。
「いやいや、してませんって」
「――どうしても追いかけない?」
「だって俺チャリ通だし、五十嵐電車通だし」
「いたしかたありませんね」
溜息混じりで雫はスマホをいじり冷たい目で朝倉くんを見た。
「朝倉くん。君は朝起きてから大人気アイドルメンバーのセンターを務める真中 藍瑠のポスターにおはようの――」
「わー! わー!」
何かを察した朝倉くんが大きな声で喚き出した。
「な! なんで!? なんで星野さんが!?」
「それをあなたが知る必要はありません」
雫は冷たい目を凍える目に変えて朝倉くんに言い放つ。
「勿論、私は言いふらすつもりはありません。ただし! 条件があります」
強く朝倉くんを見つめ勝ち誇った表情をする。
「私の事を深く調べない事。そして五十嵐さんを追いかける事が条件です。分かりましたか?」
「ひ、ひぃ!」
「分かり――ましたか?」
「は、はいい!」
「じゃあ行け! 朝倉!」
「は、はひぃ!」
悲鳴に似た返事で朝倉くんが五十嵐さんの元へ走って行った。
星野 雫。後輩にも容赦ない。本当に、本当に敵じゃなくて良かった。
「雫。こえーよ」
「私達の関係に勘付いたのが運の尽き。これで私達の関係は今まで通りですよ」
「あれは勘付いていたのか?」
「疑わしきはなんとやら。少しでも近付いたのなら排除する。まぁ排除とまでは言いませんがね。それに、これにより朝倉くんが五十嵐さんに積極的になるでしょう。それと良い後輩が出来ました」
後輩と書いて玩具と読んでいる気がするのは俺だけだろうか……。
「追いかけますか?」
「いや、やめとこう」
これ以上は朝倉くんがめっちゃ可哀想だ。
「じゃあ帰りましょうか」
「そだな」
尾行しないのであればいつまでもここにいる意味はない。
「――で? まだ答えを聞いていないんだけど?」
「はい?」
正門に向いながら聞くと雫は首を傾げた。
「誰と帰ったかだよ」
「あー。ふふ」
雫は笑いながら嬉しそうに言った。
「私、好きな人としか一緒に帰りません。勿論お断りしましたよ」
「え? そうなん?」
「はい。さ、納得したなら早く帰りますよ」
「あ、ああ」
いつもなら設定だのなんだのと言って一緒に帰る事はないのだが、今は放課後だし、応援団の帰りという言い訳が出来るからだろうか、俺達は同じ家に一緒に帰って行った。
――さ、もうすぐ体育祭だ。




