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夕暮れの教室で

 ふと気がつくと教室の外の景色はオレンジ色に染まっていた。

 いつの間にか俺は机に伏せって眠っていたらしい。


 身体を起こし、伸びをして窓の外を見る。

 

 これほどまでに綺麗な夕日を見たのは久しぶりな気がするのでついつい見入ってしまった。


「――やっと起きた」


 隣から聞こえてきた幼い声。

 聞き覚えのある声だが、それはあり得ない声でもある。


 俺は少し焦ってパッと隣を見ると幼い少女が机に肘ついて俺を見て微笑んだ。


「おはよハルくん」


 彼女の挨拶に対して反応が出来ずに俺は目を丸めてマジマジと見つめてしまう。


「なに? なんだか恐竜を始めて見た人みたいな顔してるよ?」


 どんな顔なのかとツッコミたくなるか、それよりも疑問に思う事を口に出す。


「雫?」

「雫だよ。なに? 寝ている間に幼馴染の顔忘れちゃった?」

「そんなはずない――あれ……」


 どうして小学生の頃の雫が俺の隣にいるんだ?

 ――そういえば俺は何で教室で寝ているんだ?


「こんな時間まで寝てて良いの? リトルの練習は今日休みだっけ?」

「リトル?」


 彼女の言うリトルとはリトルリーグの事だろうか?

 確かに俺は小学生の頃に硬式野球チームに所属していたが――。


 頭に疑問の念が飛び交うと「はぁ」と今も昔も変わらない少し大人びた溜息を出してジト目で俺を見てくる。


「ホント寝坊助だよね。超が付くほどの野球バカなのにリトルの事忘れるなんて。寝起き悪すぎ」

「俺がリトル? 高校生なのに?」


 訳が分からずあたふたとしていると雫が可愛らしく「あっはは!」と吹き出して笑う。


「どんな夢見てたの? もしかして高校野球の全国大会に出る夢でも見た?」


 そう言って幼い雫は嬉しそうに笑いながら俺に言う。


「そしたら私がマネージャーかな? ん?」

「あー。そういえばそんな約束したっけな……」

「そうそう。私は勝利の女神様だよ」


 言いながらこちらにVサインを送ってくる。


「それから、高卒でプロ野球選手になって、年俸5億貰って雫と仲良く暮らすとも約束したよ」

「――そんな事まで約束したか?」

「したよー。もー。忘れっぽいなー」


 雫は唇を尖らせ、少し拗ねた顔をしながら窓際に立ち夕日を眺めた。


「綺麗な夕日だねー」


 そう言う雫の顔は拗ねた顔ではなく、綺麗な物をうっとりと見る少女の顔をしている。


「そうだな」

「私、夕暮れ時のオレンジ色の空って好き。だって中々見れないしとっても綺麗だもん」

「確かにレア度は高いな」


 雫はクルッと回って俺を見る。


「さ! ハルくん! この夕日に誓って」

「何を?」

「プロ野球選手になる事をだよ!」


 そして俺に手を差し出してくる。


「それと私をお嫁さんにする事も誓ってよ」

「雫をお嫁さんにか……」


 ふと花嫁姿の雫が脳裏を過ったと思ったら天井から声が聞こえてくる。


『――ま。――さま』


 声は段々と近く大きくなっていった。




♦︎




「――時人様!」

「――へ?」


 ふと気がつくと、見慣れた美女が俺の目の前に立っていた。


「いつまで寝ているのですか? もう夕方ですよ」


 そして窓の外を見てみると先程と同じ様なオレンジ色の空が広がっていた。


「夢?」

「はい?」

「どっちが夢?」

「――かしこまりました。では、失礼して」


 何も頼んでないのに雫はいきなり了承の言葉を放ち俺の頬をつねった。


「いでででででで! いでー! いでーっでの!」


 一瞬で目が覚めた。目覚ましなんかの何倍も効力がある。


「お目覚めですか?」

「目覚めたよ。加減の知らない怪力のおかげでな」


 ヒリヒリする頬をさすりながら言うと「それはようございました」と返される。嫌味が通じない奴だ。


「――にしても、俺……いつの間に寝たんだ?」


 独り言の様に疑問を呟くと雫が溜息を吐き、呆れた声で答えてくれる。


「トイレからお帰りになった際『面白い事思い付いたから後で言うわ』と私に耳打ちして、すぐに眠ってしまいました」

「あー! はいはい」


 トイレで朝倉くんが五十嵐さん好きなんじゃね? と思って2人っきりにさせようと思い付いた時に急激に眠気に襲われたんだ。

 あー……。五十嵐さんと将来の夢について話したからあんな夢を見たのかな?


「――全く……。眠くなる程まで瑠奈さんとイチャイチャしているからです」


 機嫌悪く言われてしまう。


「イチャイチャだと? あれが?」


 心外である。あれはそんな類な物ではなく、本当に心底疲れるものなのだ。それをそんな言葉で片付けられてはたまったものじゃない。


「ほう……。時人様的にはあれが二人三脚の練習と? あのおんぶして走るのが?」


 幼い頃から変わらないジト目をしてくる。

 ホント、そういう所は変わらないな。


「あ、あれは……」


 心外ではあるが、上手い返しが思いつかず言葉が詰まってしまう。


「私には仲睦まじい夫婦の様に見えましたけどね。なんだかんだ言って仲良いなら政略結婚でも何でもしたら良いんですよ」


 まるで昔のドラマのヒロインみたく、ふん、とでも言わんばかりにそっぽを向いて見せた。


「何か怒ってる?」

「別に!」


 明らかに怒っている返し。


「ほ、他の人は?」

「帰ったに決まっているでしょ。もう夕方なんですから」


 雫は窓際に立ち窓の外を見て呟く様に言ってみせた。


「時人様が寝ちゃったからこんな綺麗な夕日を見る羽目になったじゃないですか……」


 そして悲しそうな顔をする。


「夕暮れ時のオレンジ色の空は嫌いです。それが綺麗であればある程に……」


 その言葉を聞いて瞬時に彼女の機嫌が悪い原因が分かった。


「――ごめんな。雫……」


 素直に謝ると雫は微妙な表情をした。


「別に……。時人様が悪い訳じゃありませんよ」


 そうは言っても俺が居眠りしなければこの景色になる前に帰る事ができただろう。

 この景色になってしまったのならば仕方ない――。


「――な。ちょっと話して帰ろう」

「はい?」

「さっきの話の続きもしたいし」


 そう言うと俺の意図に勘付いた雫が苦笑いで言ってくる。


「別に大丈夫ですよ? 夕暮れの中を帰っても。別に嫌いなだけで、もうあの時みたく、その空の下を歩けないって訳じゃ――」

「良いから。あ! 飯! 今日は外食にしよう。その為には陽が沈まないとな。今からじゃ飯には早すぎるし」

「外食って。今月は――」

「良いから! これは主人命令だ! 良いか? 今から雫はここで陽がくれるまで俺の話相手になる! んでから陽が沈んだら飯食って帰る! 分かったな!」


 強めに言うと雫が小さく微笑んで「ホント昔から強引……」と呟いてスカートの裾を両手で摘み上げ軽く頭を下げる。


「仰せのままにご主人様」


 こうして俺達は陽が沈むまで他愛もない話をした。

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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱり雫ちゃん正妻や
[一言] 雫ちゃん大正義すぎる
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