水族館デート(三)
イルカシャワーを浴びた俺達はスタッフさんのご好意で着替えさせてもらう事になった。
どうやら、ああいった客は結構いるらしく予めTシャツ位なら用意しているらしい。
流石にパンツとズボンはないらしいが、被害はほとんど上半身なのでご好意に甘える事にする。
スタッフルームに案内されて、俺はサクッとオリジナルTシャツに着替える。
皮肉にもTシャツにプリントされているのはイルカが水飛沫を上げてジャンプしている姿であった。
俺は男だからすぐに着替え終わり、元着ていた服を入れる用の手提げ鞄も頂いて、瑠奈の着替えをスタッフオンリーと書かれた扉の前で待つ。
『お似合いですね』
『ぷぷ。ホント……』
左耳から聞こえてきた声に俺は首を左右に振る。
「いや、まじで何処から見てんだよ……」
ここは1本道。何の障害もないストレートな道で左右共に突き当たりまで見通せる。
しかし、彼女達の姿は勿論、気配すらも感じない。
「ま……。良いか……。――ところでさ、そろそろ本題に入ろうかと思うんだけど……」
『あ、さんせーい』
俺の意見に紗雪が即答で同意してくれる。
『もう……ですか? まだ少し早い気がしますが……』
対象に、雫は否定してくる。
「まだ早いかな?」
『我々の目的は瑠奈さんから本性を暴く事。ですが、瑠奈さん側からしたら、元気が無かったから励ましてくれているデート。という事になったいるはずです』
『あー。確かにね』
『なので、彼女が元気の無い理由を話してくれて、彼女側の目的が達成されたところ、我々の目的を達成するべきだと思うのです。自分の話を聞いてくれる。自分を元気付けてくれている。もしかしたら私に気がある! イケる! イケる!! ――からの、政略結婚は無理! 効果は抜群だと思われます』
『そりゃ萎えるね。普通に萎える』
「なるほど。俺もそう思うけど、こちら側女子の意見はそれは相当効くと?」
『なんなん? ってなります。まぁ好感度は下がるでしょうが仕方ないでしょう。まずはハッキリ、ノーと断る勇気が大事です』
『萎えぽよピーナッツ』
「お、おおん……。分かった……」
まぁ元々好感度を下げずに断るってのはほぼ不可能に近いものがあるからな。まずは断る。これが大事になるといえよう。
しかし……。萎えぽよピーナッツってなに? カキピーみたいなもん?
何て思っているとスタッフオンリーの扉が開いて瑠奈が出てくる。
「お待たせしました」
「いやいや」
そう言いながら彼女の姿を見ると、何ともバランスの悪い――。
いや、仕方がないのだけど……。
下半身は高級ブランドで上半身はイルカのTシャツってアンバランスなファッション。
流石に美少女であれ、似合ってはいなかった。
「ふふ……。嬉しいです」
しかし、そんなファッションになってしまったのにも関わらずそんな事を言ってくる瑠奈に俺は疑問の念をぶつける。
「どうして?」
聞くと瑠奈は嬉しそうに微笑んで首を軽く傾げてくる。
「だって時人君とお揃いだから」
傾げた首だけで何人かの男を虜にする事が出来るだろうが、それに付け加えて来たシンプルな言葉。
シンプルだからこそ効果は絶大である。
『うっはぁ。効くわぁ。今のは効くは。童貞には痛すぎるダメージでしょ』
『自らのファッションはアンバランスだけれども、そんな事よりもあなたとお揃いなのが嬉しい。みたいな感じですか……』
左耳から聞こえてくるヤジに近い言葉達が脳内に何の爪痕も残さずに右耳から出て行った。
なぜなら、不覚にもドキッとしてしまったからだ。
そんな言い方反則だろ。
「――行きましょ。時人君。まだまだ回る場所は沢山ありますから」
「あ、ああ……」
『どうやらマジで効いてるね』
『――……』
『雫?』
『――――…………』
『おーい!』
『――あ……。え、えと……な、なに?』
『にゃははー。どうやらあっちよりこっちの方が効いてるみたい』
『え? ――え?」
『ほほー。こりゃまた……動揺しとるなぁ。しかし、まぁ……。女心というのは女でも分からないものですなー』
『ど、どゆこと?』
『にゃーんでもーにゃーい。ほらほら! 2人行ったよー。ボーッとしてたら見失うから急ぐよー』
『あ、うん』
♦︎
瑠奈とお昼ご飯を食べるのも忘れて水族館を堪能した。
映画の主人公になったカクレクマノミがイソギンチャクの中にいるのを見て癒されたり。
これまた映画で登場して有名テーマパークのアトラクションにもなっているウミガメが泳いでいるのを発見して、ついつい頭の中で声が脳内再生されたり。
後はヒトデなんかと触れ合えたり、綺麗に輝くクラゲを見たり、ラッコがぷかぷか泳いでるのを見たり――と、あげるとキリが無いが、大いに楽しむ事が出来た。
「――色々回ったけど……ここが1番好きかも」
180度見渡せるトンネル水槽に戻ってきて俺は見上げながら呟いた。
このトンネル、先程とは違う顔を見せてくれた。
それと言うのも、先程泳いでいた魚達とはまた違った魚が泳いでおり、一体何種類いるのだろう? と素朴な疑問が生まれてしまう。
「分かります。私もここが1番好きです」
瑠奈も同じ様に言いながら水槽を眺める。
「嫌な事を魚達が持って行ってくれる――そんな感じがします」
「嫌な事……」
俺は瑠奈を見つめた。
「ちょっとは元気出た?」
そう尋ねるとコクリと頷く。
「多少は……」
「多少か……。――って事は、まだ完璧には元気になってないって事だよな?」
「そうですね……。まだ引っかかりがあるような感じがします……」
「そうか……。結構強く言われたんだな……。早く俺と結婚するように……」
「――え?」
『――は?」
『――な?』
「――あ……」
今、俺、なんてった? あ、やばい……。今のタイミングじゃないのに。つい言ってしまった。
ど、どどどどないしよ。どないしたら良いんだ!? 雫ー!!
「――ふふ……」
内心、わっしょい! わっしょい! と、お祭り騒ぎの様に焦っていると瑠奈が小さく笑った。
「バレてましたか……」
別に大したダメージでも無さそうで、水槽の魚達を見ながら声を漏らす様に言ってくる。
『時人様。ここはもう話の流れに任せましょう。瑠奈さんは本音を出してくれましたから、このまま目的を達成させて下さい』
雫から指示が入り、瑠奈の言葉と雫の言葉、両方に返事する様に頷く。
「ま、まぁな……」
焦ってない事を悟られない様にしたかったので、思ってたよりも低い声が出てしまった。
「いつからですか?」
「買い物に行く前辺りかな」
「大分序盤ですね。時人君はどこまで知っておいででしょう?」
「会社の為に完士を使って俺と結婚しようとしている?」
何か自分で言うと恥ずかしい台詞だが、瑠奈は少し口元を緩めて頷いた。
「全部バレていますね。――なら、これはもう必要ありません」
そう言って右手に着けていた腕時計を取り外す。
「え? 時計?」
「あら? これで通信しているのは気が付かなかったのですか? 骨伝導式になってますので、これを使って完士君と通信していたんですよ」
骨伝導式――。
あー……だからやたらと右手を右耳辺りに持っていってたのか。
「完士君から時人君のフェチとか色々聞いたり」
やっぱあの野朗、俺のフェチ言ってやがったか。
分かってたとはいえ、女の子から言われるとめちゃくちゃに恥ずかしいぞ。
穴があったら入りたい。けど、そんな空気じゃないのでドッシリと構えておく。
「完士君の存在がバレているならとっくにこれもバレているとは思っていたのですが」
「ピアスじゃ無かったんだな」
「ピアス? ――あー……だから――。こっちだと思っていたのですね」
納得しながら瑠奈はピアスを触る。
「これは以前お話ししました通り、お爺様から頂いた普通のピアスです。私の大事なものなんですよ」
触りながら、か細い声を出す。
「――ふふ。全部分かっていながら、私達を泳がしていたのですね。酷い方々です」
「そういう事になるけど、それはお互い様だろ?」
「――それもそうですね。時人君だって従者を使って通信していますものね」
その台詞を言われ、つい「バレてる?」と言葉が出てしまった。
「そりゃ、いくら何でも、常に左耳に何かが詰まっているんですもの。違和感があります。まぁ気が付いたのは最近ですが」
「そうか。こっちもバレてたか……」
半笑いになり、自然とインカムを触ってしまう。
「通信相手は恐らく私と完士君と同じ様な関係の者――でしょ?」
そこまで分かっているなら隠す必要もないと思い素直に頷く。
「ああ」
「同い年で同じ学校で同じクラス――南方 紗雪ちゃんでしょ?」
瑠奈がまるで、小さな名探偵がドヤ顔で名台詞を放つかの如く言ってきたので、一瞬頷きかけたが、少し間をあけて「――へ?」なんて間抜けな声が出てしまう。
「いや……んー?」
「誤魔化さないでください。もうネタは上がっているんですから」
彼女は名探偵が犯人を追い込むみたいな言い方をしてくるが、こちらからすると空振り三振みたいな感じなので、どうしてそこまで強気でいるのか分からない。
「転校初日に私を学食に誘導し、そこで紗雪ちゃんを待機させて、あたかも偶然を装い接触。後日、もっと接近する為に私と仲良くする――違いますか?」
違います。とは思いっきり言えない台詞に、俺の脳へと運ばれた言葉は次がベストだと伝えてくる。
「当たらずとも遠からず」
前半は全く違うが後半は当たっている。ただ人物が違うが――。
「もうお互いネタはバレているのですから良いでしょう?」
瑠奈はスマホを取り出し、操作して俺に見してくる。
そこには俺と紗雪が体育館でバスケをしている姿があった。
「これ。放課後バスケしてる風を装ったり――」
瑠奈はスマホをスライドさせる。
次に出て来たのは俺の席で紗雪と喋っている姿があった。
「皆がテストの結果を見に行っている時に2人でコソコソと教室で話してましたよね?」
「そんな事もあったな」
「こうやって人気がない時に密会してたのは知ってますよ」
こうやって見てみると、やはり雫はメイドとして――というか最早忍として優秀なのかもしれない。
雫とは影で結構接触してたと思うが、そんな写真が1枚も撮られていないのだから。
しかし、思い込みとは凄いもので、最早彼女の中では俺の従者が紗雪だと決めつけている。
こうなるとわざわざ否定しても無駄だろう。
『時人様。別に相手が勘違いしてくれているなら、わざわざ正す必要性を感じませんので、もう良いんじゃないですか?』
『えー。私が時人くんのメイドだと思われてるんだ……ウケる!』
間違われている紗雪は笑っていた。
「今も通信をしているのですか?」
瑠奈は自分の左耳を指でトントンと叩きながら聞いてくる。
「まぁな」
嘘ではない。本当に紗雪と通信はしている。
「なら、好都合です。紗雪ちゃんにも伝わると言うことで――もう小細工はやめにします」
瑠奈は俺をジッと見つめてくる。
「私と結婚するのは嫌ですか?」
うっ……。
潤んだ瞳に少し赤らんだ頬。そして絶妙に可愛い角度で首を傾げて来られて、事情を知っていてもついついOKと言ってしまいそうだ。
しかし、俺は歯を食いしばり、血の涙を流す様に言ってのける。
「瑠奈は俺の事好きじゃないだろ?」
問うと瑠奈は視線を外して語り出す。
「夫婦間の愛の形は様々です。お互いが向き合っている愛。片方しか向いていない愛。お互いが向いていない愛。結婚して夫婦になる。と言うのは恋人同士の関係とは異なります。好きとか嫌いだけの感情論だけでは夫婦になれないと思われます」
「そう言う風に言うって事は別に俺の事は好きでもないって事だろ? 確かに夫婦と恋人は似て非なるものがあると思う――。政略結婚が悪いと決めつける訳じゃない。それで上手くいく夫婦だって何組もいると思う。だけど俺は本当に好きな人としか結婚はしない。それは親からの教えでもあるからな」
「やはりそうですか。分かっていた事ですが……。なら――」
瑠奈はチラリと視線を横に向けた。
「――あ、すみませーん」
ふと横を通って行った大学生らしきカップルを呼び止める。先程のカップルではない。彼女は持っていたスマホをそのまま差し出す様に彼氏の方へと向ける。
「写真お願いできませんか?」
「あ、ええっすよ」
彼氏さんの方が爽やかに言ってくれる。
「ありがとうございます」
礼を言いながら瑠奈は俺の隣にやって来て、腕をガシッと掴んだ。
いきなりの事で、え? 写真撮るの? なんて疑問よりも、情欲をかき立てる胸の谷間に俺の腕が収まり、ここは天国かと錯覚しそうになる。
「いいねー! あ! 神展開! はい! チーズ! ――オッケー!」
彼の言葉で天国は解除され、瑠奈はスマホを受け取りに行く。
「良い感じで撮れましたよ。お揃いでラブラブなのが」
「ホントですか? ありがとうございます!」
「いえいえー! お幸せにー」
フレンドリーな大学生っぽい彼氏さんが言った後に「ペアルックとか可愛い」と彼女さんが言うと「俺らもする?」なんて雑談しながら去って行った。
「――ホント……。良く撮れてます」
瑠奈がスマホを見ながら呟いた後に俺に見せてくる。
「あら、ホント……」
俺の顔が若干ニヤついている辺りは気にくわないが、バックに何とイルカが泳いでおり、さっきの彼氏さんが神展開と言っていた意味が理解出来た。
「ふふ。これから覚悟しておいて下さい。この写真は時人君を本気で落とすスタート合図です」
そしてビシッと俺に指差してくる。
「ここからは正々堂々! 真っ直ぐ! 時人君を惚れさしてみせます!」
小悪魔の様な笑みを見してくると、クルリと長い髪を靡かせてこちらに背を向け語ってくる。
「ちなみに――私が元気の無い理由は時人君の言っていた事とは関係ありません」
「じゃあ、何?」
「それは言えません。ですが――」
彼女は覗き込む様に顔だけこちらに向けて先程の小悪魔的な笑みとは対象に天使の様な笑みを浮かべていた。
「今日はとても楽しく元気になりました。またデートしましょうね」
そう言って彼女は俺の側から去って行った。
お読み頂いてありがとうございます!
小細工はなし、という事で次回から瑠奈がガンガン来るみたいです笑
ここまでお読み頂いて、少しでも面白い、続きが気になると思って頂けた方は評価とブクマをよろしくお願いします!
評価は……できれば……お星様は5つ星が好きなので5つ塗ってくれれば幸せです笑
今後共よろしくお願いします!




