水族館デート(一)
早いもので日曜日になってしまった。
一応昨日にメッセージで『明日は10時で大丈夫?』と確認をしたところ『大丈夫です。楽しみにしてますね』なんて社交辞令な返事があったのでドタキャンはないだろう。
スマホを確認すると9時45分。約束の時間の15分前に到着する。
「ふぁ〜……あぁ……」
早起きが得意ではないので大きな欠伸が出てしまう。
だっていつもの日曜日ならまだ寝ている時間なんだもの。
『何ですか? その欠伸は』
ふと、左耳に付けた超高性能ワイヤレスイヤホン型インカム『ツタエルくん』より、メイドモードの雫の声が聞こえてくる。
『そうだ、そうだー。女の子とのデート前に欠伸なんて失礼だぞー』
続いて紗雪の声もクリアに聞こえてきた。
その声に反応して反射的に周りを見渡してしまう。
「お前らどこいるの?」
『秘密です』
ですよねー。
『でも、ここからなら絶対私達の存在なんてバレないよね』
『当然。試行錯誤を重ねに重ねた場所だから見つかるはずがない』
ここは水族館前。日曜日で水族館は開館しているから人の数は多い。それでも、見渡しの良い場所だから隠れるには都合が悪いはずだけど……。
ホント前回に引き続きどこでどう見ているのやら……。
しかし、欠伸が見られたという事はバックの2人には俺の姿がクリアに見れていると言う証。それは必ず強みになるはずだ。
『楽しみだなー。時人くんがどんなエスコートをするのか』
『あれには何の期待もしない方が良いよ。ただの駄馬だから』
『あー。確かに時人くんってちょっと馬面だよね』
「お前ら……。俺がいないからって好き勝手言ってくれてんな」
俺って馬面って思われてるのか……。あ、ちょっと辛いかも……。
『分かる。馬面だ――時人様』
メイドモードなのに紗雪と一緒にいる為か、少し砕けた喋り方だった雫の声に少し緊張が走る。
『前方300mよりターゲット接近中』
『あ、ホントだ。瑠奈ちゃんだ』
「お出ましか……。完士の姿は?」
『今回は事前の接触は無かったです。しかし、何処かで隠れている可能性は大いにありますのでご注意下さい』
「あいよ」
正直、何に注意したら良いのか全く分からないが、ともかく近づいて来ているなら自然体でいなくては。
とりあえずポケットからスマホを取り出して適当に操作する。
『なるほど。時人くんは、俺はスマホ弄って気が付いていないですよー、派なんだね』
『我々からしたら気が付いて、少しでも歩み寄って欲しいものです』
『分かる分かる。それを自然体でやってくれるなら嬉しいよね。何かキョロキョロして落ち着きなくて、こっち気が付いてってなるとガッツいているみたいでちょっと嫌だ』
『結局無意識の行動がそそるよね』
「カフェか!」
つい、耳元のガールズトークにツッコミをいれてしまった。
「――カフェ?」
ふと、声が聞こえてきて、スマホから視線を前に送ると、何とも清楚なコーディネートをしている瑠奈が立っていた。
「あ……」
そりゃいきなり待ち合わせ場所に来て「カフェか!」とか叫んでたら怪しいわな。
ヤバイ……何とか言い訳しないと。
『水族館の中にお洒落なカフェがあるらしいから、そこでランチしない?』
「水族館の中にお洒落なカフェがあるらしいか、そこでランチしない?」
天の声が聞こえてきて、そのまま伝書鳩の如く瑠奈に言うと、彼女は指を軽く合わせて微笑んだ。
「水族館の中のカフェなんてちょっと素敵ですね」
「だ、だろ。楽しみだね」
「ふふ。では早速行きましょう」
瑠奈は先に歩き出した。
それに続いて俺も彼女の後を追う。
『それにしても瑠奈ちゃんの服ってあのブランドだよね』
『そう。成金にありがちの見た目ガチガチスタイル』
『成金て……。まぁでも憧れちゃうよね』
『瑠奈さんはあのブランドが好きみたい。前も同じブランドだったから』
『そうなんだ。私はしまゆらとかユニスロとか安いのばっかりだよ。あんまり服にこだわりないし』
『最近は安いブランドもお洒落で可愛いのいっぱいあるもんね』
『あるある。これで1000円!? やっす! ってのいっぱいだよ。――でも……こうやって瑠奈ちゃんの姿見ると高級ブランドはやっぱり高級ブランドなんだなって感じるよ』
『瑠奈さんの場合、ムカつくのが似合っていうね』
『ムカついてるの? 雫』
『ムカついてるというか……嫉妬?』
『女の嫉妬は醜いぜ! 明るくいこー!』
こいつらは俺のサポートをするという事をわかっているのだろうか?
少し不安を抱えながら水族館の入り口ゲートを潜った。
♦︎
「あ、ペンギンだ」
水族館に入って、幾つかの水槽ゾーンを流し見程度に歩いて行くと、ペンギンゾーンに入った。
氷山をヨチヨチと歩いていたり、気持ちよさそうに水の中を泳いだりしている。
「可愛いー」
瑠奈が珍しくはしゃいだ様子でペンギン達を見ていた。
「瑠奈はペンギン好きなの?」
尋ねると水槽からこちらに視線を向けて答えてくれる。
「はい。好きですよ。可愛いですから」
「俺もペンギン好きなんだよ。昔、ペンギンを飼いたいって親にせがんだ事あってさ」
そう言うと瑠奈は小さく笑う。
「ふふ。幼稚園位ですか?」
「そうそう。『絶対大事にするから!』って言ったんだけど、ダメだったよ」
「小さな頃の夢ですよね」
「夢……だったなぁ……。諦めきれなくてちょっと調べたら、飼うのは不可能ではないけど、ペンギン中心の生活になるって書いてあったから流石に諦めたよ」
「ペンギンに限らず、生き物を飼うというのは、ペット中心とは言わずとも、それに寄って生活しないといけませんもんね……。私も犬や猫を飼いたいと親に相談した事がありますが、生き物を飼うのはダメだと言われてしまいました」
そして瑠奈は懐かしむ様に軽く笑う。
「その時は幼いという事もあり珍しく駄々をこねたのです。ですが結果は変わらずでした」
「なるほど。だからあんなにヌタローが好きなのか?」
そう言うと瑠奈は視線を上に持っていき「あー……」と声を漏らす。
「もしかしたらそうかも知れませんね。抑制されていた物が動物のキャラクターで発散されたのかも」
「じゃああれだな。『ヌタロー館』みたいなものがあったら今度はそれに行きたいな」
そう言うと瑠奈は大きく笑った。
「ヌタローはそこまでメジャーなキャラクターじゃないので多分そういうのはやらないと思います」
「あ、そうなんだ」
コラボグッズが売ってるから人気だと思っていたけど、そこまで人気じゃないんだな。
「――ですが、もし、そんな夢の様なものが出来たのなら、時人君、御一緒してもらっても良いですか?」
「ああ。行こう」
「ふふ。約束です」
『え? 時人くん普通にデートしてんじゃん』
『普通にデートしてるね』
『私達いる? って位自然なデートしてるじゃん』
『自然なデートしてるね』
『童貞だからサポートしてあげないと! って感じじゃないよ? てか、さりげなく次のデートまで約束してんじゃん』
『さりげなくデートしてるね。次の約束もしてるね』
『雫……なんでちょっと怒ってるの?』
『べ、別に怒ってないし……』
『そ? てか、これなら2人大丈夫じゃない? 瑠奈ちゃんも時人くんに心開いてる感あるよ?』
『紗雪……油断は禁物。彼女は成金お嬢様だよ? そんじょそこらの女とは違う。あんな演技お手の物だよ』
『演技って事は、まだまだ時人くんには心許してない感じ?』
『そゆこと』
『ホントかなー? 結構きてると思うけど?』
『まだまだだよ。時人様には絶対心開いて本性暴いてもらわらないと』
『ふーん……』
『――紗雪、何でニヤついてるの?』
『にゃははー! なーんでもなーいよー。ただ雫も大変だーって思ってるだけー』
『――? ほら、紗雪行くよ。2人見失う』
『にゃいにゃーい。へっへー』




