デートのお誘い(NG)
「――ふぅ……」
俺はノートパソコンに繋げてある有線のヘッドホンを外して一息吐いた。
熱くなった目頭から1滴の涙が頬を伝い地面に落ちた。それを拭い深く椅子に座り込む。
「いや……マジで良かった……。ゴーグル買うより全然良かった。マジ選択正しかったわ。尊いは……。ヒマリ尊いはぁ……」
バーチャルリアリティゴーグルは高価な為、買ったら雫に怒られる。
その為に、わざわざ都会まで赴き、ゴーグルを買う寸前までいったっていうのに躊躇してしまい気持ちで負けてしまった。
負けてしまった気持ちは元には戻らずゴーグルを断念。
しかし、都会まで来て手ぶらで帰るのも味気ないと思い、ふと直感で、趣向を変え大人のゲームを買ってみた。
たまにはアリか……。パケ買いでハードそうな奴買ったろ。
その程度の気持ちだったのだが……これが……また……ぐす……。また涙出てきたわ……。
「なんだよこれ……。何でこんなに泣けるんだよクソが……。肝心のシーン中々にハードだったのにも関わらず全然役に立たなかったじゃあないか……。欲望どっかいったよヒマリ……。お前マジで女神だったわ……」
あのシーンはハードだけど、純愛物って最高だよね。
気がつけば朝の5時。夜通しプレイしてしまった。机に置いた大量のティッシュは何の意味もなさなかった。
いや、涙を拭くのに意味はあったか……。
しかし、今日も学校があるのにどうしようか……。適当に雫に言って学校サボろうか?
いや、でも妙に気分が清々しい。大人のゲームをやったってのに、こんな気分になるなんてな……。
まるで最高傑作の少女漫画を見た後の様な感覚に近い。
「あー……恋してぇ……」
あれ程の大恋愛を見せられたら感化されるに決まっているじゃないか。あれの内容はハードだったけど。
主人公とヒマリみたいに熱い恋がしてーよ。めちゃくちゃ熱かったよ? あんな熱い恋どっかに転がってないかな?
「ああああああ……もぉ……」
性の欲望から恋の欲望に切り替わり、満たされない欲望の吐口としてヒマリのテーマソングを鼻歌で歌ってしまい、足でリズムを取る。
「ヒマリぃ。俺もヒマリみたいな彼女欲しー」
そんな叶わない欲望を口に出したら、喉が渇いた事に気が付いてキッチンへ向かった。
「――え?」
キッチンに行くと制服姿にエプロンをした美少女がお弁当を作っていた。
そこに普段起きてくるなんてあり得ない時間に俺が現れたから、心底驚いた顔をしていた。
「お、おはようございます?」
何故か疑問形で俺に朝の挨拶をしてくる。
しかし、今の俺にはそれが疑問形だろうがなんだろうが関係無かった。
早朝に美少女がエプロンでお弁当作ってるとか――。
「――ヒマリか!」
「――はい?」
俺の言葉に眉を潜めて不審者を見るような目で見てくる。
「ひ……まり?」
「いや……何でもない……」
「――はぁ?」
俺は首を振りながら目を擦る。
オカシイ……。何だか今日の雫はいつもよりずっと綺麗に見えてしまう。
まるでステータスぶっ壊れのチートキャラの様に――彼女の綺麗さは異常であった。
いや、いつも綺麗だ。いつも綺麗なんだけど、今日は何だかレベルが違うというか……。
そんな見た目で弁当――俺の為に弁当――。
あかん。ヒマリのテーマソングが脳内を爆音で駆け巡る。
「――いや! ヒマリかて!」
そう言うと不信感を増した雫が俺を覗き込む様に見てくる。
「大丈夫ですか? 目腫れてますよ?」
「だ、大丈夫……」
今日の雫が綺麗過ぎて、そんな風に見られて心臓が高鳴ってしまう。なので、つい顔を逸らしてしまう。
「本当ですか? ちょっと見して下さい」
そう言って俺の頬に手を持ってきて、強制的に顔を見えるようにしてくる。
「顔も真っ赤……。体調悪いんですか? 風邪?」
そう言ってヒンヤリとした細長く綺麗な手が俺の額に置かれる。
「熱はないですね……」
何これ……。
優しい同い年の幼なじみプラス俺のメイド――。
「超えてきやがった……壁を……画面の壁を……」
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ……。きょ、今日はそういう日なのかもしれないな……。とりあえず水……」
そう言うと手際良くコップに水をいれて俺にくれる。
「どうぞ」
「ありがとう」
俺は一気に水を飲んで一息吐いた。
そしてフラフラーっとリビングのダイニングテーブルに着席する。
そんな俺の様子を見て、雫が気を遣ってミルクティーをいれて俺の前に置いてくれる。
「とりあえず、これを飲んで落ち着いて下さいね」
早朝の落ち着く飲み物。
こ、これは……。数時間前にプレイしたシーンと全く同じだ。しかもこのシーンめちゃくちゃ大事なシーンである。
キッチンへ戻ろうとする雫の腕を無意識に掴んでしまう。
「――? どうしました?」
「あ、いや……」
内容は少し違う。
主人公は今までただの幼馴染と思っていたヒマリへの感情が恋だと気が付いた。
だけど、今の関係を崩したくない。この笑い合って、戯れて、たまに喧嘩して、すぐに仲直りして、一緒にご飯を食べる幼馴染という関係を崩してまで恋人になりたいのかどうか夜中ずっと考えた後のモーニング。
だけど、頭の中には先程の主人公の台詞が湧き上がってしまい俺はそれを唱える。
「俺達いつまで幼馴染なのかな?」
「は? 幼馴染?」
「幼馴染って関係は掛け替えの無い関係、崩したくない関係」
「いや、幼馴染って関係は昔に崩れて、今は主従関係な気がしますけど」
「まるで陽だまりの様に心地良い関係。ずっとそうしていたい関係だよな?」
「無視かよ」
「でも、やっぱりこのままじゃ嫌だよ。自分の気持ちに気が付いたら俺……気持ちを抑えきれない!」
「え……え!?」
俺は立ち上がり彼女を見つめた。
雫はキョロキョロと目を右往左往させて珍しく動揺している。
「ヒマリ……。俺と――」
一歩前進しよう。付き合ってくれ。なんて言いそうになるのを何とか踏みとどまる。
「で、デートしよ!」
危ねぇ。雫に告る所だったゼェ。心の中で汗を拭き取っていると雫は「ふっ」と目を細めて笑った後に俺の腕を優しく振り解いてリビングを出た。
そしてすぐに戻ってくるとその手には――。
「――なっ!?」
「ヒマリってこの子ですか?」
俺のヒマリが人質に取られていた。
「『キミと共に』ね……。なるほど……。タイトルは普通なんですね」
そう言いながら雫はパッケージの裏を見る。
「『ヒマリの成長した身体を楽しんで』――か……」
「ま……待て雫。落ち着け……、ヌキゲーかと思いきや内容は――」
「――また巨乳か!!」
「ぎゃああああ!」
慈悲なき雫はパッケージを膝で折りにいった。
中には先程戻したソフトも入っており、かなり危ない状況だ。
「これの台詞使ってデート誘ってんじゃねーよ! つか、使うならせめて名前は変えろ!」
「お、落ち着け雫……な?」
「その目はこれのやり過ぎで腫れてんですか? 私の心配返せ!」
「俺のヒマリを返せ!」
「じゃかましい! 巨乳物のAVばっかり買い漁りやがって! 少しは自重しろ!」
「それはAVではない!」
「じゃあなに?」
「ヒマリだ!」
そう言うと雫はエンジェルスマイルでヒマリをボコボコにした。フルコンボ。恐らく中のソフトは粉砕された事だろう。
「ヒマリいいいいいい!」
あんなに可愛いヒマリが俺の目の前で見るも無残な姿に成り代わってしまった。
俺はそのまま膝から倒れ、四つん這いでフローリングに着く。
「お……お前……無残過ぎる……よ……。オーバーキルとか人間のやる事じゃねぇよ……」
「テメェの性欲も人間じゃねえよ。馬か!」
台詞と共にパッケージをまるでゴミの様に捨てられて、雫はまるで女王様の様に俺の前で仁王立ちする。
弱々しくも言い返そうとし、顔を上げると、何と雫のパンツが丸見えであった。
「水色……ねぇ……」
「――なっ!?」
俺の視線に気が付き、パッとスカートの裾を押さえて隠す。正直その行為自体に恥じらいがあり俺は好きなんだが――。
「あー……でぇじょぶだっての。雫のパンツなんか見慣れてるから」
鼻で笑いながら言うと、雫はプルプルと震え、大きく右手を振りかぶる。
「ど変態!」
家の中だというのに、早朝の空にまで渇いた音が響き渡り、オールしていた事もあり、俺はその場で気絶してしまった。




