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どうしろってんだよ

 あの有名なボクシング漫画の主人公が最後に燃え尽きたと言っていた名シーン。

 そんな感じでリビングのダイニングテーブルに座る。

 真っ暗な部屋で何も置いていないテーブルを見つめているが、この行為に何ら意味はない。呆けているという表現がピッタリ当てはまるだろう。

 頭の中では、昨日まで乗車していた知識が皆降りて行って、環状線は回想電車と化し、車庫という名の無に向かって走っている。


 あー……これならテスト勉強なんてせずに、ただひたすらに青春の白い翼を羽ばたかせたら良かったな……。


 てか、1週間間禁欲してたな俺。今気が付いたけど、普通に禁欲出来てたじゃあないか……。


 それも合わせて合計2週間か……。2週間……14日……336時間……。そんなの耐えられないっての……。はは……。思春期の性欲……なめんなよ……。


 何分位そうしていた時だろうか、部屋の中の闇が晴れ、天井から光がさした。


「――きゃ!」


 可愛らしい悲鳴が聞こえた気がしたが、反応が鈍くなっているらしい。


「もぅ……。何してるんですか? こんなに部屋を暗くして」


 部屋に光を照らしたのは、終焉を告げる女神――雫であった。

 この後、俺は彼女に娯楽の全てを取られてしまうのであろう。そこに慈悲なんてない。あるのは俺への終焉だけだ。


「なんちゅう顔してるんですか? まるで、コールドゲームのない全国大会の試合で、大差で負けている選手の様な顔をしていますよ」

「それ位に絶望をしているってこったな……」

「まぁそれ以前にあれだけ大口叩いて、あれだけ鼻高々にクラスで騒いだ結果が50位だったら生き恥ですよね」

「死体蹴りって知ってる?」


 まぁ、もう何も感じないがね……。


「時正様より『人は大事にしろ。しかし敵には容赦するな』と教えを受けております」

「敵かぁ……」

「女の敵です」

「そうかぁ……」

「――本当に覇気がありませんね」


 そう言われて俺は立ち上がる。


「――? 何処へ行くのです?」

「1週間程、邪念を払おうと思ってな」

「邪念を払う?」

「ほら、昔、中学上がる前に有名な寺行ったろ? 親父の知り合いの神主さんがやってる」

「ああ、行きましたね。学校環境が変わるからって。中学から高校の時は引っ越し等で忙しくて行けなかったですが」

「それそれ。ちょっと行ってくるわ」

「いやいや! そんなコンビニに行くみたいなノリで――あそこって新幹線とバスで乗り継いで3時間以上はかかるでしょ?」


 その問いに俺は頷く。


「ああ。なーに、生活費からは出さないよ。親父に頼んで交通費と宿泊費は出してもらうよ。そこは少しわがままを言わせてもらう。娯楽禁止なんだからそれ位の金は出せってな」

「違います! 金銭的な問題を言っているのではなく、学校はどうするんですか?」


 そう言われて俺は爽やかに笑って見せる。


「このままじゃ俺……雫を襲っちゃう……」

「大丈夫です。その時は血祭りに上げるので」

「でしょー! それが、現実に起こるから寺に行くんだよ! 血祭りとかマジでヤダ」

「それは冗談だとしても……。その……デートとかどうするんですか?」


 少し歯切り悪く雫に言われて、そういえばそんな作戦を考えていた事を思い出す。


「無理っしょ。娯楽禁止なんだから」

「――あ……」


 珍しく雫から間抜けな声が漏れた。


「――盲点でしたね……。致し方ありません」


 雫はスマホを取り出し、操作した後に耳に当てる。


「お疲れ様です、雫です。今、お電話大丈夫でしょうか?」


 電話口調から恐らく親父にかけたのだと思われる。


「――はい……。はい……。ええ……。はい……。それでですね、時人様の成績なんですが――学年2位同等の成績でした」

「――は!?」


 雫の台詞に大きな疑問の念が飛んだ。


「――はい。では失礼します」


 話を終えてスマホをしまう。


「いやいやいや! え? どうした? 雫が嘘をつくなんて」


 そう言うと雫は何の罪悪感もない様な無表情で答えてくる。


「嘘ではありません。時人様の成績は数学が本来の点数であれば完士さんを超えて2位のはずでした。なので『2位同等』とお伝えしましたが?」

「屁理屈だなぁ」


 まぁどうでも良いか。あの雫が俺の味方をしてくれたんだ。この好意はありがたく使わせていただくとしよう。

 この上がったテンションのままバーチャルリアリティのゴーグルでも買いに行くか? デビューする? バーチャルリアリティ天国に行っちゃう? そのまま逝っちゃう? よし! そうしよう! 

 今、雫は機嫌が良いはずだ。気分が良いから俺を助けたに違いない。だからゴーグルを買ってきても何も言わないはずだ。今しかない。


「じゃ、俺は急用を思い出したから」

「時人様?」


 低い声で呼ばれて俺はドキッとなる。


「――な、なに?」

「分かっていますよね?」

「な、なにを?」

「デート……。分かっていますよね?」

「あ、ああ、大丈夫。分かってるって。瑠奈とのデートはバッチリ決めるからさ!」


 そう言って親指を突き上げるが、雫は覇王の様なオーラを出してくる。


「――その前に……やる事分かっていますよね?」

「その前にやる事?」


 なんだ? デートの前にやる事ってなんだ?


「歯を磨く?」


 ピキッと空気が割れる音がした気がした。


「――ひっ!」


 雫の表情が世紀末の覇王よりも覇王している表情と化す。


「瑠奈さんとのデートの前に――なんでしたっけ?」

「え? なに? え? 何で怒られてんの?」

「なに? じゃなく、何をするか答えてください」


 デートの前にする事? 何? デートの前にする事ってなんだよ。人それぞれだろ。

 てか、何でコイツこんな怒ってんの? 髪の毛逆立って心なし金色に見えるし、背中から出ているオーラは具現化してこちらを指差してくるし。もしかしてオラオラしてくるの? それかドラドラ?


「――雫をデートに誘う?」


 いや、それは日にちの問題でデートの前に――って、うわ、凄い、凄い穏やかな顔になってる。さっきまでのバトル漫画の雰囲気がラブコメ展開みたいな表情になってる。


「わ、分かっているなら……別に良いです」


 恥じらっている。あの雫がモジモジとしている……だと!?


「じ、じゃあいつ行く? 体育祭前には行っときたいよな?」


 そう言うと深く不快な溜息を吐かれた。


「――シュチュエーションを考えて誘ってください」

「シュチュエーション?」

「いや、別に私が求めている訳じゃありませんけどね? けど、瑠奈さんをお誘いする時に『瑠奈でえとしよーぜ』とはならないですよね? なるんですか? ええ?」

「なりませんな」

「なら、それの練習も含めて私を誘ってください」

「――って言われてもなぁ……」


 ボリボリと頭をかく。


 生まれてこの方女の子をデートに誘った事なんてない。デートしたのもこの前が初めてだってのに。


 雫とは昔から、メイドになる前もなった後も出かける事は多々あったが、それはデートに誘うと言うよりも、家族で出掛ける感覚に近い。


 なので、男が女をデートに誘うなんてどうしたら良いか全く分からない。


 俺は手を顎に持っていき考える。


 ――テレビでやってたけど、今は付き合うのもSNSが多いらしいな。それ、即ちスマホで済ませれるという事。

 今の時代、行き先も、支払いも、デートも簡単便利な時代。

 こんな魔法より魔法している便利な文明の力があるのだから使わない手はないよな。


「――あ、スマホで誘うとか萎える事しないでくださいね」


 出鼻を挫かれた。


 ならどうしろってんだよ……。


 世の男共はどうやって女をデートに誘うんだ?

 デートに誘うのはフランクで良くない? 告白するのはシュチュエーション大事だけど、デートに誘うのはスマホで良くない?


 あ、ダメだ。全然思いつかない。思いつかないと段々Jr.が成長してきた。もうダメだ。一旦落ち着かそう。


「わーったよ。外でゆっくり考えてくるわ」


 そう言って手をヒラヒラとさせて出て行こうとした背中に雫の言葉が投げかけられる。


「ちなみに私、別に機嫌が良い訳ではありませんので」


 そう言われて「え?」と声が出て振り返る。


「なので、何をしても良いと言うわけではありませんので悪しからず」


 このメイドさん。やっぱ俺専属のメイドだわ。

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