予想外
結果の分かっているものにわざわざ緊張なんてしない。
ゴリラがアリ相手に死闘を繰り広げる訳がない。だって戦いの結果が分かっているのだから。
いや、流石にそれは言い過ぎか。せいぜい、レストランから良い匂いがした時に、これ絶対美味いやつ! って確率程度かな。たまに匂いで騙される事があるけど、直感で美味しいと思ったのは大体美味い。
そんな例えを唱える程に今回のテストは出来が良かった。
もしかしたら学年1位かもな。ふふふ。
なので、中庭に結果発表が掲示板に張り出されているが、学年中が集まった中庭なんかにわざわざ出向かなくても結果が10位以内と分かっているので、今見に行かなくても帰りにチラッと見た後に、そのまま上機嫌で天国に出向き、天使達と遊楽にふけるとするか。
1週間分チャージされてるから、本当に天国に到達してしまうかもな! ってか? アッハッハ!
「――なーにニヤついてんの?」
「うわっ!」
誰もいないはずの休み時間のクラス。
2年は全員自分の学年順位を見に行っているはずだ。いや、もしかしたら俺みたいな思考の持ち主が他のクラスにいるかもしれないが、少なくともこのクラスには俺しかいなかった。
だから、俺はスマホで天使達の打順を考えていたっていうのに――油断した。まさか紗雪がいたとはな。
「なーんか、イヤらしいニヤつきだったけど?」
「これだよ、これ」
俺はスマホを見せる。無論そこには天使達の画像、動画はない。今、俺のスマホに映し出されているのはネコの動画である。
ふふふ。こういう緊急事態に対してはこの堂路 時人に死角はない!
いついかなる時も雫にバレない様に素早く違う動画を出せる様にテクニックは磨いてある。
――雫には根本的にバレたから無駄だけど。
「あ、ネコ。可愛い」
「だろ? 紗雪もネコ派?」
そう聞くと彼女は指を顎に持っていき少し考えて答える。
「うーん……。何派ってのはないけど……。動物は好きかな」
「あー、分かる。紗雪って動物好きそうだな。デカイ犬と戯れ合ってるのとか似合うな」
「憧れたなー。庭でイヌと遊ぶの。私の家ってマンションだから無理なんだよねー」
「マンション住まいだと無理だもんな」
「堂路くんもマンション?」
「今はマンションだよ。じっ――」
実家は一戸建てだけどと言いかけて言葉を止めた。
雫に無駄な設定を強いられている中で、実家とかいうワードは危険だな。後で怒られてしまう。
コホンと咳払いをして答え直す。
「じっちゃんの家は一軒家だけどね」
「あーそのパターン多いよね」
「そ、そだねー」
ヤバイな……。家族の設定は決めていたけど、祖父母の設定は何も用意してなかった。
このまま、この話題はしんどい。なので、俺は話をブン曲げてやる。
「あれ? 紗雪、テストの結果は見に行かないのか?」
いきなりの話題転回に紗雪は苦笑いを浮かべながら答えてくれる。
「えーっと……。さっきそこで小林くんとすれ違いまして……」
なるほど……。
「いくら気不味い関係になりたくないと言っても、日も浅いし、まだまだ気不味いわな」
「そうなんだよね……。だから、逃げ出しちゃった」
「――まぁ紗雪は何も悪くないけど……難しいよな。距離感」
「そうだね。失礼だって分かるんだけど……」
「時間が解決してくれるさ。その内、前みたいに喋れる関係に戻れるさ」
そう言ってやると「あはは」と乾いた笑いが出た後に言われる。
「いや、それがですね……。小林くんとはほとんど喋った事はないんだよね……」
「ぬ? じゃあ何で告られた?」
「――顔?」
そう言われてイラッとした。否定出来ないのがムカつきを加速させる。
「いやー。モテる美少女は辛いですよ」
「自分で言うなっての……」
溜息混じりで言ってやると「にゃはは」と人懐っこい笑みで見てくる。
「ところで、時人くんこそ結果を見に行かないの?」
その質問に鼻で笑ってしまい、ドヤ顔で紗雪を見る。
「結果は見なくとも分かる」
「おお、凄い自信だね」
「自信というか? 当然というか? 当たり前というか? 必然というか?」
「そこまで自信満々だとうざいね」
『――2人して何してるんだ?』
突如聞こえてきた声。それと共に2人きりの教室内に騒音が戻ってくる。
どうやら成績を見終えた者共のご帰還みたいだな。
「完士くん。どうだった?」
声をかけてきた完士に紗雪が尋ねるとVサインで答える。
「2位だったわ」
「すごーい! 相変わらず頭良いね」
「紗雪ちゃんは?」
「私、まだ見てないんだよ。部活前に見ようと思って」
「そうか。ハル――」
完士が俺に声をかけてこようとした瞬間に俺は高笑いしながら立ち上がり、完士の肩に手を置く。
「なーはっはっはっ! ま! 今回は? 今回は俺の方が上だったという事で? ま! ま! まぁね! まぁ仕方ない! うん。仕方ない。だって、ね? 今回の俺は神ってたから。赤ヘル軍団の神ってる4番より神ってたから。いや、神ってるというより? 最早俺が神? みたいな? 俺は神? いや、俺は神だ! なーはっはっはっ!」
完士が2位という事はすなわち俺が1位、学年1位、優勝、チャンピオンって訳で上機嫌に言い放ってやると、完士はポカーンとしていた。
そりゃそうだ、お前は負けたのだから。敗北者の顔をしているぜ完士。
俺は言い残して、勝利への便所へと洒落込もうとし、そのまま教室を出る。
出ようとすると、入れ違い様で雫が教室に入ってきてぶつかりそうになる。
「おっと……。失敬失敬。湿布の失敬。湿布の匂いはきついけど、お前の匂いは良い匂い――ってかー」
「――は?」
雫の心の底からのそれが聞こえ、普段なら萎縮してしまいそうになるが、上機嫌の俺は雫の肩に手を置いて親指立てて言ってやる。
「そうカリカリカリカリカリフラワーになるなよ。綺麗な花びらが枯れてしまうぜ?」
「意味不明だけど、機嫌が良いのは伝わる。――ってか何でそんなに機嫌良いの?」
「そりゃ、今日が晴れてるからだろ」
「曇だけど?」
そう言って窓の外に目をやる。確かに今日は曇っている。
俺は指を立てて左右に振る。
「ノンノンノンノン、ノンフィクション。俺の心はいつでもサンがサンサンとサンシャインだぜ」
「ちょっと……大丈夫?」
「大丈夫じゃないかもな。最早俺は天国への階段に足を踏み入れてしまっているからな」
「テストの結果のせいで頭おかしくなった?」
「そーそー! 頂に立つ者の頭は少し位おかしくないとな」
「え?」
「なーはっはっはっ! じゃあな星野! あばよ!」
困惑している雫にそう言い残して、俺は便所へと洒落込んだ。
♦︎
「――お隣さんだねー」
思いもよらない出来事が起こった時、人間というのは固まってしまうものだと実感出来た。
俺の隣に立つ紗雪。彼女の発言も聞き逃しそうになるくらいに固まるが脳で受け止める。
紗雪の発言はそういう意味でのお隣さんではなく、俺達の目の前に張り出されている成績順位の事である。
そこには『南方 紗雪 49位』と書かれてた左隣に『堂路 時人 50位』と書かれていた。
「うーそーだー!」
「いやー。まさか時人くんってめちゃくちゃ頭良くなかったんだね。普通? 1年の頃だけ? 最初だけって感じ?」
「うそだ! ウソだ! 嘘だああああ!」
「受け止めなよ現実を」
「受け止められるか! 色々と受け止められるか!」
あんな発言して50位て! 恥ずかし過ぎるだろ!
「あ……。分かったわ」
俺はポンと手を叩いた。
「なにが?」
「夢だ。夢。夢だよ。ドリームオアドリーム」
「現実逃避は良くないよ? 全てを受け止めないと」
「悪夢だなぁ。あはは。目が覚めたら朝に巻き戻っているんだ。きっとそうだ。そうに違いない」
「目が逝ってる……」
「さ! 紗雪! 俺を殴ってくれ」
「え?」
「ここを! ほら!」
俺は頬を軽く叩いて、ここを殴れ、と指示をする。
「いや、それは……」
「良いから良いから。ほらほら、ここをパチーンって!」
「暴力はちょっと……」
「暴力ではない! 我々の業界ではご褒美です!」
「変態だあ!」
パチン! と乾いた音が中庭に響き渡ったと同時に左頬から脳へと痛みが伝わり、その信号は瞳へと送られ、液体が出てくる。
「――普通にいってええええ!」
殴られた勢いと共に俺は走り出した。
♦︎
「たのもーっ!」
紗雪のビンタの勢いは俺を職員室まで運んでくれた。
大人達の空間に場違いな俺は間違いなく浮いている存在だが、そんな事は気にせずに三十路先生の所へやってくる。
「あら、堂路くん。珍しいね」
相変わらず三十路前とは思えない可愛らしい先生だが――今、この瞬間はそんな事は心底どうでも良い気分であった。
「おうおうおう姉ちゃんよお? どういう事だ? おおん?」
「――? どうしたの?」
「どしたも、こうしたも、ねぇだろ。おおん? 俺の成績が50位ってーのはどういう事でい? おお?」
「50位? 凄いじゃない。300人中50位って誇らしい事だよ?」
「微妙な褒め方をしてくるんじゃあないぜ! 俺が50位なんて何かの間違いだろう! 陰謀か? 俺を陥れる陰謀か何かか?」
「陰謀って……」
「陰謀に対してこの堂路 時人は立ち向かうぜ。相手が可愛い先生だとしても、俺は権力というエクスカリバーを使い、血で血を洗う最前線に立ち、屍を超えてでも暴いて見せるぜ!」
「可愛いだなんて、照れるよお」
先生は両手で頬を触り悶絶していた。
「やかましい! さあ! 吐きな! さもないと、俺の権力が剣力と化し、てめえの人生という心臓に突き刺さっちまう前にな!」
「はいはい。えーっとね……。確か堂路くんは――あったあった」
先生は俺の発言を適当に流してソフトファイルを開いて教えてくれる。
「堂路くん。名前書き忘れてたからね。数学95点なのに0点だったよ」
「なっ!?」
「もう、うっかり屋さん。でも、嬉しいよ。国語は98点取ってくれたよね。先生の授業ちゃんと――」
「――んな! ばかなああああああ!」
俺の無残な叫びが職員室に響いたのであった。




