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 今日までの準備はちゃんとしてきたはずだ。


 この1週間、娯楽類は全て断ち、机に向かっていたと自負出来る。

 自信しかない。

 俺の脳内にはありとあらゆる知識がある。

 知識はまるで環状線の電車の様にグルグルと脳内を回っている。

 自分のやってきた事、その時間は絶対に裏切らずに俺に返ってくると信じている。


 しかし人間というのは不安になる生き物だ。少しでも、1つだけでも知識を取り入れたくて、ギリギリまで教科書やノートに目を通す。


「凄い気迫だな」


 ふと声をかけてきたのは学年トップクラスの完士だった。

 テスト前で周りは必死こいて机と向かっているクラスの中、コイツは余裕シャクシャクで紙パックのジュースを飲んでやがる。


「なんだ? 学年1位でも狙ってるのか?」


 そんな問いをしてくる常にトップクラスの成績を誇る完士に対し、俺は前髪をかき分けて、笑いながら答えてやる。


「1位だな。ふっ」

「お! なんだ、珍しく自信満々な発言だな」

「自信満々な発言をする奴は基本的に好きじゃないが……。この俺の場合は『自信』ではなく『確実』という言葉が当てはまる。よって先の俺の発言は『自信満々な発言』というカテゴリにはハマらない」

「――キャラがメンドイ事になってるな……」


 苦笑いを浮かべる完士。


「でも、どしたんだよ? 今回に限って。いつも勉強せずで良い点取れてんのに――なんかあんのか?」

「この堂路 時人には譲れない物がある!」

「譲れない……もの?」

「そうだ……。これは絶対に譲れない!」

「何?」

「それは秘密」


 流石に人に話すのは気が引けるので笑って誤魔化しながら言うと完士は疑いの表情をした。


「秘密ねぇ……」


 呟いた後に「なに?」と軽く聞いてくるので俺は立ち上がり敵の執事の額を指で押さえてやる。


「聞こえなかったってえならもう1度しっとり! ズッポリと言ってやる! その耳かっぽじってよおく聞けよ!? 駄馬めが! ひ・み・つ――って言ったんだよ! このロバ野朗があ!」


 ズダババーンと言ってやると完士が少し引いた。


「同じ事を2回言うって言うのは、同じ漫画の同じ巻数を買うのと同じ位に無駄なんだよ! 分かるか? 無駄なんだよ! 無駄!」

「わ、分かったから、その血走った目をやめろっての」

「――血走りたくもなる。時間は有限。1つも無駄には出来ない。分かったら去りな。俺の血が赤いうちにな」

「キレたら何色になるんだよ」


 そんな会話をしていると「何叫んでんのー?」と陽気な声が聞こえてくる。


 くっ……声が大きすぎたか……。


「紗雪ちゃん。時人が変なんだよ」

「えー? 時人くんが変じゃなかったら変なんだから変で正しいんじゃない?」

「あー。それは言えてるな」

「でしょー」


 納得するなよ。


「それで? もうすぐテストなのに、何叫んでんの? ロバとか無駄とか血とか聞こえたけど」

「紗雪……。それ以上は踏み入ってはならない領域だぜ?」


 俺が答えてやると紗雪は首を傾げて聞いてくる。


「なんで?」

「これは学年トップクラスだけが入れる領域――」

「――俺入れてないけど?」

「――これ以上成績が微妙な紗雪がいたら、紗雪が紗雪じゃなくなるぞ」

「――あ……無視するのね」


 完士は置いておく。


「私が私じゃなくなる?」

「そうだ」

「じゃあ何になるの?」

「――くっ……。これ以上は何も――ぐっ。は、早く行けっ! 俺の意識があるウチに!」


 俺の発言に紗雪が俺を指差して完士に言う。


「変って言うか気持ち悪いね」

「中二病か?」

「あー。あの男の子がよくなる病?」

「それそれ」


 好き勝手言われているから、俺は奇妙なポーズを取りながら叫んだ。


「俺は! お前達の相手を! している! 時間はないんだ!」

「これが中二病のポーズ?」


 紗雪が完士に聞く。


「いや、これは中二病っていうか、なんていうか……」


 そんな3人のやり取りに気が付いて「ちょっと試験前に騒がないでよね」と雫が裏モードでやって来る。


「やぁやぁ雫。この時人くんのポーズが中二病じゃなく、何のポーズか気になるんだけど」


 そう言われて雫が俺を見ると「きも……」とナチュラルに声が出た。


「うるせーよ! 神聖なテスト前のポーズだよ」

「気持ち悪いからやめて。てか、堂路くん自体が気持ち悪いからやめて」

「人権否定は自分に自信がない者がする行い――すなわち星野! てめえは自分自身に自信がない。πにもな! そんな何もかも自信がない、つまりこのテストに自信がないという事。それすなわち俺に負ける事と同義! ドバドドーン」


 オリジナルの効果音をお手製で放ちながらオリジナルのポーズを決めると雫は本当の意味での無表情――例えば夜、寝る前に仰向きになった時に天井を見つめてしまう様な虚空の表情を見せる。

 冷たい目をする、ゴミを見る目なんて事は優しい目だったのだなと錯覚する程だ。これ程までにキツイ表情はない。


「さ、2人共。瑠奈ちゃんを見習って勉強しよう」


 雫は瑠奈の席を指差す。


 教科書と睨めっこしているだけなのに、何処か上品な雰囲気を醸し出していた。


「πに自信がないってどゆこと? 3.14でしょ?」

「シー。紗雪ちゃん。分からないなら黙っていた方が何となく良い。ここは空気を読んで去ろう」

「そ、そうだね。その意味は分からないけど、どことなく雫の雰囲気がヤバいのは分かるもんね」


 イソイソと2人は俺の席から立ち去り「まったく……」と騒がしい人達を追い払った優等生みたいな溜息をついた後に耳元で囁いてくる。


「後で自販機前来い。逃げんなよ」

「――ひっ!」


 殺気を耳から感じ取り、俺は頷く事しか出来なかった。

 



♦︎




 本日のテストが終わった。テスト期間中はお昼までなので、割と期間中は好きである。

 この後も帰って勉強に勤しみたかったのだけど、こわーいメイド様より呼び出しを受けて渡り廊下にある自販機にやって来ました。

 いつもは結構な人気なのに、放課後だから人気はなく1人ベンチで震えながら彼女の到着を待つ。


 ――ポンと肩を叩かれた瞬間に飛び上がりそうになり「ひっ!」と悲鳴を出す。


「――何にビビっているんですか?」


 雫が現れた。


「い、いえいえ。ビビってなんか、いませんことよ? おほほほほほほ」

「なんですか? その口調……」

「そ、それより何か飲みまして? 買ってさしあげますですよん」


 震える声を出して、少しでも彼女の怒りを暖和させようと目論む。


「良いのですか?」

「もちのろーん、でござーます」

「じゃあお言葉に甘えて」


 俺がお金を自販機に入れると、雫が好きな缶ジュースのボタンを押した。


 プルタブを開けながら隣に座る。


「あ、あの……。わたくしめはどうなるのでしょうか?」

「はい?」

「いや、あの……」

「んー?」


 雫は、何言ってんの? みたい顔をしてジュースを飲んだ。


「話が2つあります」

「え?」

「まず1つ目なのですが……。距離が近くなってきていると思われるのです」

「――ん? なんの?」

「私と時人様がですよ?」

「え?」


 俺が首を傾げると、こいつ頭おかしいんじゃない? みたいな顔で俺を見る。


「だから、最近学校で時人様と接触する回数が多いと言っているんですよ」

「いや、言葉の意味は分かるけど――は?」


 俺は、自分と雫を交互に指差す。


「今は大丈夫です。誰も見ていなければ接触になりません」

「いや、なんつう理屈だよ」

「結果なんですよ結果。そこまでの過程がどのような道筋でも結果がそうであればそうなんです」

「ブラック企業みたいな例えだな……。そう言うなら、今日だってわざわざこんな所じゃなくて家で良くない?」


 そう言うと鼻で笑われて「分かってないなー」と言われる。


「例えば時人様はステーキが大好きですよね?」

「好きだね」

「でも、ずーっとステーキばっかりだと違う食べ物も勿論食べたくなりますよね?」

「そりゃな」


 そう言うと指を鳴らされて「それです」と言われる。


「その感覚。忘れないで」

「そっすか……」

「――なんて事よりも! ともかく! ここ最近、微妙なバランスで保ってた距離が破れてきています!」

「――ってもな……。一応自然の流れでの絡みだと思うけど?」

「確かに、瑠奈さんが時人様を狙っている以上、瑠奈さんと仲良くしようとしているならば自ずと距離が縮んでしまいます」

「別に良いんじゃない? 仲良し設定に変えても。そもそも仲良いんだし」


 そう言うと雫が少しフリーズした。


「――なか……よし……」

「ん? 雫?」


 フリーズしてたから目の前で手を振ってやると再起動する。


「――だ! ダメです! それだと勘違いされます!」

「何に?」

「そ、それは……」

「んー? 何に勘違いされる?」

「こ、恋人とか?」


 モジモジと雫には珍しく歯切り悪く言った言葉に俺は大きく笑う。


「おいおい、今時の童貞をなめるなっての! 女子と喋ってた位じゃそんな事思われないっての」

「わ、わかんないじゃありませんか! もしかしたら思われるかもしれませんよ!?」

「ないない。俺と雫だろ? 大体分かるって、雰囲気で付き合ってるかどうかとか」


 手を振って否定するとムッとする雫。


「こ、この状況だって、誰かに見られたら勘違いされるかもしれませんよ!」

「おまっ――今は、放課後に残って2人で仲良くベンチ座ってりゃ勘違いされるだろ」

「ほらー!」


 勝ち誇った顔をする雫。


「いやいや! え? なんなの? 結局何が言いたいの? 思われたいの?」

「そんな訳ないでしょ! 思われたくなんかありません!」

「だったらこんな所で――」

「だからそれは――」


 ――無限ループに突入しそうになる。


「あー、分かった。話の腰を折って悪かったよ。で? どうするんだ?」

「どうするって?」

「ん? 距離が近いから何か設定の練り直しかと思ったんだけど?」

「違いますよ。ただ、距離が近いからポロリとボロを出さないで下さいと言いたいだけです」

「あー釘さしにきたのね……。あいあい、わーったよ」


 蓋を開けてみたら、それだけの事だったので適当に返事をする。


「――んで? 2つ目は?」

「2つ目は……。2つ……目は……」


 歯切りが悪くなり、雫は持っている缶ジュースを指でトントンっと叩く。


「んー?」


 俺が首を傾げるとバッと俺を見て言い放つ。


「で、デートしてあげます!」

「でえと?」


 おうむ返しで聞き直してしまった。


 いや、言葉の意味は分かる。分かるけど――。


「デートって……距離が近過ぎたらなんたらって今言ってなかった?」

「か、勘違いしないで下さい! べ、別にハルくんとデートしたい訳じゃありませんから!」


 ダメだ。聞いてない。


「雫? じゃあ何でデート?」

「そりゃだって……。今度瑠奈さんを誘う訳ですから――この前みたいな感じだと堂路家の名折れです!」


 今のは聞いてくれたみたいだな。


「あれってそんなにダメだった?」

「ダメもダメ、全然ダメ! ブッブーです。5点です。あれならまだカエルとデートした方がマシです」


 俺のデートはカエル以下ってか……。


「だから、私がキチンと教えてあげます。じゃないと、相手の本性を暴くなんて到底無理ですからね」

「そ、そっすか……」

「なのでホント勘違いしないで下さいね。仕方なくデートしてあげるんですから!」

「あいあい。わーりましたよ」


 返事すると雫はジュースを飲み干して立ち上がる。


「では、テストが終わったら私をデートに誘う所からスタートですからね。誘うんですよ? 私を」

「そっからか……」

「それだけです。では、お互いテスト頑張りましょう。では――」


 缶ジュースのゴミをゴミ箱に捨てて、雫は校舎側ではなく、体育館側へと歩いて行った。


 放課後に体育館に用でもあるのだろうか?

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