秘密の共有
我が堂路家の運というのは強大な様である。
どうやら実力で、中々の席を手に入れたと言っても過言ではなかろうか。
席替えの結果、結局俺は元の手前の席、隣に完士、目の前に紗雪。そして紗雪の隣に雫。その隣に瑠奈といった席順となった。
完士の隣という事で少し不安はあるが、そもそもコイツに勉強を聞きたかったので、隣に来てくれて勉強が捗るし、目の前の紗雪は、ただの恋に恋する恋バナ脳。何の脅威でもない。
そして近くに雫がいるので何かあればブロッカーとして働いてくれるだろう。さっきからめっちゃ不機嫌だけど。
だからだろうか? 瑠奈は黙々と勉学に励んでいた。
「――っと……」
紗雪が立ち上がり何処かへ行こうとする。
「薔薇の木伐採か?」
笑いながら言うと紗雪が首を捻った。
雫と瑠奈が俺に視線を寄せてくる。無論、軽蔑に近い目で。
「時人。お前、女子になんちゅう事言うんだよ」
「あはは。冗談だよ」
笑いながら言うと紗雪が尋ねてくる。
「ね? 薔薇の木伐採って?」
「ごめんごめん。気にしないで」
そう言うと「んー?」と首を捻りながら化粧室へ向かった。
意味の分かってないのは紗雪だけで、俺を含めて4人は意味を知ってたみたいで、微妙な空気が流れてしまう。
「――堂路く――」
雫が俺に注意しようとした所、途中で言葉を止めてスマホを取り出す。
スマホを見ると雫は一瞬苦い顔をしながらも立ち上がる。
「お前も伐採作業か?」
「うるさい! 薔薇おじさま!」
そう少し怒られながらも雫は化粧室へ向かった。
残された3人。するとタイミング良くスマホが鳴り出した。
――完士だ。
「――っと、バイト先からか……。わり……。――お疲れ様ですー。室壁ですー」
電話に出ながら完士は席を立った。
残された俺と瑠奈。
「あの……。時人君」
「んー?」
「この英語の問題なのですが……」
そう言いながら、瑠奈は空いた完士の席に座る。
「教えて頂けませんか?」
「えっと……ここは――」
くっ……。席替え意味ねー。なんだよ。結局瑠奈が隣に来るじゃん。
つか、雫はどうしたよ。どこ行った?
『聞こえますか? 時人様』
し、雫!?
インカムより声が届いてきた。
『返事はいりません。私が席を立った後、完士さんも席を立ったのは確認済みです。なので、恐らく瑠奈さんが隣に座っている事でしょう』
コイツは本当に人間なのか? 味方ながら恐ろしい奴だ。
『私のアシストも長くは持ちません。紗雪に呼び出されてしまいまして、時人様と瑠奈さん、2人っきりにさせた後どうなるか気になるとの事で、ただいま個室に入り薔薇の木伐採中との設定故、何とか紗雪を騙している最中ですので』
紗雪の奴、さっきからあいつはあいつで気になる事調べてきてんな……。
『あ、あと、勿論、帰ったら今日の反省会をたっぷりみっちりとやるおつもりですのでお覚悟して下さい』
うわぁ……。帰りたくねぇ……。
『ま、先の発言で目から鱗の出来事があったので、その点に関しては、時人様の性格が幸い致しましたね。これで作戦が立てやすくなりました』
「――これを日本語訳にすると『ボブ。その作戦ってのはどういうこったい?』になるんだ」
「なるほど」
瑠奈に英語を教えながらたまたま雫に声を出して聞く事が出来る。
――つか、瑠奈って頭良さそうだから、これくらい分かると思うんだけどな。
『時人様が発言したセクハラ発言。まぁ軽度の物ですが、瑠奈さんは下ネタが苦手――いや、嫌いでしょう』
『やれやれ』と雫が溜息混じりで続ける。
『エロい身体してんのにエロが苦手とか――これは将来ビッチ確定ですよ。ははん』
それは偏見が過ぎないかい? 雫さん。
『なので、ここは時人様が大得意の薔薇のおじさま作戦で参りましょう』
なんだ? その不釣り合いな言葉のユニゾンは……。
『下ネタ連発で相手をドン引きさせてしまえば、如何に政略結婚を狙っていると言っても戸惑うはず。さあ! 時人様の好きな下ネタを思う存分放って下さい! 以上!』
そこで声が途切れた。どうやら雫の伐採作業が終了した様だ。
まぁ電源は入れているので会話は聞こえるだろう。
俺の大好きな下ネタを連発すれば良いのか。
ほっほーん! 大得意!
「なぁ瑠奈……。瑠奈って何カッ――」
「時人君。実は――」
「え?」
俺の言葉が言い終わる前に瑠奈が真剣な声を出してきた。
「誰にも言っていないのですが……。実は――」
瑠奈は右手を右耳に持っていき、間を取る。
「実は?」
気になってしまい俺の下ネタはかき消されて、相手のペースになってしまう。
「――ここは私の父が経営するファミレスなんです」
「――え?」
瑠奈が真剣な瞳をウルウルとさせて俺にだけカミングアウトしてくる。
それに対して、驚きの声が出てしまう。
隠す気はないと思っていたが、店の事まで俺に話してくるとは予想外だったな。
「どう思いましたか?」
「どうって?」
「お店の料理や……店内の様子と言いますか……」
「普通……だね……」
「そうなんです!」
グイッと俺の手を握ってくる瑠奈。それに対してドキッとしてしまうのは男の本能である。
「普通なんです……。普通の店過ぎるんです……。最近業績が悪くて……しかし、何か打開策があるわけでもなく……このままだと……」
――ハッと俺の手を離して我に返った瑠奈は「ごめんなさい……つい」と弱々しい声を出す。
ここで自分の事情の深い所まで曝け出してくるな。
知っているから耐性があるが、知らなければちょっと同情してたかも。
しかし、やはり右手を右耳に持っていってるのが怪しい。これは彼女自身の言葉か? それとも、完士なりが裏でサポートしてるんじゃないのか?
「――これはお爺様から貰ったもので――」
俺の視線に気が付いたのか、ピアスを外してテーブルに置いた。
「今の『アスフレ』があるのはお爺様のおかげ……。それなのに……」
顔を伏せて言った後に、再度俺を見て言ってくる。
「私はこの店を守りたいのです!」
「瑠奈……」
彼女の本心での言葉。だと思われる言い方の後に、やはり癖なのか、右手を右耳に持っていった。
「――あ……その……」
瑠奈は少し頬を赤らめて微笑んだ後に、指を口元に持っていき言ってきた。
「この事は2人だけの秘密にしておいて下さい」
♦︎
「――まさか、自分の事情を全て話すとは思いませんでしたね」
家のダイニングテーブルで俺は頭から煙を出して伏せていた。
なぜなら、家に帰った後に雫にしっぽりとしぼられたからだ。
彼女の反論出来ない正論と、心をえぐるナイフの様な言葉に俺のHPはほぼ0に等しかった。
雫も、少しは言い過ぎた、みたいな空気を出しても良さそうなのに、全くもって悪びれずに話題が変えてくる。
「――聞いてます?」
「いや、そんなに早く切り替え出来るかよ……」
「男なんだからメソメソするな。です」
「ズタズタにしやがった当人が言ってくるとか、良い性格してんな……」
俺の微かな嫌味も相手には全く通じておらず、雫は涼しい顔して話を続けてくる。
「ここで『秘密の共有』を持ち出してくるとは――。これで一気に距離を縮めに来ましたね」
俺は伏せたまま答える。
「『秘密の共有』は親しい人、信頼している人にだけ――。遠回しに俺の事を信頼していると言わんばかりの言動だな」
「もし、何の情報も無ければ時人様逝ってましたね」
「そう……だな……。瑠奈本人のマジっぽい台詞っぽかったし」
「そうでしょうか? 私にはそうは感じませんでしたが?」
そう言われて俺は顔を上げて雫に問う。
「でも、怪しいピアスを取っての台詞だったぞ?」
「なら、そのピアスは通信機能のない、純粋なピアスだったのでしょう」
「その根拠は?」
「勘」
「出ましたー」
そう言って起き上がり、首を左右に振る。
「まぁ今は通信の有無は良いでしょう?」
「良くねーよ。あれを瑠奈本人が自然に言ったのか、完士が考えた台詞かで萎え度が変わるっての」
「――あなた、よくそれで恋愛物の漫画やアニメを見れましたね……。脚本等を考えているのは女性だけとは限りませんよ?」
「それは別だよ」
「そこまで言うのであれば調べますよ」
「頼む」
「はい」と返事した後に「あ、そうそう」と雫は俺に言ってくる。
「私が攻め込んで瑠奈さんと共に勉強をしていたのを邪魔されたので――」
「キミ、ホントしつこいね。ごめんて」
「――あ、いえ、嫌味も含んでいるんですが、違う話です」
「含んではいるんだね」
「相手も攻め込んできたので、こちらも少し深く攻め返しませんか?」
俺の言葉をスルーして雫が提案してくる。
「少し深く?」
「今度はこちらからデートに誘うのです」
その台詞に動揺してしまう。
「デート……だと?」
「はい。デートです」
「お、俺から誘って来てくれるかな?」
「そりゃターゲットがノコノコデートに誘ってきたら『落ちた』って思うでしょ?」
「――はぁ……。所詮俺は政略結婚の的でしかないのか……」
「でしょうね。好き好んで時人様を狙うなんて、頭おかしいか、相当の変態です」
「めちゃくちゃ言うね――で? そのデートで深く攻め込んでどうするんだよ?」
そう言うと雫は指を立てて言ってのける。
「本性を暴きましょう」
「本性を暴く?」
「そうです。もう自白してもらって諦めてもらう作戦に移りましょう」
「それなら、もうストレートに『政略結婚は無理』って言えば良くない?」
そう言うと「分かってないなぁ」と首を振られる。
「女心は複雑なんです。殿方みたいに単細胞ではありません。1回上げて『イケるイケるイケる。落とせる!』ってなったところで『無理』って言った方が効力抜群です」
「エグいね」
「嫌なんでしょ? 政略結婚」
「――だな。瑠奈には悪いが、それだけ急激に落としたら再発しないだろ」
「そうそう。それにプライドが邪魔して本性が表れるかもね……ふふふふふふ」
悪い笑いを見せる雫。
コイツの腹は本当に真っ黒である。




