表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/97

マラソン大会の伝統

 4限の授業が終了して、ようやく待望の昼休みがやってくる。

 午前中の授業は瑠奈に教科書を見せる為にずっと至近距離だったので、彼女の匂いに当てられて頭が少しボーッとしてしまう。


「時人君」

「ん?」


 教科書を机の中にしまい、机を一旦離そうとすると瑠奈に声をかけられる。


「今日もお昼――」

『瑠奈ちゃん』


 瑠奈の言葉が終わるより先に彼女にかけられた声。

 俺もつい反応してしまい、見てみると、瑠奈の前に雫と紗雪が立っていた。


「紗雪ちゃんと――星野さん?」


 雫の顔を見て思い出す様に言うと雫は嬉しそうな顔をして答える。

 

「わあ嬉しい。名前知っててくれたんだ」

「一刻も早くクラスの一員になりたいのでクラスメイトの方の苗字は覚えました」

「すごーい。でも、紗雪の事を名前で呼んでるなら、私も名前で呼んで欲しいかな」

「あ……。すみません。星野さんの名前は?」

「私は星野 雫だよ」

「分かりました。では雫ちゃんとお呼びさせていただきます」

「ありがとう。私も瑠奈ちゃんって呼んで良いかな?」

「はい。勿論です」

「よろしくね瑠奈ちゃん」


 雫の笑顔の裏にはどんな思いが隠されているのだろうか。


「それでお2人共、どうされましたか?」


 瑠奈が尋ねると紗雪が答える。


「うん。一緒にお昼食べようよ」

「えっと……」


 少しだけ困惑した顔を見してくる。恐らく計画が狂ったのであろう。


「ダメかな? 紗雪がどうしても瑠奈ちゃんと仲良くなりたいって言うから」

「雫だって言ってたじゃん」

「あはは。まぁね」


 そんなナチュラルな会話を見て瑠奈は微笑んだ。


「よろしいのでしょうか?」

「こっちが頼んでるんだから」

「勿論だよ」


 瑠奈の問いに紗雪と雫がそれぞれ言うと、瑠奈は頷いた。


「では、よろしくお願いします」

「瑠奈ちゃんてお弁当派?」

「はい」

「じゃあ雫の席で食べよー」


 紗雪の提案に瑠奈は鞄からお弁当を取り出し、俺を見て「すみません」と軽く頭を下げて雫の席へと向かって行った。




『フラれたなぁ』


 瑠奈と入れ替わりに来たのは、一ノ瀬家の執事を務める室壁 完士だった。その手にはいつも通り、コンビニ袋が持たれている。


「じゃあ今日は一緒に食えるか?」

「あれ? 今日は他のクラスの奴と食べないの?」


 少し嫌味っぽく言うと苦笑いされる。


「お前、俺の気遣いに気が付いて無かったのかよ」

「気遣いねぇ……」


 気遣いというより作戦だろうよ。


「あの日ボッチで校舎裏で食ってたら先生に怪しまれたからな『お前煙草吸ってるんじゃないか?』って」

「ありゃ。そりゃ災難だったな」

「誰が煙草何か吸うかよって感じだわ」

「高いしな」

「そんな事より、一ノ瀬さんと食わないなら一緒で良いか?」


 完士の裏の事を知ってしまったから、正直疑わしい気持ちが出てしまうが、ここで断る方が怪しいか。


「ああ。勿論だよ」

「ほんじゃ――あ、前田。席借りて良い?」


 丁度立ち上がった俺の前の席の男子に声をかけると「いいよー」と言って前田は教室を出て行った。


 完士は俺の前の席に座り、机と椅子はそのままに身体を横に向ける。


「やっぱ前の席って最高だったな」


 完士は前田の机の上に置いたコンビニ袋からコロッケパンを取り出す。


「楽だったな」


 俺はお弁当を広げて食べ始める。


「そういや、完士の席って何処?」


 そう聞くと苦笑いされる。


「おいおい。そんなに俺って影薄いか? 廊下側の真ん中の席だよ」

「あー。そりゃまた随分遠いな」

「――なんだ? 一ノ瀬さんの事で頭が一杯で俺の事何てどうでも良いってか?」


 上手い事その話題を出してくる。流石は執事。


「いやいや、そんな事はないけど」

「ホントかー? 午前中も机引っ付けて鼻の下伸ばしてたんじゃないのか?」


 伸ばしてたのは股間だよ――とは流石に男子同士でも言えないな。


「ま、俺から見たらお似合いに見えたけどな」

「お似合いねぇ……」

「いっそ付き合ってみるとかどう?」


 押してくるなぁ。


「あはは。まだ出会って数日の女の子と?」

「それはまだ早すぎるってか。でも、恋に時間何て関係ないだろ」


 何処かのドラマで聞いた様な台詞に苦笑いを浮かべて完士に言ってやる。


「何だか、俺と瑠奈が付き合ったら都合が良いと言わんばかりの台詞だな、完士よ」


 そう言うと「そりゃそうだろ」と予想外の言葉が返ってくる。


「――え?」

「1年の時から『彼女欲しー』とか『紹介しろー』とか、ずっと聞かされてんだから。お前が早く付き合えばそんな話聞かされなくて済むってもんだ」


 ホント上手い事返してくんな。


「何か悪いな」

「いやいや。それが高校生男子ってもんだろ。俺も彼女欲しいよ」

「作れば?」

「簡単に言うなよー」


 完士はコロッケパンを食べ終えて、カレーパンを取り出した。


「今まで彼女出来た事ない奴がホイホイ彼女何か出来るか」

「そりゃ言えてるな」


 納得した後に俺はふと思い出し「――あ」と声を出す。


「そういや明日って2年恒例のマラソン大会じゃない?」


 そう言うと完士は苦い顔をしながら頷いた。


「そうだわ……。うわぁ……やだやだ……」

「でも……。でもだぞ? 明日のマラソン大会で女子に良い所を見せれば――」

「――女の子にモテモテ?」

「聞いた事がある。その昔、彼女いない歴=年齢のカースト底辺男子がマラソン大会で優勝すると、あら不思議。女子にモテモテ、その後は有名大学に進学し、卒業後に会社を設立し大成功を収めた者がいると」

「エロ本の巻末か!」


 完士のツッコミに爆笑してしまう。


「あっひゃひゃひゃひゃ! まぁ今のは冗談だとして、えっと……なんだっけ? 1位になって告ったら成功だっけ?」

「そうそう、それそれ。ホントやだわ。先週マラソンのルートの地図配ってたけど、どんだけやる気なんだよ。こちとらやる気なんかないわ! って感じだぜ」

「完士も1位になって誰かに告れよ」

「俺は良いんだよ。時人こそ1位になって一ノ瀬さんに告るってのはどうだ?」

「何で俺が瑠奈の事を好きになってる風な感じになってんだよ」


 そう言うと完士が悟った様な顔をする。


「こういうのは男からだぞ」

「告らねぇよ」




♦︎




 あの後も、完士のナチュラル瑠奈押しが続いた昼休み。話の流れ的に何の違和感もないので、もし裏を知らなければ何とも思わないどころか、もしかしたら瑠奈の事を意識してしまってたかも知れない様な会話。

 それを切り上げて、いつもの自販機でジュースを買いに来た所、渡り廊下の外れの方で見慣れた顔を見つけた。

 しかし、俺は反射的に身を隠してしまう。

 なぜなら、ただならぬ光景であったからだ。


「告白――でしょうね」

「うわあ!」


 いきなり声がしたので反射的に大きな声を出すと、その声の主に「しー」っと言われてしまう。


「星野……急に現れるなよ」

「今、彼等以外に人の気配は感じませんのでいつも通りで構いませんよ」


 コイツ本当に人か?


「――で? 紗雪は告られてんのか?」

「失礼しました。足りない言葉を付け加えます。『ほぼ』告白と言った所でしょう」

「『ほぼ』?」

「恐らくは『明日のマラソン大会で1位を取ったら俺と付き合ってくれ』みたいなノリかと。明日のマラソン大会で1位になった者は想い人への告白が成功すると言われておりますので」

「ここでもその話か……」


 皆、そういう話好きだねぇ。


「しかし、このパターンは初ではないでしょうか? 大体の方は当日に告白をするパターンらしいですが」

「あの子は紗雪の事が相当好きって事か? うへぇ。モテるねぇ紗雪は」


 ま、めちゃくちゃ可愛いもんな紗雪。近くに雫がいるから麻痺してしまってるけど、あれでコミュ力抜群で、気さくで優しくて、バスケ出来るってくりゃモテるか。


「彼は陸上部のカリスマ小林さんですね。かなりモテるみたいです」

「まぁ同性から見ても顔はカッコ良いな」


 そう言うと雫はムカつく顔を俺に見せながら肩に手をポンと置いてくる。


「クラスでもたまに話題に上がる男子です」

「何? 今の間?」

「弱小のウチの陸上部ですが、彼個人の実力は結構あるみたいですよ」


 俺の質問は無視らしい。もうどうでも良いや。


「なので、まず彼が優勝で間違いありません」

「なるほど。紗雪への思いと明日への自信が混ざり合って早漏な決断に至ったと」

「――しかし、油断は出来ません」

「なんの?」


 俺が聞くと雫が真剣な顔で見てくる。


「時人様が優勝してしまったら大変な事になります」

「なんで?」

「考えてもみて下さい。歴代の優勝者達は1位になったら告白をしてるのですよ? もし、室壁 完士さんが他の人を妨害し、時人様を1位にさせてしまったら、時人様は瑠奈さんに告白しなければならないかも知れません」


 その言葉に俺は笑ってしまう。


「考え過ぎだろ。それに1位になっても告白なんかしなきゃ良いだろ」

「――果たして、時人様のその豆腐メンタルで、伝統という流れを断ち切る事が出来ますか?」

「それは――」

「考えて下さい。時人様が1位になるとします。室壁 完士さんが何か手を打って瑠奈さんを差し向ける事でしょう。噂は2年全員に広まっています。そんな1位に注目する中、何もしない」

「――シラけるな。つか1位なのに地獄じゃねぇかよ」

「あら? そでしょうか?」


 意外にも雫は珍しくロマンチックな表情を見してくれる。


「告白したい人のきっかけになって私は嫌いではありませんよ」

「そんなもんか?」

「そんなものです。現にあれが良い例ですよ」


 雫が指差した方を見て納得してしまう。


「皆、恋してんだな」

「そうですよ。恋してるんですよ」

「雫も?」

「私は――」


 雫が珍しく声を詰まらせてしまうと『そーこーのーふーたーりー』と声がしてお互い肩がビクッとなる。


「何してんのよ?」

「あ、あはは」

「あはは」


 俺と雫は苦笑いしか出来なかった。しかし、珍しいな雫センサーが発動しなかったとは。


「ごめんごめん。紗雪がなーんかフワフワな雰囲気で男の子と喋ってるから告白かなー? とか、なんとか」


 雫に合わせて俺も「そうそう。うんうん。それそれ」と言っておく。


 そう言うと「全く……」と溜息混じりで言われる。


「人のプライベートをあんまり見ちゃダメだよ?」


 まるでお姉さんの様に言ってくる紗雪に「はーい」と子供みたいな返事をする俺達。


「罰として時人くんジュースね」

「――え?」

「罰だよ罰」

「まぁ……しゃーないか」


 悪いのは俺だしな。


「ありがとう堂路くん」

「いや、この流れで星野に奢る意味は分からん。つかお前も紗雪に奢れよ」

「何? 女の子に罰受けさす気?」

「時人くんサイテー」

「お前らホント良い性格してんな、ちくしょう共が」


 結局俺は雫の分のジュースも買わされる羽目になった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ