社長令嬢の朗読
今日と言う日が来るのが分かっていたのなら、やれる事は沢山あったはずだ。
もっと彼女達の事を考え、もっと深く彼女達を知り、もっと寄り添えたはずだ。
そうする事で俺の純白の思いは天井という大空へと飛び出せたのかもしれない。いや、その飛距離は人間じゃ無理か……。
別れというのは唐突にやってくる。これも春という季節の運命なのだろうか……。
1日の始まりが天使達との別れからスタートしたので、俺の気分は曇り空が広がっていた。
俺がツバメ飛行よりも低い気分に陥ったのも、全て奴のせいだ。
2年F組に入り、教室の中央で女子達と猫かぶって会話を楽しんでいる破壊神を軽く睨む。
あの野郎……悠々と朝っぱらから女子会みたく「ウチらサイコー」みたいな雰囲気出しやがって……。
天使達の恨みを晴らす為に「雫のおっぱいAカップー」って公言して、めちゃくちゃ微妙な空気を創造してやろうか? ああん?
ちなみに天使達は全員Eカップ以上だったぜ! ボケ! お前如きが手を出して良かった相手じゃあ無かったんだぞ? おおん?
――しかし、後が怖いのと、そんな勇気を俺は持ち合わせてなかった。
「お、今日は1人かー」
「なんだ? もうおしまいー?」
そんなクラスの奴等の声が聞こえてくるが「おはよ……」と暗く挨拶を交わす。
金曜日に瑠奈と一緒だった事の続きでいじってきているんだろうが、今の俺にはそれに応える応力はない。
「おはようございます。時人君」
透き通る様な声が俺の右耳に入ってくる。
「あ、ああ……おはよう」
そういえば瑠奈は隣の席だったな。
「どうかされましたか? 何処か元気がないような……」
流石に「メイドにAV全部消された」とは言えないので、軽く笑って対応する。
「あはは。朝は得意じゃなくて」
「そうなんですね。私、朝は得意ですので、通い妻でもしてさしあげましょうか? なんちゃって」
おうおう。来るねー。朝から来るねー。こんなん裏の事知らなかったら逝っちゃうわ。
――いや……。待てよ。
瑠奈はスタイルが良い。
胸もかなり成長を果たしている。高校生でこのスタイルは最高級じゃないか?
この顔、このスタイルの子が通い妻をしてくれる?
いや、通い妻と言わず、通いメイドでも良いよ。メイド服を着て――。
『時人君。朝ですよ?』
『んー。まだ眠いよー瑠奈ー」
『もーそんな事言ってたら遅刻しますよ。ほら、学校行きましょう。ね?』
『今日は良いだろ……。瑠奈も……な? 一緒に寝ようよ』
『うふふ仕方ありません。では失礼して』
『うわーい。ふかふかだー』
『もう時人君は甘えん坊さんなんですから』
――良い! 非常に良い! 最高だ。それが裏があろうと演技でも何でも良い! つか、演技で良い! 俺の天使達もぶっちゃけ演技だったしな!
そもそも雫はメイドらしくないんだ。顔はワールドクラスで良いかもしれないが、顔が綺麗=メイドに向いてるって事じゃないから。メイドたるものご主人様を喜ばさないと。胸とかね。
「――はっ!」
「どうしました?」
「いや、ちょっと寒気がした気がして」
何となく雫の席を見るとドス黒いオーラが出ている気がした――いや、出ていた。何、あの子、背中に目でも付いてんの?
いつも感謝してます。いつも感謝してます! いつも感謝してます!!
心の底から震え上がる様に思っているとドス黒いオーラが消えた。
ふぅ……。何とか耐えたみたいだ……。こえぇ……。
いかんいかん。天使達の別れがショック過ぎてあらぬ妄想をして流される所だった。恐ろしい女だ一ノ瀬 瑠奈。
改めて心の紐をギュッと締めていかないと。
♦︎
いつもギリギリに学校に来るので、俺が席に着くと、すぐに朝のHRが始まり、担任の葛葉先生が出席と軽く連絡事項を伝えてくれる。
そして1限は葛葉先生の国語なので、そのまま授業が始まった。
「――あ! 堂路くん!」
授業のチャイムが鳴り響く中、先生が俺の名を呼ぶ。
「一ノ瀬さんの教科書まだ来てないから、今日は見してあげてね」
「え?」
反射的に俺は瑠奈を見る。すると、申し訳なさそうな顔をして言ってくる。
「すみません時人君。お隣失礼します」
「あ、ああ。うん」
瑠奈は少し空いていた席の空間を詰めて、俺の机と引っ付ける。
机同士を引っ付けるなんて、小学生以来だな。
教科書がないなら仕方ない。
俺は自分の席の上に広げていた国語の教科書を、自分と瑠奈の机の真ん中に置いて2人で見れる様にする。
「はーい! じゃあ教科書20ページの段落から――」
別に何ともない、いつもの授業が始まる。
何ら変わらない国語の授業。先生が誰かを指名して教科書を読ましたりして、読み終えたら解説が入る、いつもの授業風景。
違うのは俺の状況だけ。
何、この子。めっちゃ良い匂いするんですけど。
髪? 髪の毛? 髪の毛のシャンプーの匂い?
それとフェロモン? 女性特有のフェロモンの匂い? なに? なんなの? こんなの童貞にはキツ過ぎるよ。匂いだけでおかわり出来ちゃうよ。
まさか構えてない時に接近したから予想外の攻撃を受けて狼狽えてしまう。
案内の時も、買い物の時も、ここまで近く無かったから、この距離だと瑠奈の破壊力を思い知る。なんという男殺しの匂いを放つんだこの小娘は!
思い出せ、雫だってめちゃくちゃ良い匂いだ。言ったら半殺しにされそうだから言わないけど、雫の匂いを思い出せ――。
そんな俺の思いを知っているかの様に、瑠奈は髪の毛を左耳にかける仕草をしてくる。
その時にふわりと心地良い香りがただよって俺の息子が元気になる。
「――次を堂路くん。読んで下さい」
「え!?」
ちょっと待ってくれや先生。今、席を立つと下半身がテントを張ってるのがバレてしまうじゃあないか。
それがバレでもしたら『股間キャンピング野朗』の称号を得てしまい、俺の高校生活に支障がきたす。
つか、先生も気を使え! こんな美少女とこんな距離になったらセンサー反応するに決まってるだろ。思春期男子なめんな!
「あ、堂路くんは教科書見せてあげてるから座ったまま読んで良いよ」
女神! 三十路の女神! あんた最高だよ! 分かってんじゃん。思春期男子の事理解してるのはアンタだけだよ。
先生の指示通りに言われた所を朗読する。
何処かの小説の切り抜きの部分。
隣の瑠奈との距離が近過ぎてちょっと緊張したけど、特に噛む事なく無難に読み終わる。
「――はーい。ありがとう。それじゃあこの段落のポイントだけど――」
先生が黒板に板書し始めた頃に瑠奈がこっちを見て言ってくる。
「凄く耳に心地良い朗読でした」
「――そ、そう?」
急に褒められたから、ちょっとニヤけてしまった。
「はい。それはもう……。ずっと聞いていたくなる様な朗読で……。ふふ」
うっとりとした表情で言ってくる。
見え透いたお世辞――だが、分かっていても嬉しいものは嬉しいものである。
「――じゃあ次を一ノ瀬さん。読んで下さい」
「はい」
俺の次に瑠奈が当てられる。
瑠奈も俺と同じく座りながら朗読を開始する。
元々、癒しの声の持ち主の瑠奈だから、これが朗読となると、何だか森林の中、木漏れ日の下で小鳥の囀りを聞いているかの様なで心地良かった。
「――あ……。これは――」
朗読最中に先生が声を出してしまう。それを無視して瑠奈は右手を右耳に持っていき「啄木鳥は――」と止まらず朗読を進めた。
これ、キツツキって読むのか。よく読めたな。
「――っと……。ありがとう一ノ瀬さん。凄いね。よく読めたねキツツキ」
「いえ……」
瑠奈は容姿端麗で透き通る様な声を持っているだけじゃなく、頭も良いんだな。
弓道部だったって言ってし、スポーツも出来る万能型お嬢様?
「――どうかされましたか?」
感心して見てしまっていると、首を傾げて言われてしまう。
「あ、いや……。瑠奈の方こそ朗読上手いし、キツツキなんて漢字すんなり読めるし凄いじゃないか」
「たまたま前の学校で習った事が出てきただけの事です。運が良かっただけですよ」
そう言う割に何処か誇らしげな表情に見えた気がした。
「私はやはり時人君の声をずっと聞いていたいですね」
ゴリ押しの様に俺の声を褒めてくれる。
まぁホント、悪い気はしないよね。




