こんにちは便利機能。さようなら天使達
我が堂路家にはしきたりがある。
しきたりというと堅苦しい気がするが――まぁウチの曾祖父が作った物だ。
『堂路家に生まれし者。謙虚な心を忘れるな。人を尊重し、人を尊敬し、人を敬愛するべし。決して横暴で傲慢な態度を取る事なし』なんて言葉がある。
ウチの曾祖父は大企業の社長の息子として生まれ育った。
何不自由なく育てられた曾祖父の性格は極悪。横暴で傲慢でわがままで金で何でも解決しようとする糞野朗だったみたいだな。
しかし、天はそんな彼に罰を下した。
曾祖父が若くして会社を引き継ぐと、業績は悪化。親の七光で社長になった曾祖父には経営の知識は無く、回復する術を知らないので何も出来なかった。そんな無能の社長の下にいつまでもいるはずのない社員達。引き止める人脈も、話術もないダメ社長。
もうダメだおしまいだ。どうしてこんな事に。もっと勉強すれば良かった。もっと人に優しくすれば良かった。もっと――
何もしてこなかった自分を呪い、倒産寸前の諦めかけたその時に1人の男性に出会ったらしい。
男性は曾祖父を諭した。特に人間関係についてだ。
曾祖父はその男性の言葉を胸に刻んで1からやり直そうと思った。
曾祖父は人が変わったかのように、他人に対して謙虚な姿勢を取り、人を尊重し、人を尊敬し、人を敬愛したらしい。
怒鳴られても、嫌味を言われても、その心を無くす事はしなかったらしい。
その結果、少しずつ会社は回復していったそうな。
曾祖父の息子――俺の祖父はまだ会社が回復途中な事もあり、曾祖父の様な裕福な暮らしではなく、一般家庭と同じ様な暮らしだったそうだ。
しかし、祖父は曾祖父の幼い頃と違い、環境の違いなのか、人に優しく、気遣いの出来る人間だった為に、人脈があり、祖父自身、人と話すのが好きなので、人間関係の輪が広がり、自然と知識の輪も広がっていったそうだ。
そして祖父が会社を引き継ぐと、会社は以前よりも大きくなり、今では大手企業グループまでに成長を果たした。
曾祖父は祖父の成長を見て『今後生まれてくる子孫達には息子と同じ、一般的な家庭と同じ教育を』としたらしい。
実際、祖父も親父もその教育を受けて良かったと言っている。
子供の頃からそういう教育だったので世間一般的な視線で物事を考えられる。なので社員とも話が通じやすい。そして社員の良い言葉、悪い言葉が明確に分かり、良い言葉は柔軟に取り入れて、悪い言葉は共に話し合える。
そんな教訓の家系になったので、俺は祖父と親父と同じ様に、昔から普通の小学校、中学校、そして高校と進学して世間一般的な教育を受けている。
彼等と少しだけ違うのは、高校生で家を出た事だ。
それには俺の事情と雫の生い立ち、そして親父の提案によるものが合わさっている。教育としては普通の公立校なので問題ないとの事だ。
簡単な話、俺達堂路家は世間一般的な視線で世の中を見れて、世間一般的な感性を持っているからこそ、ここまで大きな企業になったという考えだ。
勿論、堂路家が全て正しい! という訳ではない。
成功の形は1つではないから。
人の上に立つ者は幼い頃から、人の上に立つ教育をしている所だってある。
上に立つ者の視線や感性は世間一般的な物であってはならない。社員と同じ目線等ダメだ。社員は上に立つ者の為に言う事をきけば良いと謳う企業もある。
悲しいが、それで成功している企業もあるのが現実だ。
だが、社員を大事にしない企業なんてあってはならない。社員をぞんざいに扱う企業は自ずと地獄への門を開いて行っている事に気が付いていないのだろう。
ただ、矛盾――に近い所がある。世間一般的な思考は持ち合わせているが、家は世間一般的な家ではなく豪邸である。そこら辺はどうなの? と思うが、その事に関しては祖父が一言放っている。
「小さい頃から広い家に住むのが夢だった」と。
ならしゃーないか……。
幼い頃からの教育が行き届いているし、それを親父や俺にも植え付けているから、大きな家に住んでいるからと言っても性格が変わる訳じゃない。――って事で良いのかな……。
しかし、一般的な教育ならば、暮らしもそれに合わせてくれれば良かったと思う時がある。
親父は上手く世渡りが出来ていたみたいだけど、俺は――。
♦︎
「――時人様……」
揺れる身体と聞き慣れた声が聞こえてくる。
「起きて下さい。時人様」
この冷めた声が聞こえてくるという事は、もう朝か……。
そう思い目を開けようとしたが、いつもの朝よりも瞼が重い。
「早く起きないと、ベッドの下のエロ本を消す炭にしますよ?」
「――エロ本は……時代遅れだろ……。今はスマホで……済ますのが主流だろうが……」
雫の言葉に鈍いが、何とか反応して目を開ける。
「なるほど……。時人様はスマホで済ます……と……」
「――んあ? んー……まぁな……」
「ツッコミは無しですか」
何の事か全く分からない俺はぼやけた視界で枕元に置いてあるスマホを取りとり、見てみる。
「――って、何だよ……。なんちゅう時間だ……。修学旅行の朝かて……」
枕元のスマホに目をやると、まだ6時前である。まだまだ夢の中へ滞在出来る時間ではないか。
逆に、それなのに学生服に身を包んで出る準備を済ましている雫には感服だ。眠い感情とかあんのか? こいつ。
「今日はいつもより1時間半早く起床してもらいます」
「――なんで?」
「色々と説明をしておこうと思いまして」
「せつめー? なんの?」
「とりあえず、その寝起きの顔を何とかして来て下さい。朝ご飯の用意はしてありますので」
そう言い残して雫が部屋を出て行こうとしたので、身体をベッドに委ね2度寝の快楽へ――。
「起きて下さいね」
「はい」
雫が忍者並みの早さで戻って来て、俺の背中を支えてくれる。
まるで俺はお姫様になった様な気分を味わえた。
寝ぼけた頭のまま、ノソノソと学生服に着替えて、部屋を出て、顔を洗い、歯を磨いたが、まだ脳は覚醒しきっていなかった。
だから身体は重く、ノロノロといつもの倍以上の時間をかけて、何とかいつものダイニングテーブルの席に着席する。
「――ふあーあ……。でー? こんな朝っぱらから何?」
「はい。まずはこれを」
テーブルの上に置かれたのは土曜日に瑠奈との買い物の時に使った超高性能ワイヤレスイヤホン型インカム『ツタエルくん』である。
「ツタエルくんじゃん」
「ツタエルくんです。本日より瑠奈さんとの対決の日々が始まりますので、持っていた方が良いかと」
「対決って……」
彼女の楽しんでいる様な大袈裟な言い方に苦笑いしてしまいツタエルくんを左耳に付ける。
「これを常備しろって事?」
「常に――とまでは言いませんが、付けて頂いた方が応用の効く対応が取れます」
「ああ……まぁ……じゃあ付けとくか」
これ、めっちゃ良いイヤホンだから付けっぱなしでも耳が痛くならないし。
「あ、それとスマホをお貸し頂けますか?」
「んー? あいあい」
俺は寝ぼけた声を出して彼女にスマホを渡す。
彼女は慣れた手つきでスマホを操作して、すぐに返してくれる。
「『ツタエルくんアプリ』を入れておきましたので、こちらを起動したままにしておけばスマホを操作せずとも、電話やメッセージのやり取りが出来る様になります。あと、電車の改札の定期券にも連動させておりますので、わざわざかざす必要はなく、そのまま改札を潜れば開く様になりました」
「おおー。何その未来的な機能。めっちゃ便利になってんじゃん」
「他にも色々と機能がありますし、アプリは開きっぱなしでも電池消耗はほとんどありません。また分からない事があれば私に聞いて下さい」
そう言いながら立ち上がる雫。
何て便利な機能付なんだツタエルくん。
これなら常に付けて置いて損はないな。
「――あ、そうそう」
リビングを出て行こうとした雫が振り返り爽やかな笑顔で言ってくる。
「『幼馴染みとの熱い夜〜この夏はマシュマロに包まれて〜』『美人姉妹と終わらない夜〜2つのダイナマイトと共に〜』『イケナイ家庭教師〜大人の勉強教えてあげる〜』等、全てのタイトルは削除させていただきましたのであしからず」
「――なっ!?」
その言葉で俺の脳は完璧に覚醒した。
すかさずスマホを確認するが時既に遅し「――大きいのばっか……。ホントクズ……」とブツブツ呟いて雫はリビングを出て行った。
「しずくうううううう! きさまああああああ!」
朝から俺の何とも言えない叫びがリビングに虚しく響いた。




