第7話
霧は、静かだった。
何も言っていないようでいて、ずっと“何か”を見ている。
弥國の言葉が、空気の中で浮いたまま落ちない。
「弱点が……存在しない?」
凪が思わず繰り返す。
「それ、どういう意味だよ」
弥國は85-M7式自動小銃をゆっくりと構え直したまま、視線だけを霧へ向けていた。
「そのままだ」
「構造がない」
「急所も、核も、分断点も」
「“壊す場所”が存在しない」
「おいおい……それ、無敵ってやつじゃねぇの?」
凪の声に、わずかに焦りが混じる。
弥國は否定しない。
ただ一言。
「違う」
その瞬間。
霧が揺れた。
ほんの一瞬だけ、空気が軽くなる。
まるで“興味”を持ったように。
(観測)
(個体:齋藤弥國)
(認識:非標準)
弥國の視界が僅かに歪む。
「……来る」
短く呟いた直後。
彼の目に“世界の情報”が流れ込んだ。
だがそれはいつもの弱点ではない。
「……これは」
弥國の声がわずかに低くなる。
「弱点じゃない」
「“選別”か」
凪が眉をひそめる。
「選別?」
霧は答えない。
代わりに、空間が“分かれた”。
凪の足元。
弥國のいるビル。
上位個体の戦場。
全部が同時に、別の“層”へとずれていく。
「やば……!」
凪が後退しようとした瞬間。
弥國の声が飛ぶ。
「動くな」
「今動けば、戻れない」
「戻れないって何がだよ!」
「空間だ」
弥國は淡々と答える。
「今、戦場が三つに分割されている」
「は?」
凪の思考が止まる。
遠くで、上位個体の咆哮が響く。
しかしその音は、どこか遠い。
現実感が薄い。
まるで別の世界の出来事のように。
「霧が……分けたのか?」
凪が呟く。
弥國は短く頷く。
「戦闘効率の最適化」
「または」
「観測実験」
その言葉に、凪の背筋が冷える。
「ふざけんなよ……」
「世界を実験場みたいに扱ってんじゃねぇぞ」
その瞬間だった。
霧が、ほんの少しだけ“密度を変えた”。
(否定)
凪の頭に直接響く。
だが今回は、冷たいものではなかった。
むしろ。
少しだけ、柔らかい。
「……否定、だと?」
凪は息を呑む。
「じゃあ何だよ」
霧は答えない。
代わりに。
弥國の視界にだけ、異常な情報が走る。
「……っ」
弥國の表情が、ほんの僅かに変わる。
「凪」
「何だよ」
「お前」
「今、見られてる」
「いつも見られてるだろ!」
「違う」
弥國は静かに言う。
「“評価”されてる」
その言葉の瞬間。
空間の一部が、ゆっくりと“収束”した。
凪の周囲。
弥國のいる層。
上位個体の戦場。
それらが一瞬だけ、重なる。
そして。
霧の中心に“それ”が現れかけた。
形を持つ前の、何か。
凪の喉が乾く。
「……なんだよ、あれ」
弥國は答えない。
ただ銃口を下げる。
「今の俺じゃ、撃てない」
静かにそう言った。
霧が、また揺れる。
まるで。
次の“選択”を始めるように。




