第6話
霧は、ただ静かに揺れていた。
上位個体も。
総隊長メフィストも。
そして朝雛凪も。
その場にいる全てが、一瞬だけその「揺れ」を見ていた。
「……今、笑ったよな……?」
凪の呟きに返事はない。
だが。
霧は否定もしなかった。
「■■■■■■ッ!!」
咆哮。
上位個体が再び動く。
四本の腕が大地を砕きながら凪へ迫る。
「うおっ!?」
反射的に飛び退く凪。
遅い。
間に合わない。
そう思った瞬間。
バンッ!!
乾いた銃声。
雷鳴。
そして。
上位個体の右目が弾けた。
「……え?」
凪が目を見開く。
遠く
崩壊したビルの上。
一人の少年が85-M7式自動小銃を構えていた。
冷たい眼差し。
風に揺れる黒髪。
そして。
感情をほとんど表に出さない顔。
「右目。」
小さく呟く。
バン。
二発目。
今度は左膝。
雷撃を纏った弾丸が肉を抉る。
上位個体の巨体が傾いた。
「……弥國?」
凪の声。
ビルの上の少年、
齋藤弥國は変わらぬ表情で答えた。
「遅い。」
「開口一番それ!?」
「避けるのが。」
「いや避けたわ!」
「不十分だ。」
「厳し!」
「■■■■■■!!」
上位個体が怒り狂う。
だが。
バン。
バン。
バン。
銃声。
雷鳴。
そして。
正確無比な射撃。
「左肩。」
「次、腹部。」
「三秒後に跳ぶ。」
「頭を下げろ。」
「右。」
「前。」
「止まれ。」
「走れ。」
「伏せろ。」
「お前説明不足なんだよ!」
叫びながらも。
凪の身体は自然と動いていた。
何故なら。
弥國の指示が外れたことは、一度もない。
メフィストは黙ってその様子を見ていた。
「ほう。」
赤い瞳が細まる。
「弱点発見か。」
「人間にしては珍しい。」
その瞬間。
弥國の銃口が。
上位個体から。
メフィストへ向いた。
凪の顔色が変わる。
「待て弥國!」
「撃つな!」
「……撃たない。」
弥國は静かに答えた。
「当たらない。」
「いやそういう問題!?」
「賢明だ。」
メフィストは興味深そうに弥國を見る。
「貴様。」
「面白い眼をしているな。」
「……。」
「どうした?」
「別に。」
弥國は85-M7を下ろした。
「今の俺じゃ勝てない。」
「だから撃たない。」
「そうか。」
メフィストは小さく頷く。
「合理的だ。」
凪は思った。
(会話成立してるの怖っ)
その時だった。
霧が。
再び揺れた。
(個体追加確認)
(齋藤弥國)
(解析能力確認)
(適応率測定)
「……っ!」
弥國の目が僅かに見開かれる。
「何だ。」
「お前も聞こえるのか!?」
凪が驚く。
しかし。
弥國は首を横に振った。
「いや。」
「聞こえない。」
「だが。」
「見える。」
「……は?」
弥國の異能。
『弱点発見』
その視界に。
世界中に広がる霧の中。
たった一箇所。
“弱点ではない何か”。
いや。
逆。
「弱点が。」
弥國の声が僅かに低くなる。
「存在しない。」
初めてだった。
彼が。
「理解できないもの」を見たのは。
そして。
霧の奥で。
何かが。
また。
笑った。




