第4話
霧が揺れた、その直後だった。
凪の視界が一瞬だけ“反転”する。
上下でも左右でもない。
意味そのものが、入れ替わったような感覚。
「……っ」
反射的に目を閉じる。
だが閉じても“見えている”。
霧が、情報として直接脳に流れ込んでくる。
(観測継続)
(個体:朝雛凪)
(干渉適性:上昇)
(例外候補:検討)
「……は?」
凪の喉から短い声が漏れた。
例外。
その単語だけが、不自然に“重い”。
ただの言語じゃない。
意味を持った“選別”だ。
霧の濃度が一段、変わる。
周囲の空気がわずかに沈むように重くなり、
地面の破片がゆっくりと浮き上がった。
まるで重力が“再設定”されたみたいに。
その瞬間。
遠くで爆音。
ドンッ、と空気を殴るような衝撃。
霧の外側から、何かが突っ込んできた。
「凪!」
聞き慣れた声が霧の向こうから割り込む。
渡邉雫の声だった。
次の瞬間、霧の一部が“線”になる。
視界が一瞬だけクリアに裂ける。
そこに見えたのは──
崩れたビルの屋上からこちらを見下ろす雫。
その瞳は焦点を結び、何かを必死に読み取っている。
「そこ……ダメ!」
雫の声が震える。
「霧の中心、そこ、今“変わる”!」
(変わる)
凪の頭の中に、その言葉だけが残る。
同時に、霧が再び“動いた”。
今度は静かじゃない。
はっきりとした“意思の移動”。
凪の足元の空間が、少しだけ沈む。
「おい……!」
後退しようとした瞬間、視界の端が切り替わる。
地面がない。
いや、違う。
地面が“別の場所”に繋がっている。
(転位)
霧の情報が流れる。
(再配置開始)
「やめろ……っ!」
凪の声が霧に吸われる。
その瞬間、影が落ちた。
上空。
巨大な“歪み”。
そこから何かが降りてくる。
鋭い音。
空気を裂く雷鳴。
「見つけたぞ」
短い声。
冷たい、計算された声。
霧の外側から現れたのは、一人の男だった。
目が合う。
その瞬間、凪の背筋がわずかに冷える。
(解析開始)
頭の奥で霧が呟く。
(第1軍団長級構造接近)
「ナイトか……」
凪が呟くより早く、男が地面に降り立つ。
雷が空間を走り、霧の一部が弾けるように消える。
だが霧は揺るがない。
むしろ──
楽しんでいるようにさえ見えた。
(干渉試験:続行)
「試すなよ……」
凪の声が低くなる。
その瞬間だった。
空間が“切り替わる”。
霧が濃くなる。
そして同時に、凪の中の“何か”が反応する。
(適応)
(接続)
(例外処理:許可)
⸻
「……は?」
自分の能力が勝手に動き始める感覚。
運命が、勝手に“ずらされていく”。
霧の中心で、ナイトと霧と凪。
三つの意思が、初めて同じ一点で交差する。
雫の声が遠くで響く。
「凪……そこ、“選ばれてる”!」
霧が、静かに言う。
(観測継続)
(変化は良好)
凪は、笑いかけるように息を吐いた。
「……ふざけんなよ」
「全部、見てるつもりか?」
霧が、ほんの少しだけ濃くなる。
まるで答えるように。




