第3話
霧は、音を持たないはずだった。
だが─
朝雛凪には、聞こえていた。
正確には“音”じゃない。
頭の奥に直接流れ込んでくる、意味になりかけの何か。
戦場跡は静かだった。
さっきまで地底人がいた場所は、まるで最初から何もなかったように歪んでいる。
コンクリートは溶けたように形を失い、空気はまだ不自然に揺れていた。
凪はその中心に立っていた。
「……またかよ」
小さく呟く。
霧が、呼んでいる。
そんな感覚があった。
視界の端で、霧が“流れている”。
さっきまでの戦闘とは違う。
何かが終わったあとみたいに、霧はゆっくりと収束していた。
まるで──
片付けているように。
「……何してんだ、お前」
誰に向けたわけでもない言葉が漏れる。
その瞬間だった。
霧が“止まった”。
静止。
空気の流れが一瞬だけ完全に停止する。
次の瞬間、凪の視界に“違和感”が走った。
地面でもない。建物でもない。
世界そのものの“層”がずれている。
(……見えてる)
凪は息を止めた。
霧がただ漂っているんじゃない。
“意図”がある。
流れの方向、濃度の偏り、空間の歪み。
全部が意味を持って配置されている。
そして、その中心に──
何かが“いる”。
「……ふざけんな」
凪の声が少しだけ震えた。
そこには何も“形”はない。
だが確かにある。
意識。
意思。
霧が、凪を見ている。
そうとしか言えなかった。
次の瞬間、頭の中に“言葉にならない情報”が流れ込んだ。
拒絶でもない。敵意でもない。
ただの認識。
(個体確認)
それだけだった。
凪は一歩後ろに下がる。
「……俺をモノ扱いすんなよ」
口から出たのは、ほとんど反射だった。
だがその瞬間、霧が“反応”した。
空気が揺れる。
まるで、少しだけ興味を持ったように。
(適応率:上昇)
また、意味の分からない情報が流れる。
凪の頭の奥がズキリと痛んだ。
霧が“何かを計測している”。
「……やっぱそういうやつか」
凪は皮肉っぽく笑った。
「観察対象ってわけだ」
そのとき、遠くで地面が鳴った。
ズゥン。
地底人。
まだいる。
だが今はそれすらどうでもよく感じる。
霧の“視線”が、地底人へ向く。
凪の中に、はっきりとした確信が生まれた。
(あぁ)
(こいつらも“同じ箱の中”か)
霧は敵を選んでいない。
人間も、地底人も、ただの“要素”として見ている。
その瞬間、霧が動いた。
いや、動いたというより──
“世界が少しだけ書き換わった”。
遠くで地底人の気配が消える。
戦闘音が途切れる。
ただそれだけで、“何が起きたか分からない恐怖”だけが残った。
凪は息を吐いた。
「……これ、戦争とかじゃねぇな」
「もっと嫌なやつだ」
霧は静かにそこにある。
何も壊していない。
何も殺していない。
ただ、“状態を変えただけ”。
そして凪は理解してしまう。
この世界はもう、
人間と地底人の話じゃない。
霧が、世界の“ルールそのもの”になり始めている。
凪の視線が上がる。
霧の奥。
そこに“何かの意図”がまだ続いている気がした。
「……いいよ」
小さく呟く。
「じゃあ、見せろよ」
霧が、わずかに揺れた。
まるで返事をしたように。




