第2話
地底人が動いた瞬間、空気が潰れた。
圧力というより、“意思の重さ”みたいなものが降ってくる。
朝雛凪は反射的に横へ跳んだ。
直後、さっきまで立っていた場所がひび割れ、コンクリートが粉砕される。
(……人間の動きじゃないな)
冷静にそう思う自分がいた。
恐怖はある。
だがそれ以上に、頭の中が妙に“冴えている”。
霧がまた動く。
今度は見える。
流れが線として理解できる。
地底人の腕の動き、空気の圧縮、地面に伝わる力の方向。
全部が“事前に分かる情報”みたいに入ってくる。
(これ、予測じゃない)
(……見えてる)
地底人が踏み込む。
地面が沈むほどの一歩。
その拳が振るわれた瞬間──
凪は最小限だけ身体をずらした。
風圧が頬を裂く。
後ろのガードレールがねじ切れる。
「……っぶな」
思わず声が出る。
今のは偶然じゃない。
確実に“当たる軌道”だった。
なのに外れた。
地底人が一瞬止まる。
霧の奥で、視線が変わった気がした。
“理解された”というより、“計算外”を見た反応。
次の瞬間、霧が濃くなる。
周囲の視界がさらに歪む。
(やる気かよ……)
凪は小さく息を吐いた。
体が勝手に動く。
霧の流れが“道”として見える。
そこを踏めば避けられる。
そこを外せば死ぬ。
単純だ。
一歩。
地底人の攻撃を避ける。
また一歩。
拳が空を裂く。
そのたびに建物が削れていく。
だが凪には、少しずつ確信が生まれていた。
(これ……戦闘っていうより)
(“答え合わせ”だな)
地底人が低く唸る。
次の瞬間、霧が収束した。
圧縮。
空気そのものが押し潰される感覚。
逃げ道が一気に消える。
(あ、詰んだ)
冷静にそう思った瞬間だった。
凪の中で、何かが“切り替わる”。
霧の流れが一段階深くなる。
ただの視界じゃない。
“構造”が見える。
地底人の動きじゃない。
霧そのものの“流れの癖”が分かる。
「……そういうことか」
小さく呟く。
霧はただ漂ってるんじゃない。
この場の“力の偏り”で動いている。
なら──
凪は一歩踏み込んだ。
あえて、地底人の真正面へ。
「おい」
初めて、はっきり声を出す。
「お前らさ」
地底人の動きが止まる。
「これ、環境保護って言うには」
「やり方、雑すぎない?」
霧が一瞬だけ揺れた。
地底人の反応は読めない。
だが、その“静止”だけで十分だった。
凪はもう一歩踏み込む。
霧の流れの“中心”へ。
その瞬間、視界が跳ねた。
情報が一気に流れ込む。
霧の構造。
自分の身体の変化。
地底人の力の源流。
そして──
“自分もこの霧に適応している側”という事実。
凪は、軽く笑った。
「……あー」
「これ、めんどくさいやつだ」
地底人が動く。
今度は本気。
霧が一気に収束し、空間が歪む。
だが凪は、もう避けなかった。
見えているから。
そして理解してしまったから。
「じゃあさ」
「一回だけ試すぞ」
凪は霧の“流れの結節点”に手を伸ばす。
そこを“ずらす”。
ほんの少しだけ。
世界が一瞬、ズレた。
地底人の攻撃が空を切る。
霧の圧が崩れる。
バランスが壊れる。
次の瞬間、地底人の巨体が一歩よろめいた。
凪はその隙を見て、小さく息を吐く。
「……ほらな」
「自然ってのは、ちょっと動かすだけで崩れるんだよ」
霧が静かに揺れていた。
世界はまだ終わっていない。
だが確実に──
“戦える側”が増え始めていた。




