第16話
白と黒の狭間が、ゆっくりと“呼吸”を始めていた。
崩れたはずの裂け目は消えていない。
むしろ、そこから世界が“再構築”されている。
「……終わってねぇな」
凪が低く呟く。
弥國は銃を下ろさないまま答える。
「始まってすらいない」
メフィストは一歩前へ出る。
その足音だけで空間が軋む。
「霧は戦っているのではない」
「調整しているだけだ」
「調整って何だよ……」
凪の声は乾いている。
その瞬間。
黒の裂け目が再び開く。
今度は“形”を伴って。
現れたのは、先ほどとは違う。
人型。
だが完全な人間ではない。
輪郭が揺れている。
まるで現実に馴染めていない存在。
弥國の目が細くなる。
「……複製体か」
その“存在”はゆっくりと顔を上げた。
そして。
凪と目が合う。
「……俺?」
凪の声が漏れる。
そこにいたのは。
自分の“模倣”。
だが違う。
感情がない。
ただ正確に“朝雛凪”として振る舞うためだけの存在。
「またかよ……!」
凪が一歩下がる。
「今度は何人目の俺だよ!」
メフィストが静かに言う。
「霧は“個体”を増やしている」
「観測対象の精度を上げるためだ」
「精度って……俺らデータ扱いかよ」
弥國が短く銃を構える。
「弱点はある」
「どこだ」
凪が即座に聞く。
「“本体”との接続」
「切れればただの空虚だ」
「それ早く言え!」
バンッ!!
弥國の銃声。
雷撃弾が複製凪へ向かう。
だが。
命中直前で弾が逸れる。
空間が“ズレた”。
「……っ」
弥國の目が僅かに動く。
「修正されている」
複製凪は静かに一歩踏み出す。
そして。
口を開く。
「排除対象を確認」
凪の背筋が冷える。
「おいおいおい……俺こんな口調じゃねぇぞ!」
メフィストが低く笑う。
「似ているだけだ」
「だが十分厄介だな」
その時だった。
凪の頭に、直接“感覚”が流れ込む。
(接続:複製体)
(本体位置:不明)
「……は?」
凪が顔をしかめる。
「今の……俺の能力か?」
弥國が短く言う。
「違う」
「霧が“使わせている”」
空間が震える。
白と黒の境界が、少しずつ溶け始める。
メフィストが静かに言う。
「来るぞ」
「何がだよ」
その答えはすぐに来た。
複製凪が、一歩踏み出した瞬間。
世界が“同期”した。
(観測対象:統合開始)
凪の視界が揺れる。
弥國の視界も揺れる。
メフィストの存在も一瞬だけズレる。
「……おい」
凪が息を呑む。
「何だこれ」
弥國が低く言う。
「“同化”だ」
「同化って何とだよ!」
弥國は複製凪を見たまま言う。
「お前と」
沈黙。
そして。
複製凪が、静かに笑った。
「統合を開始します」
白と黒の世界が、完全に崩れ始めた。




