第15話
白の世界に走っていた亀裂は、すでに“空間”ではなかった。
それは、境界そのものだった。
「来るぞ」
メフィストの声は低い。
凪は反射的に構えようとして、そこで気付く。
「……何をだよ」
「“答え”だ」
弥國が舌打ちする。
「ふざけた言い方をするな」
「本当にそうだ」
メフィストは霧の裂け目を見据えたまま言う。
「これは戦闘ではない」
「選別でもない」
「……確定だ」
「確定って何のだよ!」
凪の叫びに、返事はすぐに来なかった。
代わりに。
黒の中から、“何か”が伸びる。
形のない線。
いや、線と呼ぶには曖昧すぎる。
概念が引きずられているような感覚。
弥國の目が細くなる。
「見えない」
「当たり前だ」
メフィストが短く返す。
「それは“存在”ではない」
「じゃあ何なんだよ!」
凪の声が少し震える。
その時。
黒の中から、声が落ちた。
(再定義開始)
「……再定義?」
凪が繰り返す。
霧が、答えるように揺れる。
白い空間そのものが、わずかに歪む。
(個体:朝雛凪)
(個体:朝雛凪)
(個体:朝雛凪)
「またそれか!」
凪が苛立ちを吐き出す。
「何回俺を見てんだよ!」
弥國が静かに言う。
「違う」
「見ているのはお前じゃない」
「は?」
「“朝雛凪という定義”だ」
その瞬間だった。
黒の裂け目から、手が伸びる。
いや、手ではない。
“掴むという概念”そのもの。
そして。
メフィストが一歩前に出る。
「来るな」
短い言葉。
だが空間が軋む。
バキンッ!!
空気が割れる。
霧とメフィストの力が真正面から衝突する。
凪は思わず後ろに跳ぶ。
「おいおいおい!?」
「これ戦いの規模じゃねぇだろ!」
弥國はすでに銃を構えている。
「凪」
「何だ!」
「“運命支配”を使え」
「どこにだよ!?」
弥國の視線が、裂け目を指す。
「“当たる未来”を作れ」
凪の息が詰まる。
「……無茶言うなよ」
だが。
黒い“概念の手”はすでに伸びていた。
メフィストの結界をすり抜けるように。
現実を無視して。
「くそっ……!」
凪は歯を食いしばる。
(視界内……視界内……!)
黒の裂け目。
そこにある“存在”。
それを“見た”瞬間。
何かが繋がる。
(運命干渉)
世界が一瞬だけ静止する。
凪の視界に、未来が流れ込む。
・回避するメフィスト
・撃ち抜く弥國
・崩壊する裂け目
その中で唯一“成立する結果”。
「そこだ……!」
凪が叫ぶ。
「弥國!」
バンッ!!
雷撃弾が放たれる。
狙いは“存在”ではない。
“結果”そのもの。
一瞬遅れて。
裂け目が弾けた。
黒が揺れる。
概念の手が崩れる。
しかし。
霧は消えない。
むしろ。
静かに“見ていた”。
(再評価)
(成功率:上昇)
「……今ので上がったのかよ」
凪が息を吐く。
メフィストが低く呟く。
「まだ序章だ」
「序章って……」
凪が言いかけて止まる。
黒の中に。
“もう一つの声”が重なった。
(観測継続)
(選択未完了)
そして。
白と黒の狭間で。
世界はまだ、終わりを決めていなかった。




