表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『始原の帰還者、札幌でひっそりお弁当屋を始めます〜深層の魔物で作った『魔素抜き弁当』が美味しすぎると探索者たちの間で話題な件〜』  作者: 姫宮澪
不死者の冤罪【五食目】本日のメニューは「悪魔的レッド・シャークの幽庵焼き弁当」です。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

91/135

エピソード90 悪魔的レッド・シャークの幽庵焼きと大食い魔人【生還記念の極上BBQの裏で、再び不条理の足音を聞くお弁当屋のシェフ】

 ……罪とは、多分。


 作り出された思想の中にあって、自分を証明するものかもしれない。


 先にある景色を見ようとすればするほど、現実の世界で軋轢となって、周りの人たちとの共存が乱れてしまう……。


 ……好奇心と、そして――後悔。


 抑えられない衝動という獣が、理性を奪うとき、人は誰でも正しさを狂わせてしまうのだろう。


 ジュワッ! ブワッ……。


 愛用のペティナイフが虚空を裂き、閃く光の斬撃が分厚い肉の塊を相手に対峙する――衝動だった。

 無心……好奇心を超えた境地の世界の内側で、僕はかつて死闘を遂げた魔物との一騎打ちを始めていた。


(レッド・シャーク……!)


 肉の塊に、ずぶりと重厚な串を打ち付け、燃え上がる魔力の宿った溶岩石の塊の眠る火の海へとダイブさせる。


 金網に乗ったまま、なおも踊り狂う、かつてのライバルは、空飛ぶ赤い鮫である。


 ポタリ……ジュ、ジジッ……。


 紅蓮の炎で焼かれた肉の表面。その内側から溢れ出す凝縮した旨味が炎の海へと滴り、香ばしい蒸気に変わる。


 ごくり……誰かの喉が鳴った。


 バーベキュー仕様にしたキッチンカーの正面には、朱里、栞奈、忍、そして、ナッツの姿もある。

 ここは今、僕のキッチンスタジアムだ。主役たちを送り出すように、溶岩石の敷き詰められた調理場と、分厚い魔晄鉄鉱で作られた鉄板の上で背徳の死闘を繰り広げていた。


「それは、何だ……」

 目を見張る炎の演出に、栞奈が呟く。

 だが、期待を裏切るのが僕のやり方だ。無言のまま、熱した肉の上に、特製つけダレを豪快にぶちまけた。


 一瞬、視界が真っ白になるほど、旨味の蒸気が暴力的な食欲をそそる。


「今日のお弁当は『悪魔的レッド・シャークの幽庵焼き』になるよ」


 漆黒のタレが金網の上で激しく焦げ、レッド・シャークの身が極上の照りを帯びたその瞬間、僕の左手が動いた。


「仕上げはこいつで決まり……」


 掴み出したのは、ずっしりと重い『魔牛の新鮮モッツァレラチーズ』の巨大な塊だった。


 豪快に引き裂くと、沸き立つタレの海へ、容赦なく投げ込む。


――ジュゥゥゥゥッ!!!


 深紅の肉、漆黒のタレ、そして純白のチーズが熱く燃え上がる金網の上で衝突する。猛烈な熱を浴びたモッツァレラは、瞬く間にその輪郭を失っていく。


 ……今だ!


「おおおおおおおおっ!」

 ほぼ同時だった。観客たちからの熱い声に応えるように、仕上がった空飛ぶ鮫から名を変えた、『レッド・シャークの幽庵焼き』が白い飯の上に重ねられた。


「お待たせ、レッド・シャークの幽庵焼き弁当の出来上がり」


 弁当には、キラー・トマトの蜂蜜漬けとエッグ・ミミックの卵焼き、それに忘れてはならないのは、ウォーター・ウィードの佃煮だ。


 ハクリュウ弁当特製、悪魔的背徳の幕の内弁当の完成だ。


 罪は意識であって、形のあるものでもない。


 背負うか、下ろすか……持とうとしないか……。


 人の意識で決まるのだろう。


「ううっ……どうしよう。すごく美味しそうだけど……高カロリー」

 朱里が弁当と向き合いながら、彼女と彼女自身の中に閉じ込めた好奇心という誘惑と戦っている。


 罪には重さはあっても、罰にはそれがない。

 自分で選択した結果がやってきたに過ぎず、罪と罰は相対していないからだ。


「私は全然気にならないです。どんだけ食べても太らない体質だから」

「むぅっ……」

 無尽蔵な忍の一言に、朱里はぷぅと頬を膨らませる。


「ボクも気にしてないぞ。美味しいものの前には正直に生きることに決めてるんだ」

 そう言ったのは栞奈だ。


 ……それも一理ある。無闇に制限をかけて生きるよりも、自分の気持ちに正直になったほうが平和でいられるというものだ。


「ナッツさん。やっぱり、肉が好きだね」

 ガシガシガシガシガシガシ……。

 網焼きしたキラー・ベアのスペアリブにかぶりつきながら、白い猫がふと顔を上げる。


『何か言ったか……?』

「何でもないよ。サラマンダーの火炎焼きもあるけど、食べる? そこにたっぷりのメープル・スモーキーBBQソースを乗せてさ」

『何を言うか……食べるに決まっている』

 なぜか自信満々に言うナッツに僕は苦笑した。


「えー、焼肉もあるんですか。ズルいです。私も食べたいです」

 ……出たな、大食い魔人。

 幕の内弁当をぺろりと平らげ、忍は涼しい顔でおかわりを要求してきた。


 まだ、食材はある……牢獄迷宮プリズンダンジョンの生還記念のパーティだ。


 ざわざわ……ざわざわ……。


(結局、こうなるんだよね)

 お店の前に停めたキッチンカーで肉を焼いていたら、誰もが足を止めてしまう。


 ……本当はお店をオープンするつもりはなかったけど。


 香ばしい旨味に誘われた近所の人たちが、次第に店の前に集まってきていた。


『客たちが騒がしくなってきたな』

 周りの喧騒に気がついたナッツが、キッチンカーのカウンターにひょいと飛び乗った。


 今日のメニューは、レッド・シャークの幽庵焼き幕の内弁当と、ベル・ハウルのトマホークステーキ重、それにキラー・ベアのスペアリブ、サラマンダーの火炎焼き……と。


 ホワイトボードに本日のお品書きを書いてから、僕はオーニングテントの下に椅子とテーブルを並べた。


「いらっしゃい。ハクリュウ弁当へようこそ」


 今日もいつもの日常がきた。

 不条理な世界で、一見窮屈に生きているように思えても、多分、不条理は罪でなく、変化だと思う。

 思い通りにならないことが、明日を作っているのだから……。


「ナッツさん、ちょっと行ってくるね。店番、よろしく」


 僕はキッチンカーを出ると、お店の中に入った。

 静かな厨房には誰もいない。


 ジジッ……ジジッ……。

 と、不規則な機械音が響いていた。


 冷蔵庫をちらりと見る。恐る恐る扉を開くと……そこに、ダンジョンはなかった。


「お弁当屋さん……」

「忍? サラマンダーの火炎焼きはもう少し待っててね」

「そうではなくて……――」


 ざわつく外の喧騒が、いったん時間を止めたように静かになった。


 そして……――。

【五食目・完結のお知らせと御礼】


いつも『始原の帰還者』を読んでくださり、本当にありがとうございます。


エピソード90をもちまして、牢獄迷宮と忍の能力を巡る物語――「五食目」が無事に完結いたしました。


不死者の冤罪の一話目となる展開ですが……


この物語を書き進める中で、私自身の中でも、どうやらひとつのテーマがはっきりと形になってきました。


描きたい世界の中で、そこに物語があって、物語を通して、伝えたい想いが隠されていて……


それは、思い込みや不条理といった目に見えない「思想や概念」が物理的なダンジョン(理)として立ちはだかり、湊たちが「お弁当屋さん」という命をつなぐ物語をつむいでくれる。


高カロリーな悪魔的お弁当を前に罪悪感と戦う朱里たち、シリアスなことわりと、食欲という日常のギャップを、これからも皆様に美味しく味わっていただけたら嬉しいです。


物語の最後、静まり返った厨房で不規則な音を立てる冷蔵庫……。

平和な日常に戻ったハクリュウ弁当に、早くも次なる変化スパイスが訪れようとしています。


次回からは新章「六食目」のスタートです!


湊たちが次にどんな概念と出会い、どんなお弁当を作り上げるのか。引き続き、キッチンスタジアムの様子を楽しみにしていただければ幸いです。


これからも応援よろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ