エピソード89 偽りの王座と死を反転させる真の王【無事に生還を果たし、手に入れた規格外の食材で次のメニューを考える元最強のシェフ】
……黒つぐみは、王の身代わりを探していた。
――断頭台に自らの命を差し出す者……。
タッ……。
誰かのために生きろ、なんて言わない。自分の人生に自信を持って生きていれば、報われるとまでは言わないが後悔はしないだろう。
突き立てられた槍を背に、忍は石畳の上にうつ伏せで倒れたまま……動かなかった。
……自らの意思で忍は決めたのだろう……か。
『……ミナト。向かうぞ』
強烈なナッツの念話が僕の脳に突き刺さる。
……珍しいな。ナッツさんが焦っているなんて。
素早く。地面に足音を隠し、スケルトンリザードたちの群れの中に飛び込んでいく。白い猫が放った不可視の黒い霧が、無数の細長い槍の形に変化した。
「ギギッ、カタカタカタカタ……」
硬質化された黒い槍は、次々とスケルトンの空っぽの身体を貫き……。
『効果がないだと――』
「相手は肉体を持たない魔物だからね」
一瞬、よろめきはしたが、リザードたちはすぐに体勢を整え直して、手に持った銀の槍をこちらに向けて構えた。
「カシャカシャ、ギギッ」
多分――司祭が歓喜しているのだろう。勝利を確信した司祭が高らかと笑ったように見えた。
たと、たと……背を向けた司祭が王座へと近づいていく。後ろの気配に気がつき、ふと立ち止まった。
「その王座に座るのは、あなたではないです」
小さな声が地面のほうから漏れる。
『……どうなってるんだ?』
白い猫が言葉を発して、そのすぐ後に――司祭の背負った骨組みだけの翼が、ぴくりと跳ね上がる。
「ガギッ! ガ、ギギッ」
何を言っているのかよくわからないが、目の前にゆっくりと身を起こした、槍の刺さったままの少女に焦りと恐怖を感じているのだろう。
チャリン……と、地面の石の上に、6ペンスの銀貨が散らばった。
「その席は、私のものです」
一歩――よろりと起き上がった忍が、司祭に近づく。
「捕らえよ! あの者は、偽の王です」
ビシッ、と指を差す。胸に突き刺さった槍が地面に放り出される。穴の空いているはずの体は、光の粒子が傷を塞いでいった。
忍の声に呼び覚まされたスケルトンリザードたちは、冠を被った司祭を取り囲んだ。
「ご苦労……」
リザードの一人に渡された冠を手に取ると、忍は王座に座った。
「これより、真の王である私が命令します。今すぐにポータルを開きなさい!」
冤罪者という王座に座る者が――真の王となる……。
『何がどうなってるんだ……?』
「終わったんだよ。牢獄迷宮が攻略された……」
大方、黒つぐみたちに命を狙われた王は、自分の命を守るため、偽の王を作り、断頭台に立たせるのが目的だったのだろう。
……そうすれば、牢獄迷宮の支配権を得られるからだ。
だけど……――。
「私、死なないんです」
忍だ。アンデッドテイカー《不死者の冤罪者》の能力だろう。
「ダンジョンの中では、どんなに致命傷を負っても、絶対に死なないんです」
……それが、アンデッドテイカー《不死者の冤罪者》に課せられた冤罪なのだろう。
もしも、黒つぐみの歌に、不死者の王がいれば、理は簡単に覆る。
「生まれながらにして、死を反転させる罪を背負う者……それが、私たちアンデッドテイカー《不死者の冤罪者》です」
「スケルトンリザードたちも驚いていただろうね……」
「どんな世界にも、形は違っても命はありますからね」
「死なない……って、反則だよね」
「ダンジョンの中だけです」
くるりと振り返りながら、忍は笑った。
「だから、言ったじゃないですか。私の特技は死んだふり、だって……」
無邪気に笑う彼女の顔は、弁当を食べていた少女のものに戻っていた。
……とりあえず――。
「帰ろうか。僕たちの世界に」
「はい」
……残り時間、10秒、9秒、8秒、7秒、6秒……。
ぱっ、と開いたポータルの中に僕たちは飛び込んだ。
光に包まれた。一瞬だった……――目の前が白色に統一されて、何も見えなくなる。
ふわりと肉体が浮かび上がる感覚のあと、朝に煮込んだスープの香りが鼻腔を包み込んだ。
そっと目を開けると、そこには……――。
「……朱里さん。とりあえず、その振り上げた双剣を下ろしてもらえると助かるんだけど」
今にも、砂時計をぶった切る構えを取った少女が、転送された厨房の中にいた。
……とりあえず、帰ってきたんだ。という実感とともに、暴走気味な朱里を全力で止めている栞奈の姿を見て、ほっとした。
「湊さんっ! 良かった……このまま、本当に閉じ込められちゃうんじゃないかと思ってた」
……刀剣をぶんぶん振り回しながら近づいてくると怖いから、獲物は下ろそうか。
「ただいま帰りました。無事に牢獄迷宮は攻略です」
忍はにっこりと微笑みながら言った。
……冷蔵庫は――。
「良かった。何ともない」
ばた、と冷蔵庫の扉を開けるが、先ほどまでどよめいていたダンジョンの渦はなくなっていた。
その代わりに、ラウンドホークのハンバーグが皿に入ったまま置かれている。
「みんな、おなか空いてない? ごはんにしようか」
僕はハンバーグの皿を取り出して、調理台の上にコトリと、置いた。
……牢獄迷宮で仕入れてきた食材で、今日はどんな料理を作ろうかな……。
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