エピソード87 黒つぐみの暗号と冤罪の断頭台【理不尽な生贄の理《ことわり》をひっくり返すため、残り40分の脱出劇に挑む元最強のシェフ】
消炎の後……――空気を震わせる熱の層が、その力を徐々に放出させていく。
スッ……。
螺旋を描きながら、熱の渦が気流を作る。石畳の石面をなぞるように上昇して消えた。その後で……。
「ああああっ……私のお金たちが……」
ゆらゆらと舞い散る紙幣たちは、忍の目の前で、空間の中に消えていった。
「今のは……――」
恐らく、火炎系の術式。並の探索者に扱える魔力量ではない。とっさに身を守る盾を生み出した白い猫は、身体を震わせながら、やれやれと周囲を見渡していた。
忍の放った術式で、狼型の魔物たちは一掃されていた。
「忍の能力は、ひょっとしてお金で?」
「そうなんです。だから、使いたくないんです。お金って、命よりも大事じゃないですかっ」
……そうはっきりと言われると、本当に大切なものがよくわからなくなる。
忍が能力を使うには、触媒となるお金が必要になるわけか……どうりで、逃げの一手でダンジョンを解決しようとするわけだ。
「今の術式は、火炎系か……」
「ううぅ、探索者の報酬は微々たるもの……ダンジョンに入る度にお金を使うと、全部がサービス残業扱いになるんです」
「……そう言われてみれば、難儀な能力だね」
「うくっ……しくしくしくしく……」
落ち込みまくる彼女の背中を見ながら、僕は祭壇に目を向けた。
冠を持つスケルトンリザードがいた場所だ。
『……銀貨か』
石の台座に、数枚の貨幣のようなものが散らばりながら置かれていた。一つを持ち上げてみる。さほど重くもない。質感は銀貨なのだろうか……?
台座の上にひょいと飛び乗りながら、ナッツは肉球でコインを転がしていた。
「王様と盾の図柄の装飾……」
どこかで見たことがある。イギリスの貨幣だろう……か? だとすれば、何百年か前のものになるだろう。
……じゃあ、この銀貨は6ペンスか。
『何かわかったのか……』
台座の周りをくるりと一周しながら、ナッツは僕の顔を見上げて言った。
「…………」
僕は何も言わずに、散らばった銀貨を集めながら、一枚ずつ数えていた。
……冠の司祭……黒いローブ……囚われた魔物たち……ベルの魔物、そして……散らばったままの6ペンス。
スケルトンリザードの目的と、牢獄迷宮が示す意味を照らし合わせながら考えていた。
「この銀貨は、私がもらってもいいですか」
ひょっこりと、肩越しからのぞき込んできた忍が銀貨の一枚を手に取って言った。
『金なら何でもいいんだ……』
「何か言いましたか?」
聞こえていないはずのナッツの声に反応するように、忍は僕の顔を覗き込んでくる。
「ナッツさんだよ。僕は何も言ってない」
「猫が喋るわけないじゃないですか」
と、忍には信じてもらえなかった。
ガゴンッ、ゴンッ、ゴンッ、ゴンッ……。
鐘の音だ。何かを知らせるように、激しく打ち付けられた乱暴な鐘の音が、建物の中に響き渡った。
「わ、私は……正当な対価としてお金をもらおうと思っただけで、決してやましい気持ちがあったわけではないです」
何かを勘違いしたのか、銀貨を袋に詰めながら、忍の手がぴくりと止まった。
「……違うよ。これから、何かが始まる合図だよ」
鐘が響くその場所に向けて、僕は急いだ。祭壇の部屋から、音は左奥の通路のほうだ。
鮮やかなステンドグラスの窓の並ぶ先に、外に出るための出入り口が見えた。
カタカタカタカタ……ギギッ、ギッ!
魔物たちの叫び声が聞こえる。通路の先は開けた場所で、先ほどのスケルトンリザードたちの姿もあった。
……儀式か。それとも、証明のためか?
「黒つぐみの話に似ているね」
「何です? それ」
「王の身代わりに、無実の者が町の人に冤罪で処刑される話だよ」
「……冤罪?」
月明かりに照らされた中庭には、人工的に作られた泉がある。その中心には断頭台があって、奥には王座が置かれていた。
……おかしい点がある。冤罪の嫌疑をかける者は、町の人でなければならない。それなのに、スケルトンリザードには冠を持つ者がいる。
少し考えてから、一つの疑問に到達した。
同時にそれは、答えでもあった。
「だとすれば……牢獄迷宮を攻略する方法が、冤罪者の心臓を受け渡すことになるね」
『おい……それって、生きて出られないってことではないか……』
ナッツの言う通りだ。
だから、他にまだ見落としがあるはずだ。
「もう、時間がないです」
「どうしたの?」
「砂時計の砂が残り僅かしかありません」
焦りの表情を浮かべながら忍が言った。腰に下げられた懐中時計を取り出すと、チクタクと、針が動く度に砂が少しずつ減ってきている様子がわかる。
……厨房に置かれた砂時計と連動しているのだろう。このままでは、ダンジョンの中に閉じ込められてしまう。
『お前たちがのんきに弁当食ってたからだろ……』
呆れた顔で白い猫はため息をついた。
……まずは、冠のリザードを捕まえよう。何かわかるかもしれない。
砂が落ちきるまでの残り時間……――40分……。
それまでに答えを見つける必要がある。
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