エピソード86 舞い散る一万円札と逃走専門の案内役【ポンコツだと思っていた少女の『課金魔法』に度肝を抜かれるお弁当屋のシェフ】
どこかの城の中だろうか……。
中世期の建築物を模した建物の中は、天井が高く……石畳に打ち付ける足音だけが幾重にも重なり合い周囲に音を鳴らしていた。
通路には幾つもの牢獄が並び、僕たちと同様に捕らえられた者たちが、鉄格子の内側から唸りを上げてこちらを威嚇してくる。
「魔物たち……ですよね」
辺りは薄暗く、牢獄にある小窓から差し込む月の光だけが通路に光を届かせている。ためらいながら、忍は檻の中にいる魔物たちに目を向けていた。
「牢獄迷宮は、いつもこんな感じなの?」
……こんな感じ、というのは……通常のダンジョンでは、魔物たちを縛る概念はない。そもそも、魔物たちがこちらの世界に姿を象るために概念という仮の器を作り出しているのだから、彼らに不利益になるような要素はないからだ。
「いつも……――と言われると」
問われ、考えてから彼女は、落ちていた木の枝を拾った。
「例えば、この棒がここにこうしてある理由は、通常のダンジョンにはないけど、牢獄迷宮に落ちている棒は理の具象化で作られているから、全部に意味があるんです」
……言い回しは難しいが、今ここで五感で感じ取っている全てには、ダンジョンが示している意味が隠されているということだ。
「あの魔物たちが、牢獄にいることにも意味があるわけだね」
「そういうことです」
……それにしても、だ。
僕は歩みを止め、一つの檻の前で足を止めた。
「……ベルフレイム」
壁に何か書かれている。石壁には、刃物のようなもので乱暴に削り取られた跡がある。古代文字のようだ。
「魔物の名前ですか?」
「……違うと思う」
「そうですよね」
……魔物に名前は必要ない。
そもそも、僕たちが勝手に魔物に個体名をつけて呼んでいるだけであって、彼らが自分たちのことを「オークです」「コボルトだよ」などとは認識してはいない。
「向こうにもあります……――」
足早に駆けていった忍は、暗がりの奥のほうにある檻に近づいていった。
「ドラゴベル……か」
今までの牢獄ではなく、ただ広い空間に極太の鎖で手足と首を足元の石畳に縛り付けられている巨大な魔物がいる。その壁に並ぶ柱の一つに、先ほどの名が記されていた。
「ひぃっ!」
魔物は竜種だろう。その大きな目が開き、忍をぎろりと睨みつけた。思わず、びくりと肩をすくめて、後ろに尻もちをつく。
「大丈夫……襲ってくる気配はない」
「え?」
不思議なことに、鎖に繋ぎ止められた魔物は僕たちを認識しているが、殺気はない。
……光源よ――。
僕はペティナイフの切っ先に、術式で生み出した光球を灯らせ、天井高くに浮上させた。
「これ、何なんですか?」
「さぁ」
……僕に聞かれても困る。大体、忍が案内役のはずだ。
肩をすくめ、僕は暗闇の中から浮かび上がった幾つもの巨体を持つ魔物たちを見渡した。
(魔物たちは、ここに囚われているのかな……それとも――)
先ほどのドラゴベルという魔物もそうだが、僕がこの広間で目にした魔物たちは、これまでに見たことのない種になる。
「本当に襲ってこないんですね」
怯えながら、僕の後ろにぴったりとくっついて歩いてくる忍。
「いつも……は、どうしてるの?」
「そうですね。こんな怖いところを通らず、逃げて逃げて、とにかく逃げて解決方法を探ります」
「ねぇ……――」
……ま、いいか。別に。
どうして探索者になれたのか、という疑問が湧いたが、それはまた別の機会にしよう。
……そろそろ到着する頃だ。
『遅かったな……』
横座りのまま、石畳にふにゃりと身を預けていた白い猫が僕たちに気がついて振り返る。音のない声で僕にそう言った。
ちらりと忍のほうを見てから、僕は小さくため息を吐いた。
「気にしないで……様子はどう?」
『あれを見ろ』
ナッツが示す視線の先には、先ほどのスケルトンリザードたちがいる。どれもが黒いローブを身にまとい、中央にいる一体が石段の上で何かをしているようだった。
「さっき、あんなのいたっけ?」
『いや……私がここに着いてから現れたやつだ』
「そう」
スケルトンリザードの中心に、一体の冠を被った者が見える。
……祭壇かな。
人間でいうところの司祭になるだろうか。真ん中で指揮を執っている魔物が、十字架を模した石の台座の上で何かをしている。
「あれは銀貨です」
ぽつり……僕の後ろから顔を出した忍が、目を光らせながら言った。
『……金のことならわかるんだな』
と、ナッツは呆れた様子で小さく首を振った。
カタカタカタカタ……!?
スケルトンリザードの一体が、腕を振り上げながら、背負った骨だけの翼を激しく揺らし始めた。
ギギッ……カシャン……カシャカシャ!?
(まずいな……)
気が付かれたらしい。
魔物たちは、一斉に僕たちのいるほうに向けて振り返った。
「ナッツさん、結界をお願いっ」
忍のほうを見てから、彼女を白い猫の後ろに下がらせる。僕はとっさに、ペティナイフに術式を施す準備にかかる。
『……任せろ』
「忍は下がって」
ギギッ! カタカタカタカタっ!!
「え?」
スケルトンリザードたちは、司祭を残して暗がりの向こうにある通路に向けて駆けていった。
……逃げたのか。
「カタカタカタカタカタカタカタッ」
司祭から発せられた声のない術式が、スケルトンリザードの目の前に展開される!
ルオオオオオオオオッンッ
何もない虚空から次々に狼型の巨大な魔物たちが飛び出してきた。
……あの術式は召喚術か。
「僕が前に出るから。忍を頼むっ」
言って――俊足の術式を足元に展開させる。
襲い来る狼たちにペティナイフの斬撃を繰り出すが、予想以上に素早い。避けられる。まるでそこに実体がないように、空気を裂くようにナイフの軌跡を避けていく。
……そうか。風の術式か。
どうやら狼たちは、全身に風を纏い、僕のペティナイフの軌道を逸らしているようだ。
(……厄介な相手だ)
忍を守りながら、この数を捌くには限界がある。
シュンッ……!
(しまったっ!?)
抜けられた……僕の横を、数体の狼の巨体が通り過ぎていく。
とっさにナッツの張った魔法盾が数体を弾き返す……が、風をまとったまま、空中で軌道を変動させ、攻撃を繰り出し続ける。
「私に任せて」
すたっ、と白い猫の前に飛び出したのは、守るべき者だ。
『ミナト……守りきれんぞ……』
……っ!?
僕は目の前にいる魔物を狩り終えると、すぐさま後方へと急ぐ。
そのときだった……!
「金よ! 我がために働け! 煉獄の息吹となせ」
忍はいつの間にか手にしていた数枚の一万円札を指先に挟み、それを狼の群れに解き放った。
ゾボォッンッ
大きな爆風が狼の群れを飲み込んだ――。
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