エピソード85 魔物草の奇襲と嬉しい副菜の調達【絶体絶命の案内役をよそに、鮮やかに食材を捌いていくお弁当屋のシェフ】
遠く。ここよりも離れた場所……――。
カシャン……タタタタッ。
軽い音。乾いた音。硬質な木と木がぶつかりあいながら、地面を踏み込む音。
カシャン……カシャン……カタカタカタカタ……。
近づいてくる。通路の先の薄暗い奥のほう、姿こそ見えないが、その数は一つや二つではない。
カシャンカシャンカシャンカシャンカシャン……。
気配からして、群れをなした魔物たちだろうと推測はつく。
……いったん、牢の中に戻るか――いや、もしも相手が複数ならば、追い詰められてしまう。
「……何かが来ますっ」
隣を見ると、切迫した様子で声を漏らす忍の姿があった。
……後ろに向かうという手もあるが――。
背中のほうをちらりと見ると、まっすぐに伸びた石の通路が続いている。
『どうする、ミナト。いったん引くか……』
魔物の数も姿もわからない以上、引くのが妥当か。白い猫の飛ばした念話が響く。ナッツの言うことにも一理ある。
「わっ!? 何なんです! これ……」
忍の声だった。後ろから声が聞こえ、振り返ると彼女の姿はなかった。
……忍?
『……ちょうどいいところに、ちょうどいいものがいたものだな』
念話の響く先を見やると、頭上にはツタのようなものに縛られて壁に張り付いている忍とナッツの姿があった。
……ウォーターウィード《魔物草》か。
牢獄から流れ込んだ水を餌に、ウォーターウィード《魔物草》たちが僕たちに近づいてきたのだろう。
「っ!」
ウォーターウィード《魔物草》は緑の葉を持つ植物型の魔物だ。湿り気のあるダンジョンで稀に出現する初級の探索者にとっては厄介な魔物になる。
……魔力値の高い探索者にとっては無害に等しいのだが――
シュッと、地面から伸びた無数のツタが僕を襲う。緑色をした不規則に動き回るツタが、僕の手足を縛り付け、身体を巻き付けながら宙へと持ち上げた。
「何なんですか……このヌルヌルするヤツ……」
「シッ、静かに――」
ツタに流れるベタベタは、ウォーターウィード《魔物草》の特有の粘膜のようなものだろう。彼らはツタの先を接着剤代わりに獲物を捕らえ、体内に養分を吸収している。
……絡み取られたまま声を漏らす忍を制し、僕は眼下に響く足音に意識を向けた。
『……ミナト。あいつらだな』
円柱状の柱のそびえ立つ、その向こう側から、数体の魔物たちが急ぎ、こちらへと向かってくる姿が見える。
……何かを探しているようだ。
辺りをキョロキョロと見渡しながら、互いに奇声を上げて、合図を送り合っているようだった。
(スケルトン……か)
『よく見てみろ……あれはリザードだ』
音のない声。彼らに気が付かれないように、ナッツが念話を送ってくる。
(リザードタイプのスケルトンか……珍しいね)
『トカゲどもが服を着ているのも滑稽だがな』
頭上でツタの餌食になっている僕たちに、魔物たちは気がついていない。
……それとも、他に目的でもあるか?
(何をしてるんだろう?)
『さぁな……後をつけるか……』
(ここにいても仕方ないしね)
ナッツは走り去っていくリザードたちを追いかけるように、ウォーターウィード《魔物草》を鋭い爪の斬撃で振り払うと、音もなく地面に着地した。
『……先に行くぞ』
(任せたよ……)
一瞬、ちらりと僕のほうに目を向けたナッツは、足早にスケルトンリザードたちが向かった先へと急いだ。
一狩りしていくとするか……。
ツタに縛られてはいるが、力が強いわけでもない。エプロンのポケットにしまっていたペティナイフを取り出すと、僕は口元で術式を刻んだ。
付与能力――鋭利化。
切れ味を増したナイフの切っ先が、歪曲しながら動き回るツタを捉える。絡みつく魔物たちをナイフで捌き……石畳の足元に向けて着地した。
ウネウネ……。
なかなか活きが良い。切断してもまだ動く余力があるようだ。だが――……。
(この魔物は、こんなに大きかったかな……)
……今日はいい日だ。
ウォーターウィード《魔物草》は弁当の副菜に丁度いい。ダンジョンでは主菜は手に入りやすいが、副菜を調達するのが意外と難しいところがある。
一通り魔物たちを解体した後に……。
冷却の術式を展開させると、魔物たちは一瞬して凍りつく。あとはそのまま、亜空間収納にしまい込んでーーふと頭上に感じた気配の先に目を向けた。
「これ、どうなってるんですかっ。全然、動けないんですけど……」
……あ。忘れてた。
未だツタに縛られたまま、天井からぶらさがっている一人の少女……忍が物言いたげにこちらを見下ろしている。
「もう降りてきていいよ」
「んぐぅっ……無理ですって」
……あれ? どうしたんだろうか。
「大丈夫。もう魔物たちはどこかにいったみたいだから……」
「んぐぐぐぐぐぅっ……ツタが絡んで、離れなくて……」
力いっぱいに両手と両足をバタバタさせながら、忍は何かをしていた。
周囲の様子を見渡しても、魔物の気配はないが……。
ウォーターウィード《魔物草》――意外と力が強く、魔力値が高くないと抜け出せないため、初級探索者なら手こずるだろう。だが、忍のライセンスはB+だ。彼女にとって、それほどの強敵でもないはずだが……。
「どうしたの?」
「私は……戦うよりも、逃げるのが専門なんです」
(それで……)
「探索者だけど、身体能力は普通の人と何も変わらないんです」
……どういうことだろう?
「ウォーターウィード《魔物草》くらいなら、武器があれば……――」
と、言いかけてから、そういえば忍は武器らしきものは持っていなかったことを思い出す……遠距離系の重奏かもしれない。
「術式を展開させれば、簡単に外せるよ」
僕の呼びかけに、忍は必死の表情を浮かべながら叫んだ。
「だから、さっきから言っているじゃないですか! 私は逃げるのが専門で、できることがあるとすれば、死んだふりくらいですよぉ」
……えーと。
僕は彼女の言葉に、いったん立ち止まる。
探索者は、重奏といって覚醒者になると、固有の能力に目覚める。誰にでも共通することで、能力を身につけると同時にダンジョンに入る資格を得れる。
「もしかして……今、本当に魔物たちに捕食されているんだね」
「えっ!? 私……このツタみたいなのに食べられてるところなんですかっ」
……どうやら、気がついていなかったらしい。
忍の様子を見ていても、彼女が能力を偽っているようには思えない。魔物と戦う力は何も持っていない様子だ。
研究者タイプの能力者なのかもしれないが……これまで、どうやってダンジョンを攻略してきたんだろうか。
仕方がない……。
「少し待ってて、今行くから……」
言って――僕は足元に風の術式を与えた。
ふわりと身体が浮かび上がり、忍を絡め取るツタをナイフで分断していく。
「むにょあわっ」
情けない叫び声を漏らしながら、真っ逆さまに落下してくる彼女を……空中で抱きかかえた。
「大丈夫? すぐに下に降りるから待っていて」
「あ……」
僕が言うと、忍はじっとこちらを見つめたまま慌てて目をそらした。
「ありがとう……ござい、マス」
無事に彼女をウォーターウィード《魔物草》から救出した後で……――。
『ミナト……聞こえるか。こっちに来てくれ』
スケルトンリザードの後を追いかけていたナッツから念話が届いた。
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