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『始原の帰還者、札幌でひっそりお弁当屋を始めます〜深層の魔物で作った『魔素抜き弁当』が美味しすぎると探索者たちの間で話題な件〜』  作者: 姫宮澪
不死者の冤罪【五食目】本日のメニューは「悪魔的レッド・シャークの幽庵焼き弁当」です。

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エピソード83 牢獄迷宮は未知の魔物狩り放題【案内役の甘い誘惑に、あっさりと同行を決意してしまうお弁当屋のシェフ】

 ……小さな沈黙。


 ジ、ジジ……、キギ……。

 冷蔵庫から発される不規則な機械音が、静かになった厨房内を支配する。


 ……束の間だった。


 ドンッ!


 空気を律する破壊音が響く――瞬間、何もない空間、目線の高さよりも上のほうから出現……落下した巨像が忍の眼の前に現れた。


「……砂時計?」

 警戒気味に声を漏らしたのは朱里。僕はナッツと栞奈のほうをちらりと見ると、起きている出来事に説明がつかない顔で眼前の光景を見つめていた。


(……砂のない砂時計か)


 今まで天秤の鎮座していた場所に、赤金色ピンクゴールドで宝石の装飾された巨大な砂時計が、厨房の天井いっぱいに立ちはだかっている。


「これが私の能力です!」

 えへんっ、と自信満々に振り返って言う忍だったが、僕たちは一瞬、顔を見合わせた。


「これは、砂時計なのか」

 栞奈だった。出現した巨大な建造物に恐る恐る近づきながら言った。


「触ってもいいですよ」

 興味深そうに見つめる彼女に、忍はにこりと微笑む。


「本当にいいのか? じっくりと5時間ぐらいかけて見ていてもいいのか」

「もちろんです」


 ……僕は嫌かも。


 研究者としての好奇心からか、栞奈の目がひときわ輝いているように思えた。


「それよりも、これは何なの?」

 二人のやり取りを見ながら、しびれを切らせた朱里が忍に聞いた。


『ミナト……。こいつは危険だ』

 送られてきた念話の先に視線を送ると、エジプト座りをしたナッツが耳を立てて砂時計を見つめていた。


(不死者の冤罪アンデッドテイカー能力スキルだね……)

『死の裁判……といったところか』

(じゃあ、砂が入っていない理由は……)


 僕の推測の後で……――朱里に答えるかわりに、忍は片方の手のひらを装飾された宝石の上に重ねた。


 ピカッ……。


 砂時計の器が一瞬、まばゆい光に包まれる。


牢獄迷宮プリズンダンジョンは、罪を犯した者のみが、その侵入を許されています」


 ……罪? 忍の無銭飲食の件かな。だとすれば、あれも意図的に行ったこと?


(要約すると、ダンジョンに入れるのは、今のところ忍だけというわけか)

 僕はそのまま何も言わずに忍の言葉を聞いていた。


「私たち、不死者の冤罪アンデッドテイカーは生まれながらにして罪を背負うのです」

「忍の罪って?」

「…………」


 朱里からの質問に、忍は一瞬黙り込んだ。


 砂時計の器の中に、さら、さらり……と、虚空から砂の粒子が器へと舞い降りる。砂の一つ一つにどこか物悲しさを感じた。


「このダンジョンは、罪と釣り合う条件が揃ったときだけ、その一瞬に時間を止めることができるんです」

「……エジプト神話の神の不在の日ということかな」

「何ですか? それ……――」

「……なんでもないよ」


 不死者の冤罪アンデッドテイカー能力スキルは、エジプト神話に登場する太陽神ラーと空の女神の話に似ている気がする。


 エジプト神話では、360日を一年として、その全ての日に神が宿るとされている。

 空の女神に王座を奪われることを恐れた太陽神ラーは、女神に子供を産んではならないという呪いをかけた。


 だが、ラーを欺くように空の神は、神によって監視されていない5日間を一年に加え、空の女神に神の誕生を許したとされている。


 ……不死者の冤罪アンデッドテイカーは欺く者、神――つまり、牢獄迷宮プリズンダンジョンに不正侵入できる特殊な能力スキルということになる。


「さぁ、私と一緒に来てください」

 砂時計の砂が上部の器を満たす頃、忍は振り返り、そして、僕に向かってそう言った。


 一瞬の間を置いてから……――。


「えっと……君が処理してくれるんじゃないのかな?」

「いえ、私は案内役ですから、この通り逃げるしか能がない身なのです」


 ……それ……自慢げに言うところかな。


「正直なところ、護衛なしでも処理できなくはないのですが、せっかくなので一緒に来ませんか?」

「……遠慮しておくよ」

 即答する僕に、ナッツは『それが賢明だな……無駄な厄介事に巻き込まれるだけだ』と、小さくぼやくのが聞こえた。


 僕の眼の前に、すっくと仁王立ちしながら忍は迫ってくる。

「いいんですか。牢獄迷宮プリズンダンジョンには、他にはいない魔物たちが監獄の中に閉じ込められているんですよ。もちろん、未知の魔物たちを狩り放題です」


 ピクリ……。

 ……狩り放題か……いい響きだ。


「やっぱり、行こう」

『お前な……いいのか、それで』

 呆れて大あくびをしている白い猫は、ぷいと横を向いてしまった。


「ナッツさんも一緒に来てくれるよね?」

『どうせ私に拒否権はないのだろ……』

 どこかげんなりした表情で、もうあきらめはついている様子だった。


 そんな微笑ましい光景に満足しながら、忍はくるりと振り返り、朱里と栞奈に向き直る。

「では、お二人はこちらの砂時計を見ていてください」

「ボクは構わないぞ。何時間でも観ていられるからな」

 ……多分、そういう意味ではないと思う。


「砂時計を?」

 朱里は砂の落ち始めた砂時計を見あげている。忍はそのまま続けた。

「もしも、です。砂時計の砂が落ちきる前に私たちがダンジョンから出てこられない場合は、器ごとぶった切ってください」

「でも、そんなことしたら……」

「そうです。私たちは、牢獄迷宮プリズンダンジョンに永久に閉じ込められることになります」


 ……やっぱり断ろうかな。

 僕の心配をよそに、忍は胸を張って言った。


「でも、大丈夫です。今まで失敗したときは、先輩が助けに来てくれたので安心してください」

「失敗することもあるのね」

 すかさず小さくツッコミを入れる朱里。

「そうです。もしも失敗したら、この街くらいなら簡単に闇落ちさせちゃいますからね」

「それは全然笑えないから……」

 僕は深いため息を吐いた。


『大丈夫か……本当に』

 ナッツが言うのも無理もないが、それよりも街が闇落ちするかもしれないほどの重大任務を、忍一人に任せても大丈夫なのだろうか。


(……いろんな意味で心配になってきた)

 ダンジョンに入るのも不安だが、忍に任せて何もしないで待つよりは、問題を解決してきたほうがいいだろう。


「わかったよ。僕も行くよ」

「はい。ありがとうございます。これで、達成率が90%くらい上がりました」


 ……じゃあ、もしも僕が行かなければ、勝率は10%だったわけか。


「湊さん、気をつけて……」

 不安そうに言う朱里に、僕は振り返りながら笑顔で言った。


 ……ま、何とかなるだろう。


「うん。行ってくるよ」

 僕とナッツは忍と共に、牢獄迷宮プリズンダンジョンのポータルに飛び込んだ。

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