エピソード80 墓荒らしの噂と招かれざる客【お腹を空かせた情報屋(?)の爆弾発言に、思わず言葉を失う弁当屋シェフ】
……いる。そこに……
形はない。姿も見えない。
浮かび上がる図形の合間から、こちらを窺う何か。
そこにある、と感じたものの気配は、そこにそうしてある、としか言い表しようがない何かだ。畏敬の恐怖ともいえる力の波動を放ち、それはそこに鎮座しているように思えた。
『汝、その身に刻みし罪と罰を答えよ』
音のない声が、僕の頭の中へと直接言葉を刻んでくる。念話の能力に近い。
(直訳すると――条件を満たす者に、鍵を与える……か)
毛を逆立てながら、ナッツは唸り声を上げる。
『……何者だ。私の住処を汚す者よ』
白い猫の念話に呼応するように、声の主は奇怪な悲鳴を上げた。
キュカアアァッ
『答えを持たぬ者は、その門は通り抜けられぬ……さもありえん……さもありえん……』
パリンッ! と、ガラスが割れる音が響き、浮かび上がった魔方陣と、そして浮遊する図形たちの姿が空間の中に吸い込まれる。それと同時に、声の主の気配は消えて、冷蔵庫の扉はそのままパタリと閉じられた。
ややあってから、僕は朱里と栞奈、それにナッツの姿を見渡しながら、肩をすくめて嘆息した。
「……閉じちゃったね」
静まり返った厨房の中、誰にとなく僕はつぶやきながらそう言った。
いつの間にか、腰に下げた双剣を構えていた朱里が、力が抜けたようにその場に座り込んだ。
「今の……なに? あの声は――」
「さぁね、ボクにもわからないよ」
先ほどまでいた何かのほう……閉じられた冷蔵庫を見つめながら、栞奈はぼやく。
……ラビリンスマスターの栞奈にも、あのダンジョンについてはわからないようだ。
『ミナト……』
ナッツの視線が僕の後ろに動く。厨房の外側、店舗のほうだった。
「どうしたの?」
『客だ……』
ちらりと時計を見ると、昼の時間は過ぎている。そろそろお店を閉める時間なのだが……。
チリン、カラン……。
引き戸が引かれ、呼び鈴が鳴った。誰かがお店に入ってきたようだ。
「いらっしゃいませ」
朱里だった。先ほどまでへなへなと座り込んでいた彼女だったが、気を取り直して接客に行ってくれた。
「あの、ここはお弁当屋さんですか?」
声の感じは若い女性。少し戸惑っている様子で、はたまたそういう子なのか、声はどことなくおどおどしている。
「はい。そうです。ハクリュウ弁当です」
朱里がそう言うと、小さなため息が聞こえた。
「良かった。ご飯が食べられる……お弁当ください」
……冷蔵庫の件も気になるが、今はそのままにしておこう。
「深層のスコッチエッグなら、すぐに作れるぞ」
言ったのは、オーブン担当の栞奈だ。
僕がキッチンからお店に顔を出すと、カジュアルな和服姿の女性がいた。声の主だろう。
「こんにちは。お弁当ですね。今日は、深層のスコッチエッグ弁当とヘルコンドルのチキン南蛮弁当がおすすめだよ」
「じゃあ、それを一つずつ下さい」
彼女の言葉を待ってから、僕がキッチンに入ろうとしたときだ。
「あの……とても、言いづらいのですが……」
……あ、そっか。食べ物で苦手なものがあるパターンか。
「何でも気軽に言ってね、できる限り美味しいお弁当を作るから」
「良かった……」
どこかほっとした様子で、彼女は胸を撫で下ろした。
「私、お金持ってないので、お弁当をください」
「…………」
えっと……。何かの聞き間違いか……。
朱里のほうを見ると、どうしていいのか分からずに、僕のほうを見ている。
つまり、彼女の言う「下さい」とは、そのままの意味なのだろう。
……堂々と無銭飲食宣言する客(?)は、開業以来初めてだ。
「えーと……」
一瞬、僕は言葉に詰まる。彼女の顔を見ると、なぜか笑顔で希望に満ちていた。
「何か、事情でもあるのかな?」
とりあえず、どうしていいのかわからない空気感に飲まれながら、僕は彼女に聞いてみる。
「お金がないだけで、特に事情と呼べるものはないです」
……なら帰れよ。
と、言いたいところをぐっとこらえながら、僕は彼女の風貌を見ていた。
恐らく……探索者だろう。武器と呼べるものは何も持っていない。服の要所要所に身体強化の術式が施されている。
ARCANA所属であれば、食いっぱぐれることはないのだが……。
「あの……お弁当はいつできますか? もうお腹がぺこぺこで」
……あくまでも、無銭飲食するわけだね。
「どうするんだ。ミナト」
見かねた栞奈が厨房から顔を出した。面倒そうに、もう弁当を食べさせて帰ってもらえ、と言わんばかりに彼女はやれやれとした表情を浮かべている。
「わかったよ。今、お弁当を用意するね」
「ありがとう」
諦めながら言う僕に、彼女は何も気にせず、テーブルの前にある椅子に腰を落ち着かせた。
……しばらくしてから、僕と栞奈で手分けしながら、弁当の準備をしているときだった。
「私にできることとかないですか?」
と、彼女の声が聞こえた。僕の代わりに答えたのが朱里だった。
「……できることって?」
「はい。何でもします」
「例えば……?」
えーと……と、彼女は少し考えてから続ける。
「魔物に襲われた時に逃げたり、誰かの落とした武器を拾いに行ったり、戦いが始まったらすぐに隠れているので大丈夫です」
「それは……できることじゃないけど、いやできることでいいのか……してほしいことではないけど」
あやふやな彼女の言い分に、朱里は考え込みながら、どうしていいのかわからずにナッツのほうを見て助けを求めているようだった。
……何だかね。
「じゃあ、こういうのはどうですか?」
「…………」
とりあえず、期待せずに彼女の言葉を待ってみる。
「私は日本全国旅をしています。だから、様々な情報が手に入るんです」
「それで……?」
少し疲れたように言う朱里を気にせずに、お金のない子は言った。
「近くの墓地で、大量の墓石が倒される事件がありました」
「…………」
……ふーん。そんなことがあったんだね。
「この情報とお弁当を交換するのはどうですか?」
……いらん。大体、どこかの墓が荒らされた情報なんて、何に使うというのだ。
声を聞きながら、僕は心の中でツッコミを入れる。
「だったら、こういうのはどうですか? 突然、冷蔵庫に現れたダンジョンの処理とか……」
毅然とした態度で言う彼女の言葉に、僕は……いや、この場にいた全員が一瞬、ぴたりと動きを止めた。
冷蔵庫の件は、この場にいる僕たちしか知らないはずだからだ――。
今回のエピソードも、いろいろとドタバタでしたね。突然やってきた、謎の腹ペコ少女は一体全体!?何者? と、いうところで終わりました。
次のエピソードへ続く……ということで。
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