エピソード78 戦火のチキン南蛮と至高のスコッチエッグ【今日も厨房で魔物を進化させるシェフ】
ジュ……ジュジャア
シュウウウウッ……グツグツグツグツグツグツ
カンカンカンカン……トロトロ、トロリ……
ガヤガヤ……ザワザワ、ザワ……
……燃え上がれ、灼熱の業火よ。
僕の言葉に呼応するように、熱いフライパンの上には、初々しく衣を纏った魔物の肉が踊り跳ねる。
パチリ、パチリと……反発し合う油たちとの激闘を繰り広げながら、その肉厚さに油断させまいとワルキューレの騎行のごとく戦闘音を響かせ、戦火の炎をまといながら、徐々に薄く纏った衣は黄金色へと変わっていった。
(うん。良い色だ)
戦場で勝ち誇る戦士を見下ろしながら、僕は満足そうに呟いた。
やはり、ヘルコンドルで仕上げた衣の肉はいつ見ても凛とした静寂を満たしている。まさにその名にふさわしいほどの凛とした佇まいに、カラリと揚がった孤高の姿は、形を変えてもその存在は有限である。
……やっぱり、ヘルコンドルをチキン南蛮にして良かった。
今日のお弁当の一品は、チキン南蛮である。この間、ダンジョンの中層階で偶然見つけた珍しい食材だ。
……本来はもっと下層階にいるはずだが、稀に魔素溜まりが発生して、階級とは違うクラスの魔物がダンジョンに現れることがある。探索者泣かせとも呼ばれているが、僕にとっては良い食材と巡り会えることは幸福なことだった。
(そろそろ……開店の時間かな)
壁に掛かった時計をちらりと横目で見やる。11時を過ぎている頃――
ハクリュウ弁当のこの時間はランチタイムになる。早朝の6時頃から金山ダンジョンで探索者相手にお弁当を販売してから、お昼の時間帯は店舗で仕込みを終えた弁当たちを送り出す。それが僕の日課だった。
「深層のスコッチエッグはもう仕上がりそうかい?」
僕がそう言うと、オーブンの調整に戸惑いながら、術式をアレンジしていた少女がひょっこりと顔を出す。
「まだ、なのだ。もう少し時間がかかると思うのだ」
そう言うと、オーブンの扉を開けてから、火力の術式を少し高めたように見えた。
『ミナト……。客がきたようだ……』
キッチンから少し離れた場所――店のカウンターにずっしりと腰を下ろして、香箱座りしているナッツが尻尾をゆっくり動かしながら念話を送ってきた。
「お客様のご来店ですー!」
と、元気な朱里の声がお店とキッチンに響き渡った。営業の開始である。
朱里の声の後、お店の方からは、活気に満ちた賑わいが聞こえてくる。静観するようにして鎮座した白い猫は、きっと何食わぬ顔で客たちの様子を窺っているのだろう。
ガヤガヤ……と聞こえてくる喧騒は、僕にとって心地よい音色に聞こえる。いつもの昼のいつもの変わらない日常は、僕がこの場所を住処として選んだ理由でもあるからだ。
「ご注文は白い猫までお願いしまーす」
大きく張り上げた朱里の声のすぐあとに、白い猫――ナッツからのオーダーが念話を通して届けられる。
『ヘルコンドルのチキン南蛮弁当が二つ、それにオーク肉の豚汁をつけてほしい』
キッチンでお弁当作りをしながら、朱里がお客様の応対を担当し、ナッツが注文を聞いて伝える役割になっている。いつものハクリュウ弁当の光景である。
「了解」
僕は揚げたてのチキンを、さっくりと切り分けながら、キャベツの添えられたご飯の上に豪快に並べていく。そこに、コカトリスの卵で作った自家製タルタルソースをかけると、ヘルコンドルのチキン南蛮の出来上がりである。
キッチンカウンターに仕上がったお弁当たちを並べていくと、朱里が丁寧に袋に入れてお客様にお渡ししていく。そのあとからも、白い猫からの念話が次々と送られてくる。
「オーブン焼きが仕上がったのだ」
本日の火力担当の少女が、お店の流れに負けまいと必死に追いかけてくる。
その様子を見ながら……うんうん。と僕は満足していた。
今日のおすすめは、何と言っても深層のスコッチエッグ弁当だろう。スコッチエッグは、オーク肉のひき肉に香辛料を混ぜ込んで、ラックピックのゆで卵を包み込んだ至高の一品になる。
『カツ丼一つ、大盛りで頼む』
忘れてはならないのが、こいつだ。分厚い肉に、乱暴なまでに粗挽きパン粉で包み込み、燃え上がる油の海へとダイブさせると、そこにはダンジョンの魔物が新たな進化形態として姿を見せる。
石化鳥の卵でグツグツと煮込んだら、特製オークキングのカツ丼の完成だ。
「ミナト店長っ」
……店長か。何度呼ばれても悪い気はしないな。
「どうしたの?」
「お客様からハンバーグの要望があって、今日は作れますか?」
「あ」
ガタンッ……僕の持っていた右手から、フライ返しがこぼれ落ちる。
「ごめん……ハンバーグは、あの冷蔵庫の中」
……忘れてた……わけじゃないけど。
何となく思い出したくなかった現実に小さくため息を吐いた。
「…………お客様には、品切れと伝えておくね」
察した朱里は、無言のまま冷蔵庫を見やると、そのまま諦めたように言ってしまった。
「うにゃぁああ、どうしてボクは休日なのに弁当を作っているのだ」
何かを思い出したように、オーブンの前で火力と風量の調整をしながら料理をしていた少女が我に返って叫んだ。
「ごめん、何となくノリで手伝ってもらってた……」
少女は似合わないエプロンを外すと、そっとお店の中を覗いた。先ほど、ハンバーグをご所望のお客様が朱里からおすすめされたカツ丼を持って帰るのを待ってから、少女は深いため息を吐いた。
「ところでだ。ボクを呼んだ理由をそろそろ聞かせてくれないか」
「栞奈がいてくれて助かったよ。お店のピークも越えられたかな」
「そんなことのために、ボクがきたわけじゃないのだ」
少女はどうしていいのかわからず、とりあえず揚げたての豚カツをフォークで刺しながら一口頬張った。
少女の名前は、石動 栞奈――ARCANA所属の探索者でもあり、迷宮を構築する能力者である。擬似的なダンジョンを自らの意思で作り出す力を持っている。
「実はさ、ちょっと困ったことがあって……」
僕がキッチンの奥に歩きだすと、栞奈もまた静かについてくる。
「これを見てほしい」
「冷蔵庫がどうしたのだ?」
まぁ……普通の反応だよね。眉毛をひそめる彼女をよそに、僕は冷蔵庫の扉を開いてみせる。
冷たい空気が外へと漏れ出した後……――
「な、な、な、何なのだ? これは」
まぁ……普通の反応だよね。
冷蔵庫に作られた不可視のポータルを前にして、栞奈も見たことがないような驚きの声をもらした。
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