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『始原の帰還者、札幌でひっそりお弁当屋を始めます〜深層の魔物で作った『魔素抜き弁当』が美味しすぎると探索者たちの間で話題な件〜』  作者:
四食目 連続襲撃犯の濡れ衣を着せられたけど、すべては極上の『始原の魔物』を仕入れるための布石。仲間を遠ざけて裏で護衛に回る、【不器用で暗躍する凄腕シェフ】

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エピソード77 冷蔵庫の中の異世界と消えたハンバーグ【未知のダンジョン出現より、朝の仕込みを優先するシェフ】

……扉を開けると――

 そこは見知らぬ異世界だった。


 頭の中で反芻してみる。目の前に現れた光景と昨日までの自分の行動を照らし合わせてみても、弁当屋の厨房に置かれた冷蔵庫の中に発生したダンジョンについての答えは出なかった。


 どういうこと……?


 そっと冷蔵庫の扉をいったん閉じてから、僕は一人考え込んだ。


『どうした……ミナト。作り置きのハンバーグはあったのか』

 足音を立てずに、僕の隣にやってきた白い猫は言った。僕の相棒のナッツだ。

 ここ、ハクリュウ弁当のお店を始める前から、一緒にいる大事なパートナーである。


 僕は今、お店の厨房でお昼に向けて弁当の仕込みをしていた。ミナトというのは僕の名前で、この弁当屋の店長をしている。


「冷蔵庫がね、今は使えない……というか」

『なぬっ、それでは私のハンバーグはどうする気だ』

 毛を逆立てながら鋭い目つきで怒鳴る猫に、僕は小さくため息を吐いた。


 ……どうしたものか。


 ダンジョンには様々な魔物たちがいて、それらを狩る者たちを探索者と呼ぶ。手稲山の麓、金山地区には北海道最大級のダンジョンがある。所属している探索者も多く、僕はそこでキッチンカー『ハクリュウ』で弁当屋の移動販売もしている。


 お弁当の食材は、どれもダンジョンに潜む魔物たちの肉だ。魔素を核として生きている魔物たちには、驚くほど旨味が隠されているものも多い。

 ダンジョンは僕にとって、食材の宝庫なのだ……――そのはずだが……。


「世の中に知らなくてもいいことはたくさんあると思う」

『それとハンバーグがどう関係しているんだ』

 僕が止めるのも聞かずに、ナッツは小さな身体で起き上がると、冷蔵庫の扉を開いた。


『これは……なんだっ?』


 ……うん。さっきの僕と同じ反応だ。白い猫もどうしていいのかわからず、とりあえず冷蔵庫の扉を閉じてから僕のほうを見上げてきた。


「あ。ナッツさん。いろいろあってハンバーグが作れないから、今日の朝ごはんはコカトリスのフライドチキンにしようか」


 僕は話しながら、何もない空間に片手をかざすと空間が波紋を広げながら歪んだ。亜空間収納ストレージである。何でも入るわけではないが、ドラゴンの数十体くらいなら余裕だろう。


「そうだ。今日はマタンゴ・ルミナス《幻惑光茸》のポタージュも作ろう」

 コカトリスのもも肉をまな板の上に並べると、僕は小さく切り分けながら言った。


『ミナトっ!? あれは何だ……なぜ、ここにダンジョンがあるっ』

 驚きを隠せずに、思わず白い猫は僕の背中に飛び乗ってくる。


 ……実のところ、僕も理由を知りたい。


 見なかったことにしても、どうにかなるものではない。僕は観念して、再び冷蔵庫の前に立った。ため息をこぼす。


(厄介事になると、営業時間に間に合わなくなるけど……仕方がないな)


 冷蔵庫の扉を開ける……と――一瞬、ボワンと空間に波紋が広がった。


 渦巻く異空には、水面に景色を映し出すようにして、冷蔵庫の中ではない景色が広がっている。異空へと続く入り口が口を開いていた。


 ……間違いなくダンジョンだ。


 でも、おかしいな……このダンジョンには魔物の気配がしない。


『境界なき異景アンバウンド・スケープの類か……?』

 ナッツが首を伸ばして冷蔵庫の中を覗き込みながら言う。僕は小さく首を振った。


「何か違うかもね」

 魔物の気配がしない。境界なき異景アンバウンド・スケープとは、探索者の間でランダムダンジョンと呼ばれる現象になる。


 ランダムダンジョンは、膨大な魔素を核に概念から生み出されるもの。だが、目の前にある異空の入り口には、魔素の気配すらない。


「じゃあさ、魔物の気配もないし、このままにしておこうか」


 ……冷蔵庫がダンジョンに繋がっていると、食材の仕入れに行くのがとても効率がいい。

 と、僕の名案にナッツは嫌そうな顔をした。


『それはまずいだろ』

「どうして? 自動魔物製造機が目の前にあるんだよ」

『……何か嫌だな、その呼び名』


 たしかに――ナッツの言うこともわかる。


 万が一にも、今は魔物が召喚されなくても、それはたまたまかもしれない。僕たちのいない間に魔物たちが冷蔵庫からあふれ出してきたら、西宮の沢地区が戦場になるだろう。


 僕は仕方なくナッツに同意してから、改めてダンジョンの構造を解析してみた。


 解析の能力スキル発動――


 世界にあることわりとその構造を見る能力になる。

 僕たちが見ている世界を三次元という表現にすると、視覚を通して見えているものは物体になる。物体には理があって、形を作っている因果関係の重なりとその構成がダンジョンの世界を象っていた。


(……呪縛の術式が施されてるのか)


 幾重にも重なるようにして浮上した円陣を描いた術式は、僕の能力を拒むように消えていった。


 ……施錠されたダンジョンということか。


 そっと歪んだ空間に触れてみる。


 ぺたり……ぺた、ぺた……


 冷たい。硬い。表面は透明な大理石のような質感をしている。


「なんだろう、これ」

『……何も起きないな』

 僕がダンジョンの入り口に触れると、冷たい壁の感覚だけが伝わってきた。それを見たナッツも不思議そうにしている。


 ……ポータルが起動しない。


 ダンジョンに繋がる入り口をポータルと呼ぶ。通常であれば、見えない空間に触れると、ダンジョン内部へと転移する仕掛けが施されているのだが……


「どうしたの」

「わっ!」

 突然、後ろから声をかけられて、僕とナッツは思わず声を出して驚いた。


「ごめん……何度も声をかけたけど、聞こえないみたいだったから、勝手に入って来ちゃった」

 振り返ると、栗色の髪にジャケットを羽織った少女が立っていた。腰に太めのベルトがあって、ちらりと二刀の剣が下がっている。ARCANAアルカナ所属の探索者の瀬野朱里(せの あかり)だった。


「……びっくりさせないでよ」

「あはは。何してたの?」

「冷蔵庫が使えなくなって……」

 歯切れの悪い返事に、朱里は首を傾げた。


「じゃあ、修理しないとね。私、良い電気屋さん知ってるから……――」

「そうでなく、ね」

「え? 違うの……?」


 どう説明していいのかわからず、とりあえず僕は冷蔵庫の扉を開いてみせる。


「な、な、な、なに? これ、ダンジョンよね」


 ……うんうん。いい反応だ。

 予想通りの朱里のリアクションのあと、彼女は恐る恐るポータルを覗き込んでいた。


「冷蔵庫にダンジョンなんて、初めて見たわ」

「僕もだよ」

『……どうする気だ? ほっとくわけにもいかんだろ』


 ナッツに問われてから、僕は少し考えてみる。


「これって、ランダムダンジョンよね。だったら、中に入って解決したら消えるんじゃない?」

「僕もそう考えたんだけど……」

 言うが如し、朱里に見せるように、僕は空間に空いたポータルにそっと手を触れてみせた。


「ダンジョンの中に入れないんだよ。何かの術式か、そういう仕組みになっているんだと思う」

「入れないダンジョンっていうのもあるのね」

「ないよ。今まで見たことはない」


 ……ダンジョンとは、本来の姿は魔素を核として、この世界の概念と異空とが結びつくことで発生している。だから、魔物たちの姿もこの世界にあるものに類似している点が多く、擬態化したダンジョンや魔物たちの姿をしている。


(本来ならば、ダンジョン自らが意思を持って、ポータルに鍵をかけることはない……)


 少し考えてから、僕は答えの出ないことにため息をついた。


 ……そうはいっても、ナッツの言う通りこのまま放置もできないか。


「専門家を呼ぶしかないね」

 僕はエプロンのポケットからスマートフォンを取り出した。

 探索者専用アプリを起動する。アプリには、探友という機能がある。探索者同士で連絡を取り合えるものだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


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