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『始原の帰還者、札幌でひっそりお弁当屋を始めます〜深層の魔物で作った『魔素抜き弁当』が美味しすぎると探索者たちの間で話題な件〜』  作者:
四食目 連続襲撃犯の濡れ衣を着せられたけど、すべては極上の『始原の魔物』を仕入れるための布石。仲間を遠ざけて裏で護衛に回る、【不器用で暗躍する凄腕シェフ】

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エピソード76(エピローグ) 軽川の桜とハクリュウ特製ジンギスカン【仲間たちとの平和な日常を守り抜く、最強の弁当屋シェフ】

 ……そろそろ、春も終わりかな。


 舞い始めた桜の花びらが風に乗って、季節の移り変わりを優しく知らせていた。


 移ろいの中にある時間の流れには、過去はない。未来へと続く風たちが、春の終わりとともに夏を運んでくる。


 いつもならゴールデンウィークの最中に咲き誇る桜たちだが、今年の彼らはどことなく儚げに、明日を告げているように思えた。


「今年の桜は早かったね」

 と、ぽつり……僕は誰にとなく呟いた。キッチンカーのフロントガラスには、舞い降りる花びらたちがそよそよと揺れている。


『ずいぶんと情緒的になったものだな』

 無愛想に寝たフリをしながら、白い猫はぼそりと返してきた。念話ではなく、音のある言葉だった。それは多分、助手席にいる栞奈かんなに気を使ってのことだろう。


……朱里さんたちは、そろそろ着いている頃だろう。


 僕たちは今、軽川(がるがわ)に向かっていた。手稲の中心を通り抜けるようにして、手稲山から流れる川の支流になる。その河川敷の土手の下の小道に沿って『ハクリュウ』を走らせていた。


「お花見なんていつぶりだったかな」

 窓の外に視線を落としながら、栞奈(かんな)はどこかやる気のない言葉を呟く。


『たまには外に出ろよ……引きこもってないで』

 野次を言うナッツに、ぶぅと頬を膨らませながら彼女は怒った。


「研究と言ってほしいな。今は研究よりも復旧のほうが先だけど……」

『そういえば、お前の迷宮は盛大に破壊されたからな』

「他人事みたいに言わないでほしい。君たちのせいでもあるのだぞ」


 本気で喧嘩を始めそうな栞奈と猫を引き離しながら、僕は仲裁に入った。


「まあまあ……でも、何事もなくて良かったよ」

「迷宮が破壊されたのだ。何もなかったわけじゃないから」


(……焼け石に水だったか)

 僕が栞奈の機嫌を直す言葉を考えていると、彼女からつぶやくような声が聞こえた。


「それよりも……――」

 どこか言いづらそうに、栞奈は僕の顔を見た。


「美琴は生きているのか……」

「…………」


 栞奈の言葉に、僕は何も言わなかった。


(……どちらとも言えない)

 それが、今の僕の心境だった。


 理論上では、美琴は生きているだろう。ARCANAアルカナにも所属しているし、彼女の席もある。能力も姿も、その全てが美琴だから……。


『実際に会ってみればわかるだろう』

 沈黙している僕と栞奈を察してか、ナッツがやれやれとため息まじりに言った。


「さぁ、着いたよ」

 僕が車を停めると、河川敷の上から手を振る一人がいた。サイドウィンドウのガラスの向こう側にいる朱里の姿を見て、ほっとした。


『行くぞ……栞奈』

 器用に肉球でドアを開くと、ナッツは外に飛び出す。首を震わせながら、背中を伸ばしている。


「湊さん。遅いよぉ」

 今日の朱里は軽鎧を身につけていない。どこにでもいる普通の女の子の装いだ。


(……重装備をしていないと、みんな本当は普通の人たちなんだよね)


「ごめんね。今、準備するから……」

 ハクリュウから降りると、後方にあるキッチンカーのドアを開いた。お店で用意していた弁当たちがずらりと並んでいる。


「よしっ! これを運べばいいのね」

 後方には、お店から運んできたキャンプ用品があった。ある程度の重さの椅子とテーブルを軽々と抱えながら言う朱里を見て、僕は苦笑した。


(やっぱり、普通じゃないかも……)


「え? どうしたの?」

 と、聞いてくる彼女の顔は、何事もなかったように平和そのものだった。


「師匠……が、いた」

 朱里が土手を登るのと入れ違いに降りてきたのはさくだ。長めのシャツに眼鏡をかけている姿はとても新鮮だ。普段の彼のスタイルなのだろう。


『また……お前か。元気にしていたのか?』

 そんなナッツの声など届くはずもなく、朔はひょいと白い猫を抱きかかえてどこかへ行ってしまう。


『だから……な。もっと抱き方というものを覚えんか……』

 遠くの方で、ナッツの不機嫌そうな念話が聞こえてきた。


「面白そうなことをしているじゃないか」

 声に気がついて僕が振り返ると、ハクリュウの後ろに止まった車から、降りてきたばかりの紫苑(しおん)がいる。


「紫苑ちゃん。どうしたの?」

「だから、ちゃん付けは止めろ」

 スーツ姿ではあるが、制服以外の服の彼女を見るのは久しぶりだ。


「花見か?」

「寄ってくかい……」

 僕がそう言うと、彼女はハクリュウから降りてきた栞奈のほうを見やった。


「栞奈も一緒か。今回の件では世話になったな」

「……どういう意味?」

 若干警戒した様子で栞奈は、相手の様子をうかがっている。


「古代竜の件だ。お前のおかげで食い止めることができたことを感謝している」

「あれは……その、ミナトがやったことだし」

「だが、栞奈が迷宮に封じ込め、弱体化させていたことが勝因と私は見ている」

「そ、そう。それなら……」


 言いづらそうにしている栞奈を見て、紫苑は続けた。


「此度の件で報奨が出ている。それなりの待遇と等級を用意しよう。何か要望はあるか?」

「ボクは休みがほしいな」

「わかった。上と交渉しておこう」

「ホントに!」


(……トーラ管理局の幹部さんは、そんなにブラックなのか)


 休みをもらえる、という紫苑の言葉に、栞奈の機嫌が直ってくれて僕は助かったけど……。


「椅子とテーブルは設置してきたよ。あとは、お弁当を運ぼうか?」

 土手を走りながらやってきた朱里は、僕に聞くよりも先に弁当を入れていた箱を抱えていた。


「お願いしてもいい」

「オッケー」


 お弁当のほうは朱里に任せて……――と。

 僕はキッチンカーの中に入ると、コンロに火力の術式を展開させた。


「栞奈はそっちのオーブンの調整をお願い」

「……わかった。って、違うのだ。何でさらっと料理の手伝いをさせられているのだ」

「ま、いいから。お花見はみんなで楽しくしたいからね」

「全然、理由になってないし」


 いつものように言い合っていると、窓をコンコンとノックする音が聞こえた。顔を上げると、短めのローブを羽織った利発そうな少女が立っている。


「わたしにも、何か手伝えることないかしら」


 僕はキッチンカーの窓を開けると、改めて栞奈に紹介した。

「この子はヒカリ、それでこっちが栞奈」


「……美琴」

 思わず漏れた言葉を、栞奈はとっさに飲み込んだ。


「はじめまして。栞奈よ」

「たしか……魔学研究の第一人者で……」


 少し考えてから、ヒカリは何かを思い出したように言った。


「禁書庫の引きこもり」

「どんな代名詞よ、それ」

「そういう風に、美琴から聞いていたから……」


二人のやり取りを聞きながら、僕は山形の溝のついた鍋に、厚切りにした恐鳥アーケオ・バードを並べていた。


 じゅわっ……と、香ばしい音が弾ける。鍋の溝からは、つけダレと油が相まって、格別な肉汁が溢れ出す。


(うーん、これこれ。これだよ)


 北海道のお花見といえばジンギスカン――本当は、深層にいるダーク・シープが手に入ると良いが、今回は始原の魔物である恐鳥アーケオ・バードの肉を、秘伝のタレと一緒に漬け込んだものを用意している。


 それと……だ。


「ヒカリ。君は、冷蔵庫にある銀鱗鱒アビス・トラウトをオーブンに並べてくれるかな?」


 ……ここはやっぱり、大きな鮭を見ると、アレをしたくなる。


「栞奈っ、火加減は良いかな」

「上々!」


 彼女の声を聞いて、ヒカリは銀鱗鱒アビス・トラウトをオーブンに並べていった。


 オーブンからゆっくりと小さな煙が立つのを待ってから、僕は取り出した銀鱗鱒アビス・トラウトに味噌ダレを流し込んだ。


「うん! いいね。銀鱗鱒アビス・トラウトのちゃんちゃん焼きの完成だ」


 いつまでも……ずっといつまでも、僕はこの平和を守っていきたい。


「お待たせ。ハクリュウ弁当特製のお花見オードブルだよ」


 舞い散る桜の木の下には、朱里と朔がいて、栞奈とヒカリはオーブンでこんがりと焼かれたちゃんちゃん焼きを運んできて、紫苑は一人で断りもなくジンギスカンを食べている。


 ……弁当を食べながら笑い合える人たちとの時間は、僕が望んでいる平和そのものだった。


「あ、ナッツさんっ! その魚はわたしの……」

『まだまだよのう、朱里も』


 そう言いながら、ナッツは器用に朱里の手元から弁当に入っていた魚を咥えて飛び去る。


(……絶対に面白がってるよね)


 生存とは、この瞬間を生きることだ。生きる意味は必要ない。ここにこうして生きているのが答えなのだから……。

第一章「始原の帰還者」が完結しました!


◆いよいよ始まる第二幕


第二章:不死者の冤罪と不可視の迷宮――冷蔵庫の奥で待つ、罪深き極上食材


 突如として弁当屋の冷蔵庫の中に現れた、謎の「開かずのダンジョン」。

 それを皮切りに、街では次々と不可解な異変が起き始める。


 異空の背後で見え隠れする「死の断罪者」の底知れぬ悪意と策略。

 そして、ポータルを開く鍵を握る謎めいた若い女性の登場――「君は誰?」


極上のダンジョン食材をかけたお弁当屋の日常は、命がけのミステリーへと変貌していく。


――僕にとって、料理を作ることは罪なのだろうか? 罰を受けるべきなのか?


 いったい誰が、何の目的でこのダンジョンを作り出しているのか。

 冷蔵庫から始まる、不可視の陰謀と不死者の冤罪を巡る物語が、今、幕を開ける。

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