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『始原の帰還者、札幌でひっそりお弁当屋を始めます〜深層の魔物で作った『魔素抜き弁当』が美味しすぎると探索者たちの間で話題な件〜』  作者:
四食目 連続襲撃犯の濡れ衣を着せられたけど、すべては極上の『始原の魔物』を仕入れるための布石。仲間を遠ざけて裏で護衛に回る、【不器用で暗躍する凄腕シェフ】

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エピソード75 第零部隊隊長ミナトと水島美琴の転生体【すべてを受け入れ、最強の探索者は「僕たちの街」へ帰還するシェフ】

 ピリリッ……。


 周囲の空気が冷たく凍りつく。殺気を孕んだ魔力がそうさせている。


 僕は突きつけた一筋のペティナイフを下げるつもりもなく、ヒカリの喉へ向けて数ミリ手前で手を止めた。


「素直に答えたほうがいい」

 僕がそう言うと、ヒカリは息を呑んで硬直した。


「湊さん……? あのね、ヒカリさんは――」

 何かを言いかけた朱里を、膝の上にちょこんと乗った白い猫がじっと見つめた。


「あの……わたしは」

「君はどこから来た? なぜ、その肉体を持っている」

「わたしは、始原のダンジョンから来た……ヒカリ」

「そうだろうね。君の言うことが正しくなければ、説明がつかないからね」


 やれやれと嘆息しながら僕は言った。ヒカリの表情は、まるでこれから狩られるのを待つ魔物のようだった。


「……説明って」

『今いいところだから、黙ってろ』


 言葉のない声でナッツが、朱里の肩に乗って小さく鳴いた。


「ここへ来た理由を教えてくれないか?」

「理由は……わからないわ……」

「どうして?」

「それは――」


 小さく怯える少女はうつむきながら、言葉を止める。僕にはわかっていた。彼女に悪意はなく、周りに危害を加えるつもりもないことは……だが、生存するという意味で、彼女は僕たちにとって危険すぎる存在でもある。


「ヒカリ……」

「…………」

「いや、始原の探索隊――第零部隊、副官水島美琴の肉体を奪った転生体、と言ったほうがいいかな」


 僕の言葉に、ヒカリは全ての戦意を喪失したようにその場に座り込んだ。


(……僕は彼女のことを知っている。いや、彼女の元々の肉体の持ち主と言ったほうがいいかもしれない)


「違うの……よ」

 その場で泣き崩れながら、ヒカリはゆっくりと話し始める。


(……意外だった。魔物に感情があること自体が稀である)


「彼女は望んでいたわ。あなたに……ミナト隊長に会って謝りたいって……」

「謝る? 何のことを――」

「……生きることを諦めたこと、ずっと後悔しているって……」


 僕は少女の言葉にしばらく考えてから、グレイドの言ったことを思い出していた。


『……生きるためには、よく食べて、よく寝て、生存競争に打ち勝て……』


(そういえば、そんなことを言っていたような気がする……)


 彼女が――ヒカリが、こうして僕の前に来た理由は僕のせいでもあるわけだ。


「ごめんなさい……――わたし、美琴から肉体を奪うつもりなんてなかった」


 年の頃としては、朱里よりも年下で、現在のARCANAアルカナに所属できる基準の年齢よりも若い。それなのに、特級クラスの探索者の称号を持っているのは、僕と同じ始原の帰還者である、肉体の持ち主のものだからだろう。


「けど、どうしても、美琴からの伝言をミナトに伝えたかった……」

「君が始原の魔物だと知れたら狩られるとは考えなかったの?」

「……考えたわ」

「じゃあ、何で美琴のために命をかけてまでして……」

「わたしの命の恩人だから……美琴がわたしを救ってくれた……美琴が育った街を守りたかった、ただそれだけよ」


 嘘も偽りもない。ヒカリの震える瞳の奥には、僕を騙そうとする意識はなかった。

 僕は一瞬、空を仰いでから彼女に尋ねた。


「美琴は、まだその中に?」


 ヒカリは静かに首を振る。彼女は自分の手のひらを広げて、指先を動かしながら続けた。


「わからないわ。でも、わたしがミナトに会いたいと思った気持ちは、彼女のものだと思う」

「そうか」


 僕は、ペティナイフをすっと下ろした。


『……ミナト。知っていたのか……』

 念話でそっとナッツが語りかけてくる。


(どんなに姿や話し方が変わっても、部下の見分けくらいはつくよ)

『そうか』

(それに、銀の糸は美琴が得意とする能力だったからね)


 予測はついていた。でも、信じられなかった。だから、亡霊となってやってきたヒカリの肉体を僕は疑っていた。

 ……始原のダンジョンからの侵略者ではないかと……。

 でも、ヒカリを見てそうでないこともわかった。

 おおよそ――始原のダンジョンで水島美琴(みずしまみこと)が息絶えたとき、側にいたヒカリが彼女と盟約を交わして、この世界に転生したのだろう。


(それが、美琴の意識なら、僕が咎める理由もないよ)


 僕はペティナイフをエプロンに戻してから、朱里のほうに振り返った。


「朱里さん……立てる?」

 彼女は僕が腕を貸すと、そのままゆっくりと立ち上がった。体力は衰えているものの、魔力は安定しているようだ。


「よし、帰ろうか。僕たちの街に――ヒカリも……」

「いいの? わたしも一緒で」

「ま、何とかなるよ」


 言って、僕は笑った。


 あのあと……。

 グレイドは肉体を失ったまま、ダンジョンから抜け出そうとしたところを紫苑(しおん)に見つかり、無事に捕縛された。


 彼の処断は彼女に委ねるしかない。だが、始原のダンジョンからこちらの世界にやってきて生存できる稀な存在である。即刻、抹消処分になることもないだろう。


 ……探索者襲撃事件と、故意ではないにしろ肉体を奪った責任もある。ただ付け加えるとしたら、ダンジョン内で起きた出来事は、証言者がいないと立件が成立しないということだ。


 いろいろあったけど、僕は今日も弁当を作るだろう。

 それが僕の日常だ。どんなに平和になっても、人は誰でもお腹が空くし、美味しいものを食べたいと思う誘惑には勝てない。


『……生きるためには、よく食べて、よく寝て、生存競争に打ち勝て……』


 我ながら良い格言だと思う。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


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