エピソード73 超大型魔獣の出現と絶対なる忠誠【滅びゆく狂信者と、勝利確定の瞬間に吹き飛ばされたシェフ】
ドォオッ……!
雷鰻の群れを蹴散らして、空間に空いた亀裂から巨大な獣のものと思われる爪が、次元を引き裂く悲鳴と同時に突き出してくる。他の魔物たちを凌駕するその勢いは、紛れもなく始原の住処にいる大型の魔物――虚構の魔獣『ベリアル・リーフ』だろう。
その巨体と、世界を一呑みにしてしまうほどの魔素の重圧がダンジョンを震わせた。
(……あんなものが召喚されれば、このダンジョンは崩壊してしまうだろう)
僕は急ぎ術式を展開させて、周囲を見やる。グレイドの様子を見ると、彼の準備も整ったようだった。
……魔物がこちらの世界に出入りするには、魔力変換が必要となる。ベリアル・リーフの魔素と魔力が交換されれば、例外なく朱里は魔物の意思に取り込まれてしまうだろう。
「グレイドっ!」
僕の声に呼応するように、グレイドは静かに頷く。彼の周りに魔力から変換された魔素が、渦を巻くようにして集まっていくのが見えた。
トン……と、彼が地面に持っていた杖を軽く突き立てた。その瞬間に――。
「『絶禍狂奏』……――改!」
グレイドの呼び声に応えるように、紡ぎ出された闇色の魔力が魔物たちを支配していく。
(……ところでさ。改って、なんだろ?)
僕の疑問を他所にして、グレイドは静かに言った。
「主様……。私は貴方様に出会えたこと、至極の喜びと感じております」
「グレイド……? どうしたの、急に」
僕が問うよりも少し早く、グレイドはその場で膝をついた。
「私、グレイドは……主様に絶対なる忠誠を誓う次第……。例え、この肉体が滅びようとも至福の喜びと存じます」
……滅びる? そもそも、その肉体は君のものではないが……
「改の力、とくとご覧ください。始原の亡者たちを支配する強大な力をお見せしましょう」
グレイドの頭上に大きな闇の空間が開いた。次元の裂け目とは違う。彼自身が生み出した強力な魔素ともいえるものだ。
キィ……キ…、クギ……。
それまで襲ってきていた魔物たちが、一斉にグレイドに視線を向けて立ち止まった。あのベリアル・リーフでさえも、彼のほうをうかがっている。
(……膨大な魔力の代償か)
グレイドは……この世界のものたちが生命と呼ぶものとは違う。人ではない。魔素を核とした、肉体を持たない魔物と表現したほうが良いかもしれない。
魔物は魔素がなければ、この世界での存在はできない。だが、生命の持つ魔力を魔素に変換させる能力を使い、始原の魔物であるグレイドは、肉体を通して得られる魔力を糧として生きていたに過ぎない。
人には扱えない膨大な魔力を使用すれば、自ずと流入してくる魔素に耐えられなくなり、肉体はその役割を終えてしまうのだろう。
のんびりと別れの挨拶をしている時間はない。
「ナッツさんっ! 頼んだよ」
魔力が底をついたのか、そのまま杖にもたれかかるグレイドをちらりと一瞥すると、僕はヒカリの肩に乗るナッツに向かって叫んだ。
「猫様の命令だから、仕方なく手伝ってあげるわ」
言って、ヒカリは用意していた術式を朱里に向けて……――『自己防衛』に向かって解き放つ。
「『王政の銀糸』!」
ヒカリの声に呼応して、幾重にも連なった術式の帯が、朱里を取り巻く闇の球体を取り囲む。
魔力で構築され、魔素を原動力に稼働している半魔力の術式であれば、ヒカリの能力で機能の支配権を奪えるはずだ。
だが無論、そうやすやすと術中にはまるほど、グレイドの構築した最高傑作の術式は甘くない。
ヒカリの放った魔力の奔流を察し、『自己防衛』は迫りくる光の帯を展開させた術式で迎撃していく。
「何なのよ、あれは――」
思わず、ヒカリの口から渋い声がこぼれる。構築されたヒカリの術式は、朱里に近づく瞬間にその役割を書き換えられてしまっているようだ。
(なかなか、苦戦しているようだ……)
このままでは、近づくことすらできない。グレイドの術式でも、朱里の魔力量に応じて『自己防衛』が作動しているわけだが……。
そこへよろりと立ち上がったグレイドが、最後の力で僕のそばにやってきた。膝を折り、忠誠を誓うようにして、顔を伏せながら言った。
「主様。私の役目は終えました。そろそろ幕引きでございます」
この光景を見て、鋭い目つきでこちらを睨むヒカリの視線が痛く突き刺さる。
「よくやった……あとは、僕に任せて」
そう言うと、グレイドの周囲の空間が、ノイズのようにぐらりと揺れた。肉体と魔素との分離が起きようとしているのだろう。
(そうか……――)
気がついた僕は、すぐさまヒカリに命じた。
「ヒカリ! もう一度、術式を展開させて!」
「あなたに、指図される覚えはないわ」
(……僕は彼女を怒らせた覚えはないが……)
状況を見てか、ヒカリは再び術式の構築を始めた。
朱里のほうを見ると、闇の奥にいるはずの彼女の姿はもう見えない。次元の亀裂に呑み込まれようとしているのかもしれない。
カッ!
ヒカリの放った術式は光の帯へと転換され、闇色に染まった朱里を包む球体を縛り付けていく。
そして……それと同時に、グレイドの肉体が僕のそばで音もなく崩れ落ちた。
「うまくいったわ! あとは、あんたの番よ!」
『自己防衛』の支配権はヒカリが制御できたようだ。
僕の番だ。朱里に施された結界の術式を解除するだけ……――。
ドガシッ!
(あれ……? 今、何かに――)
ドォオッ……!
瞬間――だった。
僕は勢いよく、何かに弾き飛ばされた。
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