エピソード72 暗殺者の猛攻と丸投げされた白猫【世界滅亡の危機よりも弁当の仕入れを優先するシェフ】
……何かとんでもなく誤解をされているようだ。
ナイフを引き抜きざまに地を蹴り上げたヒカリ――。残像を残して、すぐさま僕の目の前に現れる。
(速いっ!?)
魔力、技量、身体能力ともに高レベルな探索者といってもいい。僕はとっさに体を反らして、斬撃を躱す。幾筋もの連続するナイフの軌道は、確実に急所を狙ったものだ。
(……本気で僕を討伐するつもりか?)
術式を展開させる。反撃のためのものでなく、相手の能力を探るための解析である。
ヒカリの能力とその身のこなしからしても、魔法系の暗殺者といったところだろう。
ナッツとの感覚共有を通して、ある程度は彼女の能力を知っているつもりになっていたが、実際に対峙してみると、能力以上の強さが伝わってくる。
ヒカリの放つナイフの軌道から避けるように、僕は後ろへと押されていく。
(……あのナイフ、何かの術式が施されている)
彼女が虚空を切り裂く度、その軌道には魔力の残像が残る。術式でナイフのサイズを変えているのか、もしくは形状を変化させているのだろう。
「ちょっと、待とうか。多分、何か勘違いをしていると思うんだ」
「っ!?」
このままでは埒が明かないと判断したのか、僕の言葉を無視して、そのままヒカリは後ろへと飛び去り……――。
「切り裂け、『剛刀の銀糸』!」
広間でグレイドに放ったあの不可視の針――目に見えない魔力の光線が散弾のように放たれる。
(……このままだと――!?)
僕はとっさに魔法障壁を展開させた。
薄いカーテンのように閃く透明な布が、硬殻海老に直撃する瞬間に、ヒカリの術式を拡散させた。
「魔物を守るなんて、さすがは魔王様ね」
(せっかくの食材に傷がつかないように、ヒカリの一撃を防いだだけなのだけど……)
途方もなく、誤解は続いてしまっているようだ。
どうするか……まだ、食材狩りはしたいし、朱里にかけられた術式を解かなければならない。それに加えて、目の前にいる暗殺者の誤解を解かないと、魔力暴走で朱里が世界を滅ぼしかねない。
『……ミナト、状況を説明しろ』
僕もどうして命を狙われているのか知りたいところだが、念話を通して、これまでの経緯をナッツに説明した。
(現状は、朱里の周りに展開している『自己防衛』の術式を制御しない限り、始原の魔物たちはこの世界に放出されてしまうわけなんだ……)
『なるほど……そこに、ヒカリがお前をグレイドの仲間だと思っているわけだな』
(ナッツさん……面白がっているよね?)
『何を言うか。こんな滑稽なことなど、久方ぶりではないか』
(それを面白がってるって言うんだよ)
この瞬間にも、ヒカリからの猛然たる閃撃は止むどころか増すばかりだ。
(……それに――)
ちらりと魔物たちの様子を見やる。個体数が増えている。次元の裂け目が広がってきたのだろう。
(朱里さんは……?)
球体に魔力を吸収されて、立っているのがやっとといった感じだ。このまま彼女が意識を失えば、魔力の暴走は免れない。
(あまり時間がないね……)
周囲を見渡した僕は、グレイドを視界に探した。
「グレイドっ。動けるかい?」
「御意。もちろんです。主様」
「一瞬でいい……魔物たちの動きを止められないかな」
「始原の魔物どもの動きを……ですか……多くの時間は持ちませんがよろしいですか?」
「あぁ、構わない」
僕は言って、ヒカリの放った一撃をペティナイフで受け止め、彼女のナイフごと大きく弾き飛ばした。
「魔物たちを統率して襲ってくるつもりね!」
(……いや、違うから)
焦りの表情をにじませながら言うヒカリに、僕は心の中で速攻で否定する。
だが、そんなことをしている場合ではない。
(ナッツさん……お願いがあるんだ――)
僕は念話ごしに、作戦を伝えた。
『面倒だが仕方あるまい……』
白い猫は僕の言葉を聞いて静かに頷くと……――。
「朱里を返しなさい! 魔王っ!!」
叫びながら術式を展開させたヒカリの前に、ナッツが魔法盾を展開し、彼女の術式を解除した。
「ね……猫様……どうして」
『話を聞け。朱里の魔力によって、次元の裂け目が生まれている』
「それは本当ですか?」
『あれを見ろ――』
白い猫が見上げた視線の先に、朱里がいる。彼女の周りに展開した幾つもの術式が旋回しているのが見える。
『朱里を捕らえているのは、紛れもなくあの術式だ。あれを支配しない限り、魔物たちの放出は防げんぞ』
「わかったわ。わたしは何をすればいい?」
『……あの術式を支配しろ』
ナッツとのやり取りで、とりあえずヒカリの意識は僕から朱里へと向けられた。
僕は五匹目の銀鱗鱒を仕留め……もとい、討伐し終えてから、恐鳥を冷凍して亜空間収納を完了させ……――グレイドに指示を出した。
各自、僕の計画に沿って準備に入る。
弁当の食材も充実したし、あとは朱里を救出して次元を元に戻すことだけだ。
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