エピソード71 暴走する自己防衛と幕の内弁当の献立【ヒカリに魔王の親玉だと勘違いされてしまったシェフ】
青い光、赤い光、緑の光……。
上層から見下ろす朱里は、音のない声で何かを叫んでいる。
「っ!?」
周りを囲む冷たい球体の壁から抜け出そうと、必死になって彼女は何度も拳を打ちつけるが、壁は言うことを聞かない。
(……内側からも壊せないものなのか)
やがて、光の一つ一つが波状に広がり円を描き、幾つもの古代文字を模した魔法陣を展開させていった。
(あの術式はなんだろう……?)
朱里が展開させたものではないようだ。今の彼女が『鬼火』の他に扱える術式はそう多くはない。
「え?」
音のない朱里の声が聞こえたような気がした。
その瞬間、魔法陣の一つがゆっくりと僕のほうに角度を変える。
「ミナト様っ! 避けてくださいませ!」
グレイドの声が耳に届く前に、目の前に収束した魔力の光がこちらに向けて放出された。
ドゴォンッ!
地面をえぐる音を立て、一直線に伸びた光の熱線が僕に向かって降り注ぐ。
「主様ぁあああああぁっ!」
立ち込める爆風の外側から、グレイドの切迫した声が響く。魔力による風圧が徐々に静けさを取り戻してきた頃に、僕の足元の地面は熱でドロドロに溶けているのが見えた。
「……レーザー光線のようなものかな」
とっさに展開させた風の術式をまといながら、僕は小さく息を吐いた。
「ミナト様っ! ご無事で何よりです」
「それよりも、グレイド。あの朱里の周りをくるくる回ってる術式は何なのかな?」
今もなお、朱里の周囲に無数の術式が展開されているのが見える。僕がそう聞くと、なぜかグレイドは誇らしげに胸を張った。
「『自己防衛』の能力でございます。始原のダンジョンを結びつけるには朱里の肉体が必要となるため、私が全力で構築した自慢の術式になります」
「で……その自慢の術式とやらが、どうして僕に攻撃してくるのかわからないんだけど……」
「敵対者として見なされたのだと思われます」
「今すぐ、朱里のアレを解除してもらえると助かるんだけど……」
グレイドは少し考えてから、朱里の周りにある術式をじっと見つめ、静かに首を振った。
「私には無理です。朱里の魔力で術式の力も上がっているようです」
「……止める方法は?」
「ミナト様。あなた様のお力で、どうか魔力の壁を破壊していただけないでしょうか」
(……結局、力技で何とかするしかないんだね)
そうは言ったものの……下手に手を出せば、『自己防衛』という厄介な術式に迎撃されてしまうだろう。
(それに……――)
キィッ!
そろそろ、あちらも限界のようだ。
ミシミシと音を立てながら、裂けた空間の中から魔物たちがあふれ出してきた。
「次元の裂け目は閉じられないの?」
「主様の崇高な意志のもとで開闢された新たな世界を、私に閉じることなど……」
「要するに、できないってことだね」
「さようでございます」
朱里の魔力の不安定さから、大型の個体はこちらの次元には出てこられないが、中級クラスの魔物たち程度なら通り抜けられてしまう。それだけ、次元の溝が広がっている状況と言える。
「グレイド! 魔物たちをこのダンジョンの空間から出さないようにはできる?」
「その程度なら、私の力にかかれば容易いこと」
「任せたよ」
「承知しました」
魔物を呼んだ張本人(?)に後ろは任せ、僕は魔物たちの群れの中に飛び込んだ。
不安だが仕方がない。今は信じられるもの……もとい、信じたい気持ちを優先にしよう。
ばさり、と翼を広げた一体の魔物が僕の目の前に現れる。始原のダンジョンでも珍しい個体だ。
これは……――もしかして、(久しぶりの食材)になるのではないか。
鋭い爪と黄金に光る瞳、赤い羽根を持つ魔物は、『恐鳥』だ。
もう始原のダンジョンに行くことはないと思っていたから諦めていたが、極上の食材を集めるにはいい機会かもしれない。
銀鱗鱒に、硬殻海老、それに雷鰻……何でも揃ってる。やっぱり、始原の魔物は食材の宝庫だ。
さて、どんなお弁当にしようか……。
『ミナトっ! 待たせたな』
僕が弁当の食材で悩んでいると、頭のなかに声が響いた。
「ナッツさん。来てくれたんだね」
『いったい……何があったんだ……』
溢れ出す始原の魔物たちを前にして、ナッツは呆然としていることだろう。
「我が主様の前であるぞ。貴様たちは跪くがいい」
(……グレイド、何で君がそこで偉そうにしているのかな)
部屋の外からやってきたナッツに向かってか、グレイドは高らかに声を上げた。
「我が主様は、朱里を生贄にし、魔物たちを諌めておいでなのだ」
(間違ってはいないが、その言い方だとなんだか僕が魔物たちを呼び出したみたいに聞こえるけど……――)
「ここを開けなさい! グレイドっ」
言ったのはヒカリだった。この声は彼女のものだろう。
「笑止。私は主様に仕える従者。主様からの命により、この場の結界を解くことはできぬ」
(……確かに、さっき僕は魔物を出さないでくれ、とお願いしたけど……)
「だったら、力ずくで破壊するだけよ」
「むむっ!?」
ヒカリの放った何らかの術式が、グレイドの構築した魔法壁を破壊したようだ。
「あ……主様……不覚にも私は――」
魔力の圧におされて、あっさりと弾き飛ばされるグレイド。それをみて、ヒカリはずいと一歩前に進み出る。
「そこの親玉! わたしが討伐してあげるわ!」
ビシッと、ヒカリの指が僕を指していた。
(……えーと。これって、どういう状況なのかな)
ちらりと、僕はナッツに目を向ける。どこか諦めた様子で、白い猫は静かに首を振っていた。
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