エピソード69 グレイドの狂気と朱里のすれ違い【ラスボスの崇拝する「主様」がまさかの自分だったシェフ】
誰にでも、生存する権利はある……――。
生きようとする目的もそれぞれあって、求めるものも違って、信じられるもののために生きようとするのは決して悪いことではない。
それが……生存する権利なのだから。
「整いましたよ。主様」
いかにも怪しい洞窟の奥。開けた場所には、無骨に作られた石段の上に装飾の施された王座が一つ。誰もいない王の椅子に向かって、グレイドは高らかに狂喜していた。
(……何してるんだろう。それに――)
「どうです? 素晴らしいでしょう」
グレイドの視線の先には祭壇が設けられ、そこに一人の少女が縛られていた。
物語で言うところのセオリー通りの展開なのだが……
僕は紫苑のもとを離れてから、金山ダンジョンの奥にあるジェネシス2525に向かった。一階層から地味に十四階層まで攻略しながら、十五階層に到達した後のこと……――。
……半田と探索者の二階堂が、十五階層の部屋の中で倒れていた。幸い、ナッツの展開させた魔法盾の影響もあって、二人は気を失っているだけだった。
(あの二人なら大丈夫だろう……)
だが――そこに朱里の姿はなかった。
グレイドの魔力を探知して来てみれば、物々しい雰囲気の中、男が一人、誰もいないこの部屋で歓喜していた……というわけだ。
「おや、朱里さん。王の前で不服な顔をしてはいけませんよ」
来てみれば、朱里は柱に縛られており、まるで生贄にでも捧げられるように、術式で展開された檻の中に閉じ込められていた。
グレイドは何がそんなに楽しいのか、クツクツと笑いながら言う。
(……僕が来るまでの間に、一体何が起きたのだろう)
「わたしも探索者よ。こんなことくらいで負けないから……」
何と戦っているのかわからない言葉を言いながら、朱里は縛られた後ろの手を必死に動かしているのがわかる。
「勇ましいですね。私の魔力の帯で縛り上げているのに、それだけの気力を保ち続けられるとは……」
(……そうか。それであの形か――術式の檻とあの縛られているものは、朱里の鬼火を封じるためのものか)
「こんなものでどうにかなると思っているのですか」
そう言うと、つかつかとグレイドは朱里に近づき、彼女が腰に下げている二本の刀剣を引き抜くと、近くの水の中に放り込んだ。
「ちょ、ちょっと! 命よりも大切なわたしの剣に何してくれるのよ!」
(……いや、今、多分だけど……剣よりももっと守らなければならないものがあると思うが)
「命……。そうですよ。あなたの身体に興味がございます」
「な、な、な……何を言ってるのっ」
「欲しいですね。主様もきっと気に入ってくれるはずです」
グレイドの指先が朱里の顎をくいと持ち上げ、焦りをにじませる少女の顔を見下ろしていた。
グレイドはそっと朱里に近づき……そして、縛られた少女をそのまま抱きしめた。
「……なっ!?」
一瞬、何が起きたのか分からず、朱里の口から反論する言葉すら失われる。
ぎしっ……と、強く朱里の肩を抱き寄せるグレイドの瞳は閉じられていた。
(……何をしてるのだろう)
「や、やめて! 離れて!」
「もうあなたを離せない」
「だから! どうしてよ!」
突然の告白(?)にどうしていいのかわからず、朱里は絶叫していた。
……僕もそう思う。
「あなたの全てが欲しいのです」
「ダ、ダメ。ダメなものはダメだから……! わたしにだって、気になる人くらいいて……」
顔を赤らめながら言いづらそうに言う朱里に、グレイドはやれやれといった顔をした。
「わかりますよ。私にも主様がいる。この忠誠はどんなものにも代えがたい……だから、心の中にある信じるものを裏切ることなど到底できないはずです」
「……何のことを言ってるのか、さっぱりわからないんだけど」
「わからなくていいのです。これから、私たちはお互いを知ることになるのですからね」
朱里を縛り上げていた帯状の魔力は、その形態を変える。一瞬解放された彼女の体は、すぐさま球体の中に閉じ込められた。
「さて、はじめましょう。あなたはただそこで見ていればいいのです」
球体の表面から不可視の霧が溢れ出す。
「うっ……」
一瞬、力が抜けたように朱里はその場で膝をつく。
(……あの霧は、魔力)
球体は朱里の魔力を吸い出し、グレイドへと吸収されていく。
「はーはっはっ、すごいぞ。すごい。これが、東雲一族の力か」
「うくっ……」
朱里は無理やり身体を起こして、グレイドを睨みつけた。
「目的は何!」
「簡単ですよ。あなたの身体を私にください。その前に――たっぷりと魔力を抜き取った後でね」
ばさりとローブを翻し、グレイドは王座に向けて歩いていった。
ブワッ……と、洞窟の壁に青い炎を宿した燭台が浮かび上がり、部屋の中を囲むようにして鎮座していく。
両手を振り上げながら、グレイドは高らかに声を上げた。
「さぁ、我が主よ。これより、始原のダンジョンを結びつける儀式が整いましたよ」
「……どういう意味?」
小さく声を漏らす朱里に、ぐっと拳を握りしめて男は返した。
「私たち……いえ、我々の悲願なのですよ」
「……」
「始原の世界が、やっとこの世界に降臨できる……。それも全ては、主様の望みなのです」
その瞬間だった――!?
王座の目の前に、一筋の黒い亀裂が現れる。言い表すとすれば、それは空間を裂いたような軋む音と同時に現れ、裂けた異空の世界から巨大な目がぎろりとこちらを睨んでいた。
「さぁ! 我が主よ。私を認めるのです。あなた様に忠誠を誓った最後の信徒を……――!」
雷にも似た稲光が、空間の裂け目からほとばしる。
「今こそ! 我が主、始原の帰還者、ミナト様っ!!」
………………………………………………ん?
(僕か……???)
「ミ、ミ、ミ、ミ、ミ、ミナトさん!?」
グレイドが発した突然の言葉に、僕も朱里も一瞬、言葉を失った。
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