エピソード68 神の再臨を語る男。残像を残す白猫【探りを入れるシェフ】
キュエエエッ!
雄叫びを上げて襲ってくる魔物を、ヒカリの放った銀の糸が縛り上げる。飛来してきたキラーバットを、白い猫は術式で構成した風の衝撃ではじき返した。
魔物たちを一掃しながら……――しばらくしてからだった。
先ほどの庭園から一直線に、ダンジョンの深層に向けて走っていたナッツの視界が、巨大な女神像を捉えた。
「グレイドよ!」
何かの儀式を行う場所だろうか。ダンジョンが作り上げた概念に深い意味はないが、ステンドグラスが輝き、その下には何らかの神が祀られている。
そして、こちらに背を向けてクツクツと嫌な笑いを浮かべる男の姿があった。
『うむ……あの者は、あの場所で何をしているのだ』
ナッツは警戒しながら足を止める。が、ヒカリはそのまま男……グレイドに向かって疾走していく。
『待て……――』
白い猫の声にぴくりと足の動きを止めてから、焦りを浮かべた表情でヒカリは返した。
「このままだと『鍵』が奪われてしまうわ」
何事もなかったようにして振り返るグレイドの手には、一体の魔物が捕らえられていた。
……あの魔物は――
サクリ……。そして、くたりっ……。
グレイドにとどめを刺された魔物はそのまま息絶え、黒い影となって消えていった。
「見つけたわ! グレイド」
ヒカリの鋭い語気にも、さして気にする様子を見せないグレイド。手から崩れ落ちた魔物を見送ったあとで、こちらに視線を向けた。
「もう、ここまで来てしまいましたが……」
「『鍵』を渡せ、と言っても素直に応じてくれないわね」
一歩ーー男はばさりと羽織ったマントを翻してからこちらへと近づいてくる。ヒカリの身構える姿を見て、グレイドの口元に笑みがこぼれた。
「当然ですよ。物語の主人公たちは、いつだって答えるはずのない質問をしてくるものです」
「認めるのね。あなたが主人公でないことは?」
「物語というものは、ただの創作でしかない。結局は事実を超えることはできないのですよ」
「どういう意味よ?」
「答えると思ってますか……クックックッ」
「うわっ、何か腹立つわね」
「交渉というものは、常に冷静でなければなりませんよ。それに、上位でない以上は駆け引きも無意味です」
ナッツはヒカリの肩に、とんっ、と飛び乗った。
『……ヒカリ。グレイドは何かを企んでいる。探れ』
「あなたの目的は何? まさかと思うけど、世界征服なんて言う気じゃないわよね」
「まさか……そんな物語通りの理屈で、私が満足すると思いますか?」
「……質問に答えてはくれないのね」
「答える必要はない……でも、同郷のよしみで教えてさしあげましょう」
そう言うと、グレイドは片手を振り上げる。
パリンッ、とステンドグラスが割れて、女神像が音を立てて崩れていく。
「ヒカリさんは、神を信じますか?」
「どうして急に宗教の勧誘みたいになってるわけ……」
「そうですね。あなたを勧誘していないと言えば……嘘になります。クックックッ」
朽ち果てた銅像の残骸を見下ろして、グレイドは欠片を一つ拾い上げた。
「私の目的は、神の再臨ですよ。そのために、ヒカリさんの肉体をもらえませんか?」
「くっ……!」
グレイドは言葉を告げた瞬間、強烈な魔素を解き放つ。
「私は誰にも止められない。安心してください。まだ、交渉の席は用意しておいてあげますから……」
男は言葉を言い終えるよりも先に、何かの術式を展開させた。本能的にヒカリはその場から跳び退く……。足元を見ると、そこには黒く溶けた跡があった。
「悪いけど、交渉なんてするつもりはないわ」
「クックックッ、ヒカリさんの率直過ぎる姿は、いつ見ても称賛に値しますね」
「どういう意味?」
「私を捕まえられたらお答えしましょう」
グレイドの能力はわからない。規則性がない。通常、人間の探索者であるならば固有スキルとそこから派生した能力に限定されるが、グレイドの能力には系列性が感じられない。
……おそらく、取り込んだ肉体が持つ能力をそのまま扱うことができるようになる……――そんなところだろう。
グレイドの挑発にまんまと乗せられたヒカリは、構成した術式を解き放つ。
「影縛りの銀糸!」
放たれた閃く不可視の針が、男の足元に突き刺さる。
「……くっ」
ヒカリの術式は、影を大地に縫い付けるようにして、相手の身体を縛るものだろう。身動きの取れなくなったグレイドを見て、続けざまに彼女は新たな術式を展開させる。
それは――影から放たれた雷撃だ。
ビギギギギギッ……と、グレイドの全身は、出現した稲妻の光波に包まれた。
「どう? 見くびっていた相手に不意を突かれるのは……」
「そんなものですか」
よろり……とグレイドの身体が傾き、その瞬間に、ヒカリの目の前には男の顔があった。
「そんな、影縛りが効いている……はず――」
ヒカリに、その理由を詮索する余地はなかった。男の鋭い眼光が彼女の首元を捉え、グレイドの手が伸びる……――。
『油断するでないっ』
とっさにナッツが展開させた術式の盾が、グレイドを大きく突き飛ばす。
一瞬、倒れかけたグレイドの肉体は、傀儡のように不自然に起き上がり、長い髪を片手でかき上げながらヒカリを見据えた。
「ヒカリさんに提案します。私と手を組みませんか?」
ちらりと、ヒカリはナッツの方を見た。
「そ、そんなことしたら、猫様に噛み殺されてしまうわ」
『私はそんなことしないぞ』
そんなやりとりを見ながら、グレイドは何かに気がついたように、交渉の相手を白い猫に変える。
「猫様……? その薄汚れた獣のことを言っているのですか」
『誰が薄汚れてる……』
「だったら、猫様も一緒に、新たな楽園を作りましょう」
『あいにくだな。私はこの世界が気に入っている。それにな――』
……一瞬だった――。
白い猫は視界に残像だけを残して消え、ヒュッ、と空を裂く音だけが響く。そして気がつくと、ナッツはグレイドの肩越しに乗っていた。
「な、何をなさる……」
何が起きたのか分からずに、グレイドは酷く動揺している。
……突然、目の前にいた猫が消えて、己の肩に乗っているのだから、グレイドが慌てるのも無理はない。
『実体のない者とは交渉しない主義でな』
そう言うが早いか、ナッツの右手が素早く男の首を刈り取った。
「猫様、これは一体!?」
『時間稼ぎだ。本体は別の場所にいる』
捕らえたはずの首に、手応えはなかった。そのすぐあとに男の首は影に変わり、ごろりとその場で倒れた身体も、黒い霧となって消え去った。
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