エピソード67 トーラ管理局の密談と純魔素の真実【剛力オークのコロッケ弁当を味わうシェフ】
亜空間に作られた部屋の中は、凛とした静寂に包まれていた。
ぎっ……腰を下ろしていた椅子に力を入れる度、微かに軋む音が小さく響く。
トーラ管理局の一室。今、僕は紫苑と一緒にいる。他に誰もいないのは、外部に情報が漏れて大ごとになることを恐れた紫苑の配慮によるものだ。
薄暗くした部屋の中……空中に浮かび上がる術式の映像に目を向けながら、僕と紫苑は弁当を食べていた。
(……自分で言うのも何だが、やっぱり剛力オークのコロッケは美味しい。絶妙な肉汁の加減が、甘さとジューシーさを与えている)
モグモグ……ごくんっ……。
ちらりと横目で見やると、紫苑も二個目のハンバーグ弁当に夢中になっていた。
(……満足してもらえて良かった)
「まるで、映画のような話だな」
そう言いつつ、付け合わせの人参をそっと弁当の隅に寄せる紫苑。鬼の管理官にも苦手なものがあるようだ。
(……うーん、人参のグラッセは美味しいのに)
感覚共有を術式に変換した僕は、ナッツの視覚と聴覚をそのままホワイトボードに映し出していた。
映画さながらの臨場感のある映像と音響に、弁当を食べていた紫苑もつい手を止めて見入ってしまうほどだった。
「紫苑ちゃん。お茶のおかわりはいる?」
「……ちゃん付けは止めろ」
会議室にあったマグカップにお茶を注ぎながら言う僕に、紫苑はすかさず反論する。
(……やっぱり、お弁当にはお茶が合うね)
お茶を飲んで一服してから……ややあって、紫苑は静かに言った。
「……釣れたな」
「そうだね。網にかかった魚は意外と大きかったようだけど」
僕はナッツの五感――視覚と聴覚を通して、彼ら……朱里たち探索者とヒカリたちの様子を窺っていた。
僕の推測が正しければ、今回の件は……純魔素の因子の暴走――といったところだろう。
「グレイドという者で間違いないな」
飲み終えたカップをテーブルにコトリ……と置くと、紫苑はお弁当に添えられた割り箸を丁寧に袋の中に戻していく。
「だが、どうする?」
「……うーん」
問われてから、僕は今までの経緯を頭の中で整理していた。
……グレイドの目的は、ジェネシス2525のダンジョンと『厄災の塔』を、亜空間同士で結び合わせること……だろう。
肉体を乗り換えながら生存しているところをみると、本体は別にあると見たほうが良い。
「ダンジョン内に設置されていた転送石を持ち出したのも、グレイドで間違いないな」
紫苑の言う通りだ。恐らくその目的は、魔力の増幅……――。
ダンジョン内には、魔力と魔素の両方が流れている。二つの要素が互いに引き合うことで、こちらの世界と他の次元が結びついているという理論になる。そこに対して、始原のダンジョンの入り口を作るには、現行の魔力量では足りない。既存のダンジョンの魔力量をグラスの水に例えたならば、始原のダンジョンの出現には学校のプールほどの量を必要としているからだ。
……転送石は、その膨大な魔力を補うためのものだが――
「だが、後継のダンジョンの魔素と純魔素は波長が違うが――」
「魔素変換を行うつもりだろうね」
「……何だそれは?」
「簡単に言うと、ろ過装置のようなものだよ」
……グレイドが純魔素を保有しているとした場合、彼自身に魔素を通すことで純魔素に変換することができる。
「つまり、グレイドの肉体を通して、魔素から純魔素を作り出そうとしているわけさ」
……もちろん、この推測には欠けているものが一つある。それは――
「グレイドの憑依体は、どう見てもC級の下段ほどの実力者になるがな……」
紫苑の言いたいことはわかる。適量を超えた魔力の送出は、肉体の崩壊につながるからだ。
「それが分かっていても、グレイドは先に鍵を見つけようとしているわけだな」
「そうだね。彼にとって、勝算がある……ということになる」
……魔素を純魔素に変換するには、膨大な魔力を通す『器』が必要となる。グレイドは恐らく、その肉体を探すために探索者を襲撃していたのだろう。
「そうか。鍵はあくまでも、ゲートを開くためのもの……だとすれば――」
僕の脳裏に、疑問を解消する答えが思い浮かんだ。
転送石の魔力を使い、魔素から純魔素に変換していく。これであれば、肉体への負担を軽減しながら純魔素を作り出すことができる。
つまり……鍵の役割は、そのあとからになる。だけど、ゲートを開くときには、転送石の魔力をいったん肉体に移す必要が出てくる……――
「そういうことか」
「何かわかったのか?」
一つの答えに到達した僕は、紫苑の顔を見た。
「グレイドはわかってるんだ。自分が先に鍵を手に入れれば、必ずそれを奪い返しに来るとね」
「……?」
それが答えだった。
僕は食べ終わったお弁当のパックを片付けながら、エプロンのひもを縛り直した。
「とにかく、時間がない」
「我々は何をすればいい?」
緊迫する僕を見て、彼女の顔にも明らかな焦りが生まれていた。
少し考えてから、僕は紫苑に言った。
「食材集めに協力してくれるかな?」
「……食材――あ、そうか。お前は弁当屋だったな」
言って、彼女はやや呆れたように肩をすくめて嘆息した。
「わかった。これより、トーラ管理局は金山ダンジョンを封鎖する。……グレイドの捕縛はミナトに頼めるか?」
「……それは遠慮しておくよ」
「だが、それでは札幌の街が壊滅するぞ」
「安心して。グレイドを捕まえるのは僕じゃない。僕は新鮮な食材を狩りに行くだけさ」
「しかし……それでは」
「グレイドの処断は君たちに任せた」
……僕は弁当屋だ。誰も裁く権利はない。だけど、正しさを主張するだけなら、僕にもその権利はあると思うんだ。
「その代わり、約束してほしい。金山ダンジョンのみんなを必ず守る……と――」
僕は目の前に片手のひらを広げると、亜空間から外へと繋がる術式を展開させた。
ボワッ……と、何もない空中に亀裂が入り、空間が大きく揺らぐ。
背を向けて、僕は歪んだ空間の中へと飛び込んだ。
「了解した」
遠くの方で紫苑の声が反響して消えていくのと同時に、視界がまばゆい光の渦に飲み込まれた。
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