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『始原の帰還者、札幌でひっそりお弁当屋を始めます〜深層の魔物で作った『魔素抜き弁当』が美味しすぎると探索者たちの間で話題な件〜』  作者:
四食目 連続襲撃犯の濡れ衣を着せられたけど、すべては極上の『始原の魔物』を仕入れるための布石。仲間を遠ざけて裏で護衛に回る、【不器用で暗躍する凄腕シェフ】

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エピソード66 厄災の塔の真実と、結成された一人と一匹の即席バディ【猫様と呼ばれ共に駆ける猫と秘密を探るシェフ】

 白い猫に見つめられたまま……――ヒカリはその場で立ち尽くしていた。


 恐怖か。それとも、畏敬の念によるものなのか。入り混じった両方の感覚に支配されているようにも見える彼女の姿は、魔物たちがひしめき合う戦場にいるにも関わらず、一瞬の間……肩から力が抜けていた。

 ナッツはヒカリを真っ直ぐに見つめている。その瞳の奥には、明らかに殺意が込められていた。


『お前に聞きたいことがある』


 きぃっ!

 魔物たちの乱闘が激しく繰り広げられている。


『グレイドと名乗る者と……』


 くぁつ!

 ヒカリの放つ銀の糸が、大ぶりなナタを担ぎ上げた魔物を操り、他の魔物たちを薙ぎ払う。


『あの者が言っていた――』


 どどどぐがぁっ!


『えぇっい、うるさい! 少し黙らないか!』


 覇気を込めた猫の一喝に、魔物たちはぴくりと動きを止めた。敵であろうと味方であろうと、その全てが争いをやめて、一斉にナッツへと視線を向ける。


『……何をしている』


 魔物たちに混じって、なぜかその場で正座をし、ピンと背筋を伸ばしているヒカリがいた。


「……何となく、本能的にこうしないといけないような気がして」

 彼女の苦笑いに、ナッツは目を細めながら嘆息した。


 周りの喧騒が止み、完全に静かになったことを確認してから、白い猫は言葉を続けた。


『アイツの目的を教えろ』

 問われて我に返ったヒカリの声には、酷く焦りが混じっていた。


「な、何でわたしが知ってるのよ」


 ……何かを隠している。

 わかりやすい彼女の反応を見て、ナッツは目の前に転がっていた燭台を前足でカランと跳ね飛ばしてから、ギロリと彼女を睨みつける。


『知っているから聞いているのだ。二度は言わせるな』


 ぴくりと肩を揺らし、ヒカリは慌てて訂正するようにパタパタと手を振りながら言った。

「わ、わかったわ」


 猫に睨まれながら、肩をすくめて続ける。

「あ、言っておくけど……わたしとグレイドとは無関係よ。たまたま行き先が同じで、よく顔を合わせるというか……」

『今はお前のことなどどうでも良い』

「どうでもって……それ、失礼よ」

『いいから答えろ』

「ご、ごごご、ごめんなさーい」


 ナッツの圧倒的な威圧感にどうしていいのかわからず、ヒカリは本能的に謝ってしまった。


「グレイドのことは、わたしもよくわからない……デス」

『……それで』


 いったん口をつぐみ、考えてから、ヒカリはぽつりとつぶやくように言った。

「グレイドの目的は、ゲートを開くことデス」

『うむ……ゲート?』

「あなたも聞いたことあると思うけど……」


 神妙な面持ちで、ヒカリは話し始める。彼女の握った拳に、自然と力が入っているのがわかった。


「今から十年以上前に起きた『厄災の塔』……探索者でなくても、誰でも知っている話だと思う――」

『始原のダンジョンの出現のことか』

 静かに問うナッツに、ヒカリは重く頷いた。


 厄災の塔……とは、今でこそ後継のダンジョンの影響によって『始原のダンジョン』と呼ばれている。だが、突如として魔物たちが溢れ出たその場所を見たかつての人たちによって、いつの日からかそう呼ばれるようになっていた。


「わたしは厄災の塔について調べているとき、あることに気がついたのよ」

『……ん? 気がついた――?』


 厄災の塔はもうない。消滅した、攻略された、壊された、崩れてなくなった……など、様々な憶測や噂が都市伝説のように広まっているが、その事実を知る者はごくわずかな一部の者しかいない。

 ……ヒカリは、どうして始原のダンジョンについて調べているのだろうか。


 その疑問をよそに、彼女は言葉を続けた。


「今から十年以上前に発生した始原のダンジョンは、あることがきっかけで突然その姿を消したわ」

『…………』

「でも、始原のダンジョンはなくなっていなかった……」

『どういう意味だ?』


 思わずナッツが聞き返した。


「見えなくなっただけ……というのが、わたしが調査した結論――」

 あいまいなヒカリの話に、ナッツは小さくため息を吐いた。


 ……彼女の言う『気づいたこと』。どこまで知っているのだろうか。気になるが、今はそのことよりも――。


『それと、グレイドという奴との関係はどこにあるんだ』


 ヒカリは静かに首を振った。

「正直、関係はわからないのよ。別にグレイドと友達でも何でもないし……」


 ……嘘はついていない。何かを隠しているようだが、グレイドの件とは無関係の様子だ。


「何度かグレイドと関わるうちに、あいつの目的が見えてきた……それがゲートの解放だと」

『ゲートとは何なのだ』

「始原よ――……」

 一呼吸を置いてから、ヒカリは話し始めた。


「かつて、十年以上前……魔物たちで溢れかえったあのダンジョンと、この世界を繋げるためよ」

『……何のためにだ? まさか、世界征服などと子供の遊びのような理屈ではなかろう』

「知らないわ。見ている限りは、ただの破壊活動には思えないことは確かね」

『それで。お前もゲートを繋げたい一人だということか』


「違うわっ! わたしは……そんなこと望んでいない」

 ナッツの向けた挑発に、声を荒げながらヒカリは言った。


『まぁいい……』


 ヒカリの真意はわからないが、今はグレイドの暗躍を阻止するほうが先だ。


 何らかの影響で、始原のダンジョンがこちらの世界と結びつけば、間違いなく札幌の街は壊滅状態になるだろう。恐らく、始原に潜む魔物たちと対等に渡り合える探索者は、ARCANAアルカナの中には一人もいない。魔物の一体を討伐することすら困難だろう。


 ……そんなものを解放させるわけにはいかない。


 少し考えてから、ナッツは言った。


『だが、後継のダンジョンと始原では構成要素が異なる……結びつけることはできんと思うがな』

「グレイドは恐らく、十五階層のことわりを書き換えるつもりよ、きっとね」

『なるほどな……』

「どうしたの?」

『先ほどの部屋から転送石がなくなった』

「……まずいわね」


 ヒカリはすっくと立ち上がった。


「いくわよ、猫様」

『……様?』

「わたしに力を貸して」

『なぜだ?』

「わたしは、この街を守りたい……。救われた命を懸けられるのなら、これほど大きな恩返しはないわ」


 ヒカリはそう言うと、何かの術式を展開させた。彼女を中心に、光の雨が魔物たちへと降り注いでいく。


「これで、一時的に魔物たちは眠りについたわ」

『どこに行く気だ』


 きびすを返す彼女の後を追うようにして、ナッツも足早に続く。


「グレイドよりも先に『鍵』を見つけるのよ」


 眠る魔物たちの間を駆け抜けながら、一人と一匹の即席のバディは、見えないタイムリミットに急き立てられるように迷宮の奥深くへと加速していった。

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