エピソード65 十四階層へのゲートと転送石の消失。絶望するヒカリと【あくまで猫のフリををするナッツとそれを楽しむシェフ】
ナッツはちらりと後ろを振り返った。
有象無象の魔物たちが互いの主を守ろうと戦っている光景に、静かに嘆息する。
『……気の毒だな。生存に反している』
魔物とは、自らの命を守るために牙を剥くものだ。誰かを守るために、無駄な血を流す必要などないのだ。
『……私も他の魔物のことは言えないがな』
白い猫が敷かれた絨毯の上を音もなく歩いていると、先を行く探索者たちの声が聞こえた。
「どうなってんだ!」
二階堂という盾役の探索者が、切迫した大きな声を上げる。
声が聞こえたのは、十五階層に来た時に通った、あの応接間のような部屋からだ。彼らは部屋に入るなり、酷く動揺しているようだった。
「そんな、ゲートが塞がってる……」
この声は朱里のものだ。焦りをにじませ、いつになく動揺している。
ナッツが扉の横を通り過ぎて部屋の中を覗き込むと、こちらに背中を向けた半田の姿があった。
「恐らく、ダンジョンの規則だろう」
熟練した探索者の言葉に、二人は黙り込んだ。少し間をおいてから、朱里がおうむ返しに質問する。
「規則……とは」
「十四階層から繋がるゲートは、この部屋にある。だが、ここから先の十六階層に鍵を手に入れない限り、元の階層へ戻ることは許されない」
「だから、転送石で一階層と繋げたんですね」
「そうだ……。魔物の持つ鍵を見つけない限り、十六階層のゲートは開かないからな」
……かといって、いつまでもダンジョンに滞在できるほど体力も魔力も続かない。だから、転送石を使って直接十五階層に来ることができるようにしていたわけか。
ナッツの視界を通して見えてくる景色の中に、先ほどまであったはずのものが見当たらない。
「隊長……」
二階堂も部屋の中の違和感に気がついて声を漏らす。
「どうした」
「それが……――」
「転送石がないっ!」
朱里がとっさに声を上げる。
……違和感の正体がそれだった。
部屋を出る前までは、転送石が部屋の隅で浮かんでいるのを確かに確認している。
かといって、魔物は術式で結界を張った転送石には触れられない。もしも結界が破壊されたのだとしたら、周辺に何らかの痕跡が残っているはずだ。
「妙だな」
半田は考え込んでいる。記憶の反芻か、それとももっと別の要因を探るように、転送石のあった場所の調査を始めた。
ぐらり……と、微かに壁のほうから音が聞こえた。
その気配にいち早く気がついた二階堂が、大盾の術式を展開させる。
「鬼火よ!」
朱里の放った一条の炎を纏った槍が、鏡から突如として現れた魔物を激しく焼き尽くす。
「……良かった。間に合った」
しかし、彼女が一瞬油断した隙を突き、今度は天井から無数の魔物が旋回しながら襲いかかってきた。
「うおおおっ!」
刹那の速度で降り注ぐ黒い翼を持つ魔物は、鳥型の小型種だ。だが、その数は数十体にものぼる。朱里は動揺からか術式の展開が追いつかず、二階堂は魔物の体当たりを防ぐのに手を焼いていた。
ドンッ、ドンッ……!
朱里は後ろに下がり、窓を叩くが、開く気配はない。
「無駄だ。理のない窓は開かん」
そう言って、すらりと剣を引き抜いた半田も、あまりの数に圧倒されて不用意な加勢を躊躇していた。
『まったく、世話が焼ける者たちだ』
スッと前に出た白い猫が呟くように言うと、魔物たちに向けて鋭い咆哮を解き放った。
「ニャオーン!」
ナッツの放った覇気にあてられ、魔物たちはビクリと動きを止めて、バタバタと床に落ちてきた。
『ふぅ……私もあいつらと同じだな』
動けずにいる探索者たちを一瞥して、白い猫は小さくため息を吐いた。
と……振り返りざまに、ナッツは術式を展開させる。
「結界……か」
降り注ぐ光の粒子を見上げながら、二階堂は安堵の声を漏らした。
「ナッツさんがやったの?」
近づいてくる朱里の言葉を遮るようにして、ナッツが鳴いた。
「にゃ、にゃん……にゃんにゅーん」
「なに? わからない……」
……白い猫が念話で言葉を発しても、口からは猫が鳴いているようにしか聞こえない。猫語のわからない彼女をよそに、ナッツはイライラしながら強く念じた。
『だから、この部屋でおとなしくしていろ……』
とてとて……と、白い猫は呆れたように部屋を出ていった。
キュエエエッ!
部屋を出ると、魔物たちの奇声にナッツは耳をぴくりと動かした。
『まだ交戦中か……』
近づくにつれて、魔物たちの群れが互いに攻め合っているのが見えてきた。
……グレイドと名乗ったものの姿はそこにはない。
『どちらが優勢なのか……さっぱりわからんな』
通路は、ヒカリの操る勢力とグレイドの生み出した魔物たちで溢れかえっている。その様子を眺めながら、ナッツはヒカリのもとへ歩いていった。
「猫……?」
白い猫の気配に気がつき、ヒカリはちらりとナッツを見下ろして言った。
『苦戦しているようだな』
その言葉に、ヒカリは何も言わずにじっと猫を見つめていた。
『おい……お前。私の声が聞こえているな』
知らないふりをしようとした彼女に向け、ナッツは語気を強めた。
「ただの猫じゃないわね」
目を細めながら、ヒカリはナッツに皮肉を言ってくる。
『どこからどう見ても猫だろう』
ナッツはとぼけた様子で、白い前足と揺れるふさふさの尻尾を見せながら返した。
「冗談言わないでよ。わたしの前には、古代竜すら凌駕できるほどの力を持った小さな獣にしか見えないわ」
そう返されて、ナッツは小さく首を振った。
『こんなに可愛い愛玩動物に向けて言う台詞ではないな』
「どこがよ。人の言葉を話すだけでも十分に警戒すべきよ」
『私の姿のことなどどうでもいいっ!』
やや不機嫌そうに眉根をぴくりと揺らしながら、ナッツは声を上げた。
『アイツの目的を教えろ』
白い猫は、ずいっとヒカリの前に迫った。
その圧力は、決して小さな子猫から発せられるものではない。明らかに、逆らえば自分の命すら危うくなるほどの強大な力の波として、彼女は感じ取ったに違いない。
それに気がついたヒカリの表情に、明らかな焦りと絶望が浮かび上がった。
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