エピソード63 狂気の術式と砕け散った『闇の氷』。姿を現した真犯人【白猫越しに警戒を強めるシェフ】
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!
唸り……軋み……空間に干渉した男の術式が魔力の渦を作り出す。魔力で生み出された圧倒的な圧力が、周囲を飲み込み押し流そうとしていく。
「これですよ。最も歓喜に満ちている……そう思いませんか」
そう言うと、三田と名乗る男の口元に微かな笑みが浮かんだように見えた。
……この男、何者だ。
瞬間ーー男の足元から、生み出された魔力の影たちが黒牙となって散開した。
「……っ!」
朱里は魔力圧に押されながらも必死に抵抗し、双剣を構えて向かい来る影の奔流に備える。
「待て! 何かがおかしい」
影の軌道が、明らかにこちらを狙ったものではない。いち早く気がついた半田は、朱里の動きを制した。
……後ろだっ。
影の狙いは彼らの背後……その奥。黒牙の幻影たちは、朱里の頭上を飛び越え……――そして、跳躍する。
『……やはり狙いは魔物どものほうか』
様子を見ていた白い猫は、朱里たちの前にスッと立った。
「ナッツ……さん? どうしたの」
『来るぞ』
朱里のこぼした呟きをかき消すように、ナッツは空間に干渉し、不可視の壁を展開させた。
その時だった……。
シャァッ!
放たれた三田の影の向こう側から、魔物のが姿を見せ……そして、獣のような唸りを上げながら、白い猫が展開した術式の壁に激突して弾き飛ばされた。
「今のは一体……何なの……っ」
倒れたままの魔物を見つめながら、朱里は声を漏らす。が、それに答えるよりも早く、半田の気合を込めた剣撃が左に現れたオークを撃破した。
気がつくと、盾役の男が次々と現れる魔物を引きつけて押さえ込んでいるのが見える。
「あいつ、何考えてんのよ!」
ヒカリの放った一条の見えない針が、魔物たちの群れを一掃していく。
……あの針も、彼女の能力で作り出した術式によるものだろう。
「はぁっ!」
地を蹴り上げた半田が、堅い甲殻を有した魔物を魔力を込めた一撃で仕留めたあと……
「ヒカリさん……っ」
後衛で鬼火を連続して放つ朱里が、絶え間なく湧き出る魔物の数に押されていくのが見えた。
「囲まれたわね」
苦い表情を浮かべながら、ヒカリの鋭い視線が元凶である術者――三田を睨みつけた。
術式が完了するのを待ってから、男はこちらにゆっくりと顔を向けた。
「どうです。すごいでしょう」
それは、まるで新しい玩具を見て感激する子供のような、無邪気で狂気じみた表情だった。
「うるさいわね! 今すぐその能力を止めなさい」
……男が発現させた能力は、索敵者のそれではない。おそらく、魔物を強制的に呼び寄せる『匂い袋』のような効果を発揮するものだろう。
ヒカリの鋭い声に、男は不敵な笑みで返した。
「許せませんね……。同類風情が私に命令するなどとは――」
小さくクツクツと不気味に笑いながら、三田はヒカリに向かって言った。
「あなたも狙っているのでしょう? 『始原の帰還者』の体を。我々は言わば仲間ですよ」
ばさりっ、と。男は羽織っていたマントを大きく翻した。
「ヒカリさん、始原の帰還者って……」
「………っ」
朱里から問われたヒカリは、何も答えず無言のまま三田を見つめていた。
『どうするミナト……お前の体が欲しいってよ』
……それは困る。お弁当屋ができなくなってしまいそうだからね。
『そうだな……私もまだ、お前と時間を過ごしたいしな』
ピキッ。
「三田……くん?」
術者の男から何かが割れる音がかすかに漏れ、半田は思わず息を呑む。
パキリッ。
「この体は、もう長くは持ちそうにありませんね」
ピキッ、ピキッ。
陶器が割れるように、パラパラと三田の体が欠片となって床に落ちていった。
「あれはもう三田じゃないわ!」
ヒカリが叫んだ瞬間だった。
カッ!
辺りが一瞬、白い光に包まれた。
「うわっ!」
男の悲鳴が響く。視線で声のほうを探していると……マリオネットのように宙吊りになって不自然に浮かぶ一人の姿があった。
『あのひ弱そうな探索者か……』
ダンジョンに入るときに一緒だった、杖を持った火炎系の術者の男だ。ナッツも警戒しながら、目の前にいるそれをじっとうかがっている。
ガクンッ、と肢体を震わせながら、術者の男は不気味に起き上がった。
「いけませんね。素体が乏しいと品位が感じられない」
声こそ違うが、口調や話し方は完全に三田のものだった。
「離しなさい!」
ヒカリの放った見えない針が術者を捉える……――が、何かに弾かれたように、針は術者の目の前で砕け散った。
「もう遅いですよ。この体は私のものです」
杖を軽々と持ち上げながら男がそう言った。
「あなたは味方ですよね。攻める相手を間違っていますよ」
マリオネットはぐらりと立ち上がると、その虚ろな瞳でヒカリを鋭く睨みつけた。
「ぐっ……ああぁっ!」
直後、苦しそうに呻き声を漏らしながら、男は床に膝をついて頭を抱えた。
「や、やめろ、やめてくれ……! 助けて……っ!」
マリオネットの中にいる『元の持ち主』の悲痛な叫び声が、ダンジョンに響き渡った。
「……グレイドっ! やめなさい!」
「やめろ、と言われても、もう私は止まることなどできないのですよ。――ねぇ、ヒカリさん?」
「わたしは……」
ちらり……と、困惑した様子でヒカリは朱里と半田の方へ視線を向けた。
……ヒカリはあの男の正体を知っているようだがーー
「もう時間がありません。一時しのぎですが、この新しい肉体に魔素を定着させることにしましょう」
グレイドと呼ばれた男は、空間に禍々しい術式を描く。
カキンッ!
鋭い凍結音が響き、杖を持った探索者の体は『闇の氷』に包まれた。
……あの術式はーー精神体の定着を強制的に行うためのものか。
ナッツは目を細め、その光景を静かに見つめていた。
「……この氷、見覚えがある」
目の前の光景に、朱里は戦慄を覚えて呟いた。
「じゃあ……あなたが、探索者連続襲撃事件の犯人……!?」
パキッ……パキィンッ!
「そろそろですね」
黒い氷が内側から砕け散る……中から、杖を持った探索者の男の姿をした『グレイド』が現れた。
「うーん……古い肉体よりは可動域も広いか……。でも、まだ足りませんね」
氷の破片を払い落としながら、グレイドは自分の新しい手足を確かめるように動かし、ひんやりとした声で呟いた。
そして、元の三田の肉体は床に倒れたまま、すでにピクリとも動かなくなっていた。
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