エピソード61 開かない本と柱のない庭園。矛盾が支配するトリック型ダンジョン【白い猫で見物するシェフ】
ザッ……カチャリ……。
周囲に魔物たちの気配を漂わせながら、まっすぐに続く薄暗い洞窟のような空間が道を作っていた。
足を踏み出す音。腰から下げた各々の武器が、四肢を守る防具とぶつかり合いながら小さく硬質な音を響かせる。
朱里と並んで歩くナッツの視線が、先を進む半田と……その後ろを歩く三人の冒険者を捉えていた。
『とんがり帽子で背の高い男が弓使いか……』
男の隣には、頼りなげに歩く、杖を持った者がいる。軽装備で、要所要所にアミュレット(護符)が施されていた。
『……あのひょろくて小さいのは火系の術者になるな』
そして、先頭を歩いているのが、大盾を持った鎧の男だ。
『このメンバーの要といったところだな』
剣撃がメインのアタッカーである半田にとって、前線を支える盾の役割は必須だろう。
ゲートの先……この場合は、異空間の中に入ったあと、と表現したほうがいいだろうか。
空間の中には、ダンジョン特有の魔素の気配が、霧のように薄く辺りに立ち込めていた。
ぽつり……と。静まり返る道すがら、ヒカリの声が小さく響く。
「朱里はなんで、探索者になろうと思ったの?」
「……そんなに大した理由はないよ」
急に聞かれたことに、朱里は少し焦りながら答えた。
「ふぅーん」
ヒカリの納得していない様子を見てか、朱里はぽつぽつと言葉を続ける。
「私ね。何年か前……家が魔物に襲われたの。小さな町だったから、逃げ場もなくて……そのときに、探索者に助けられた。その人が使っていたのが双剣で……ーー私も探索者になって、双剣使いになりたい、と思った……ただそれだけ」
「それで、双剣なのね。でも……――」
言葉を続けながら、ヒカリの視線が朱里の腰にぶら下げた双剣から、彼女の顔を覗き込むように移る。
「朱里ってさ、東雲一族の人よね」
「…………」
唐突に問われ、ピタリと黙り込む朱里に、ヒカリは慌ててフォローを入れる。
「気を悪くしたらごめんね。探索者名簿には『鬼火使い』ってあったから、それで気になって」
冒険者には個々に能力がある。仲間の能力を把握しておかないと円滑な連携ができないため、冒険者たちは同じダンジョンに臨む者同士の能力を事前に閲覧できるようになっていた。
「……私の祖母が、東雲の人だったから。多分、そのせいかな」
どこか言いたくなさそうに、朱里は言葉を濁して口をつぐんだ。
しばらくの間……――言葉はなかった。
カツ、カツ……と、靴音だけが、湿り気のある洞窟の奥へと向かって吸い込まれていく。
続く暗闇の先を、探索者の一人が浮かべた灯りの術式が道案内をしていく。時おり出現する魔物たちは、追尾された光の矢によって次々と仕留められていった。
……十六階層を目指す上で必要な技量と経験を持つ、優秀な冒険者たちであることはわかる。
トッ……。先頭を進む一人の足が止まった。それと同時に、半田もピタリと足を止める。
術式の灯りで照らされた先に、仄暗い水色をした光が淡く呼吸を繰り返していた。
「ポータルに着いたぞ」
振り返り、半田は朱里とヒカリの方を見て合図を送る。彼の視線が示す先には、大きくて歪な形をした透明な石が、術式の施された台座の上に静かに浮かんでいた。
……転送石だ。魔鉱石に術式を施し、概念を上書きすることで、空間同士を結び合わせるものだ。常設型のダンジョンでしか使えないが、同じ規則を持った空間同士であれば、物理的な法則すら変えられる。
「まずは十五階層に向かう。その後から、十六階層に進むとしよう」
探索者たちは隊長の指示に無言で頷き、互いに顔を見合わせた。
……ここからが本番だろう。
十六階層を目指すことが大前提となっている以上、十五階層はある程度までは攻略が完了しているはずだが……同時に不測の事態を想定する必要もある。
スッ……ーー
透明な石にそっと手を触れる。白い猫も探索者たちと並び、転送石の表面に肉球を重ねた。
一瞬、意識が遠のく……。白い猫の視界にノイズが生まれて……目の前が白い光に包まれた――。
「ここは?」
朱里のぽつりと漏らした声が耳に届き、ナッツの視界にも新たな景色が映り始める。床にはふかふかな絨毯が敷かれ、見上げると煌びやかな装飾が施された灯りがキラキラと輝いている。
「洞窟じゃない……」
……朱里にとっては、このタイプのダンジョンは初めてなのかもしれない。
「ここは、どこかの屋敷の中……?」
周囲を見渡してみると、今までいた暗くじめじめした洞窟のそれではない。きちんと整頓された、洋館の応接間のような場所だった。
「へぇ、トリック型ダンジョンね」
部屋の中を静かに歩きながら、ヒカリはソファの上に無造作に置かれた一冊の本を手に取った。
「ダンジョンといっても、概念が身勝手に作り上げた仮想の世界だから、現実世界の理屈なんて通じないのよ」
そう言って、ヒカリは『本の形をしているのに開くことのできない本』を朱里に手渡してみせた。
……概念と理が、形状や姿、そこにある意味を示すことで世界は作られている。それは、どのダンジョンにも共通しているものだ。
探索者になる上で、概念と理が理解できなければ、固有能力も術式も体現させることができない。それゆえに、探索者たちが最初に学ぶべき重要なものになる。
……そこに、それがある。というのが重要であって、あることによって作られていく意味についてまでは、ダンジョンにとっては不要な理屈になるのだろう。
「うーん……と、例えばね」
ヒカリは少し考えてから周りを見渡した。
応接間のような空間の中央には、両開きの扉がある。
カチャリ……鍵は掛かっていない。彼女がドアを軽く押すと、キキッと音を立てて扉の片方が開いた。
「朱里。あっちの広間を見なさい」
応接間から外に出ると、赤い絨毯の敷かれた廊下が左右に続いていた。
と、その正面には手すりがあって、下の階の様子がよく見渡せる。
「屋敷の中なのに噴水がある……それに、庭園も」
朱里の指摘の通り、現実世界における建築技術を度外視した、無茶苦茶な間取りだ。下の階に広がる庭園の広さの分だけ、頭上の先には天井とおぼしきものが見えるが、それらを支えるための柱が一本も見当たらない。
「私たちにとっては矛盾に感じても、ダンジョンの中ではこれが普通なのよ」
小さく息を吐いて、半ば呆れ気味にヒカリはぼやいた。
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